商売には市場性という大事にしなければいけないものがあります。
どのような人たちが、我々のサービスにお代を払ってくれるグループなのか。
どのような人たちは、我々のサービスにはお代を払ってくれそうにないグループなのか。
地域や年代や環境など様々な観点があるが、その中の性別においても、男女以外にここ最近特に注目されつつあるのが、LGBTというカテゴリー。
レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとったもので、そのライフスタイルや、情緒感覚、購買傾向は、現代及び今後の市場性を見る上で大変参考になるというものだ。
女同士、男同士、両刀遣い、超越的性向、はなるほど確かに物やサービスに対する購買意欲の中身は違うだろうし、かわいい!かっこいい!の尺度も先鋭的なトレンド性を持っているとも言える。
ノーマルな人間というものが本当に存在するかどうかは謎だが、普通だと思い込んでる我々でも、例えば、小生は男は男らしくなんていうことを思っているが、レズビアンの片方が、「わしよりずっと男らしいやないか」なんておもったこともあれば、ゲイのママに、「お前ええ女やなぁ」なんていったこともある。
*ただ、それ以上でも以下でもなかったことは、ここに注記しておきます。
細分化された性差的市場というものが無視できない存在であることは、、コマーシャリズムやポピュリズムにおいても、そういう目で見れば散見できるのではないかと思う。
古くは日本においても、男色は一つの高貴な性だと喧伝されたように、時代によってもそのトレンドは「入れ替わる」もののようだ。
商売をするものにとって、このようなトレンディな性的傾向の見立ての良し悪しは、もしかして品揃えやサービスの質というものの基本的な対策になるのではないかと思ったりもする。
平安は女の時代、鎌倉は男の時代、戦国は男色の時代、桃山は女色の時代など、かなり強引で雑把な思いつきの視点ではあるが、そんな切り口での商売の盛衰もあったのではないだろうか。
トンボの雌雄的視点でもって、世の中を住まうのも面白いかもしれない。
ただ、どんな視点といわれてもわしゃこまる。