駄目と言われると、してみたくなる。
しなさいといわれると、したくなくなる。
童心の赴くところはそういうもの。
学校にも、いつまでも童心を失わない教師がいるらしい。
国歌をみなで歌いましょうというと嫌がる。
あの歌はどうのこうのと意味のない理屈は言っても、実際の気持ちは、歌いましょう、歌いなさいと言われるから嫌だということでしかない。
何十年も前に、他国の占領政策上習慣付けられてしまったことは、桎梏になって、いつまでも自力で抜け出せない。
次世代の教育を受け持つ、いちばん上等の知識をもっていなければならない人々が、自分で考えることをしなくなっている。童心をいともだいじに抱えたままでいる。
そういう人を見分けて、面倒だからたたき出そうという馬鹿な考えも生まれる。
それもまた童心からなのだが、見分け方に、口の動きをよく見たらなどと下品な方法を、童心の持ち主の校長先生にすすめる童心保有グループがまたある。
童心もほどほどにしないと、世界中に見くびられ、こどもの国扱いされることになる。
もういい加減にしよう。