喫茶店ではない、繁華街の大通りにあれば茶店とも呼びにくい。
甘味屋という呼び方を使っているところもあるが、どこか情緒がない。
しるこ屋という呼び名がやはりしっくりくる。
そんな店が、むかしあった。
いまは路地の奥に引っ込んでたばこを売っている。
むかしのたばこ屋は、販売窓口があって、道を尋ねればわかりやすく教えてくれる人がいつも坐っていたが、そういう店ではない。
商号だけは、むかしのまま厳存している。
大通りの店を引き渡すとき、名前だけは残したいと、おかみさんががんばったかどうかは知らないが、ずらっと並んだ自販機と看板灯を見比べると、なぜなぜ症の人は、名前の由来を尋ねたくなるのではないかと思う。
大通りの空気も、この一年でまた変わった。
にぎやかさと言うより騒がしさが増して、ふらっと入ったり、何も買わずに出てきたりしやすい店が、ほとんどなくなってしまった。
やはり人がいて、ものを“みせ”るところでなければ、店とは呼びにくいのである。
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老舗の訓(おしえ) 人づくり (岩波アクティブ新書) |
鮫島 敦 | |
岩波書店 |