裁きという行為は、裁かれる者を悔い改めさせるであろう、その思いは大きな錯覚を生みます。
実の裏側にある虚こそが、人の交わり方の底流であるという信条を持つ者に、詐欺、背任が罪であるという意識は持たせようがありません。
情状はわずかにあるものを汲みとるものであって、嘘ばなしを捏ねて作り上げるものではありません。
嘘がつくためにあり、それを吐く息と同質としている人を裁く場合には、判決の刑は求刑より重くなるのが通常という判例を積み上げていったらどうかと、ふと思いました。
わかりやすくひと言にすれば、うそつきは思い切りこらしめてやれ、ということです。