・・・・・・あわぞうの覗き穴・・・・・・

気が向いたときに、覗いてご覧ください。
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別次元:6 異次元同語

2018年12月23日 | つぶやきの壺焼

同じ言葉が次元の異なるそれぞれの場で使われると、話がややこしくなります。

行政区域の首長の座に、それまで行政の仕事とは全く関わりのなかった人が就かせられることがあります。
担ぎあげられる人には、芸能の才をもった人気集めの得意な、いわゆる名の売れた人がときどき選ばれます。
ある意図をもって予め用意された脚本どおりに動き回りしゃべりまくることは、そういう人が得意とするもともとあった才能を発揮して、いとも簡単にやってのけられます。

首長は選挙という手続きを経て選ばれます。
この人ならばどうにかうまいことやってくれそうだという人気さえかちとれば、多くの人々から票を集めることができます。
投票者の多くは、さほど深い考えもなく、顔つきと話しぶりぐらいにふと心が惹かれ、あたりのよさそうな人の名が投票用紙に書かれます。

人々の望むことは、生活が良くなることで、それが得票数にあらわれたとしても、その区域の行政が国防政策にも深くかかわっていることなど、ほとんど意に介していないでしょう。
人々が思う生活と、国の政策とは異なった次元で捉えられます。
生活と政策に対する民意はべたっと重ね合わせられるものではありません。
生活と政策の次元が交錯するところがあったとしても、それぞれのごく一部でしかないのです。

首長に選ばれたからと言って、推薦者が書いた政策の脚本が、すべて民意に基づいたものとするのは、すり替え手ずまでしかありません。
それが悪いのは選んだ人が悪いというのも、詐欺は騙されるほうが悪いとするのと同類の言いくるめでしょう。

選ばれれば何をしても何を言って歩いてもよいというのは、これも民主主義という制度を捻じ曲げた、異次元の解釈で、その行動言動が常に民意によって見張られているということを都合よく忘れてしまっているのだと思います。

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