まず謝罪、それが平和解決の方法という錯覚は、国どうしのあいだがらを、年を重ねるほど悪くしていきます。
謝罪は、そのときの情に訴える便法なので、無情の相手にそんな手は利きません。
無法の相手に法をかざして見せるのと同じことです。
謝罪を求める無情の相手は、謝罪という態度がほしいのではなく、次に望めるものを誘い出そうとしているのです。
「謝罪の前には息を止める」というコツがあるそうですが、あのいまわしいとき、隣の国にうっかり頭を下げてしまった首相は、そのとき息ではなく脳のはたらきが止まっていたのでしょう。