確実に就職者が増えている。中国社会の就職時期は日本のように一様ではない。4年生の一学期から既に働いている子もいるし、8月末の新学期にちょっとだけ出席した後、教室から姿を消した子もいる。企業によって、4年生から実習という名目で安く働かせるところもあるし、
「卒業してから来い。」と門前払いのところもあるという。また、内定して来年春節明けから出勤するという学生もいる。バラバラだ。
今日は嬉しいニュースがあった。日本語学科4年生クラス(1クラスしかない)から4人も「INFOSYS(杭州)」に採用されたというのだ。見知らぬ土地でたった一人、新生活をスタートさせる学生がほとんどの中で、こんなケースも珍しい。私自身はそのINFOSYSという会社を全く知らず、
「その会社は何の会社?」
と聞くと、辺りは(先生、知らんの~!?)という引きの雰囲気に満ち満ちた。いつか、杭州に行く機会があったらまたその4人と再会できるかもしれない。将来に楽しみができたわい。
先日、江蘇省昆山の日系企業で「実習」している陳礼名さんからメールが来た。九寨溝に案内してくれた子だ。彼は本当は翻訳関係の大学院に進学したかったが、家庭の事情がそれを許さなかった。日本語力はもちろん確かだが、気遣いも細やかで優しい子だ。手紙を読んで、彼の心境が胸に沁みた。授業中、いつも目を輝かせて私の大したことのない話を聞いてくれていた陳さんが、クラスから消えたことは、私にも痛手だった。しかし、そんなことを言っても仕方がない。お椀の舟に箸の櫂で、彼は大海に乗り出していったのだ。昨年の先輩たちがそうだったように。(どうぞ、大波に飲み込まれませんように、嵐に潰されてしまいませんように)と心でつぶやく。
先生
ご無沙汰しております。お元気ですか。昆山はだんだん寒くなってきました。南昌の天気はどうですか。
時間の経つのは速いですね。昆山にきて、今はもう二ヶ月半が経ちました。私は今仕事にも少し慣れて、だんだん忙しくなっています。
『陳さん、君の仕事はいったい何ですか』、
『何の会社ですか』
とかよく質問されます。実は入社したばかりのとき、自分の仕事についてはさっぱり知らなかったです。
今は、下記のように説明すれば、みんな分かってくれるかもしれません。
会社の事業内容は、LCDバックライト用拡散フィルムと光反射フィルムの加工と販売です(長いですね…)。
今私が属している部門は品質保証部です。具体的の仕事は、取引先(日系企業、電子製品メーカー)のクレーム処理(中国語で)と日常のメールの翻訳と品質関係の通訳(二週間に僅か一回ぐらいですが、ちょっと大変です)、取引先に出張して、品質問題の確認(南京、张张家港などのところ)などです。
最近は品質の問題が次々起きたので、日本側との連絡が頻繁になっています。残業も多くなりました(今月の残業時間はもう44時間。残業の内容は、取引先からの資料の翻訳、そして、要求されたデーターのまとめなどです)。
住めば都という諺がありますね。昆山は、国連の『世界住み安い都市』(最佳人居奖)という賞を受け取りました。今私は昆山の天気や生活にも慣れてきています。川の水はすべて汚れていますが(中国ではどこでも同じようです。経済の発展の代価は環境破壊)秋、冬の空がまだ青くて澄んでいて、空気もとても新鮮です。
ここは上海に近いですが(新幹線で20分ぐらい、切符は15元)、物価はあまり高くないです。今は、家賃は380元で、電気代、ネット代などを含んでは500元です。そして日々の消費(野菜、果物とか)を全部合わせて、一月二人の支出は1000元ぐらいです。
11月21日、私は会社の車で南京へ行きました。行く途中で先生に電話しました。製品の品質問題で、私は日本の技術員にお供にして、通訳をしました。新幹線で南京へ行くのはもう三回もありますが、自社の車で行くのは初めてです。残念なことは、時間の余裕がないので、他の所へ行って、しばらく観光する暇もないです。会社を出て、取引先へ行って、また会社に戻ります。高速道路で1~2、3時間もかかります。見た景色は窓側飛び去った平原、工場しかないです。
時々私は学校に帰りたいです。高速道路で走っている車の中で外の平原の枯れた草を見るとき、仕事中窓側に座って外の柳を見る時、私はいつもぼんやりして、そして迷っています。今学期の始め私は学校を出ました。四年生の学校生活はぜんぜん体験していないです。この季節に、図書館でのんびり本を読んだり、先生の授業を受けたりするのは、いかに楽しいでしょう。
やはり私は学校を出るのは早すぎましたね。しかしこれは仕方がないので、今は心を落ち着けて働きます。
学校を出て、いろいろなことに直面しなければならないですが、今まではラッキーです。同僚との関係も円滑に進んでいるし、仕事も先輩達のお陰で、うまくとは言えないですが、無事にやっています。クラスの皆さんは今、就職している人は何人いますか。皆さんと一緒に過ごした毎日は、とても楽しくて、今もいつも思い出します。
11月23日、9月23日から今日まではTSUJIDENで2ヶ月間も経ちました。先輩はいつも『陳さん、焦るな、まず経験を積み重ねて』と言ってくれました。経験というものはいったい何でしょう。最近自分はアパートに帰って、反省メモを書きます。この一日自分の不足、よくできたことなどをメモします。お客様との交渉、クレームの処理などは容易なものではないです。これは学校で学べないことですね。
今私は日本語を勉強しつつあり、英語ももっと勉強したいです。CET—6に合格しましたが、実際に英語で交流するのは全然できないです。学校にいるとき何にも心配せずに勉強に集中できたのに、自分はたっぷりの時間をつぶしてしまいました。皆さんも、学校での毎日を大切にしてください。(この話し方、大丈夫かな…)
先生のご健康を祈ってやみません。
皆様のご健闘を祈っています。
2011.11.23
陳礼名
「卒業してから来い。」と門前払いのところもあるという。また、内定して来年春節明けから出勤するという学生もいる。バラバラだ。
今日は嬉しいニュースがあった。日本語学科4年生クラス(1クラスしかない)から4人も「INFOSYS(杭州)」に採用されたというのだ。見知らぬ土地でたった一人、新生活をスタートさせる学生がほとんどの中で、こんなケースも珍しい。私自身はそのINFOSYSという会社を全く知らず、
「その会社は何の会社?」
と聞くと、辺りは(先生、知らんの~!?)という引きの雰囲気に満ち満ちた。いつか、杭州に行く機会があったらまたその4人と再会できるかもしれない。将来に楽しみができたわい。
先日、江蘇省昆山の日系企業で「実習」している陳礼名さんからメールが来た。九寨溝に案内してくれた子だ。彼は本当は翻訳関係の大学院に進学したかったが、家庭の事情がそれを許さなかった。日本語力はもちろん確かだが、気遣いも細やかで優しい子だ。手紙を読んで、彼の心境が胸に沁みた。授業中、いつも目を輝かせて私の大したことのない話を聞いてくれていた陳さんが、クラスから消えたことは、私にも痛手だった。しかし、そんなことを言っても仕方がない。お椀の舟に箸の櫂で、彼は大海に乗り出していったのだ。昨年の先輩たちがそうだったように。(どうぞ、大波に飲み込まれませんように、嵐に潰されてしまいませんように)と心でつぶやく。
先生
ご無沙汰しております。お元気ですか。昆山はだんだん寒くなってきました。南昌の天気はどうですか。
時間の経つのは速いですね。昆山にきて、今はもう二ヶ月半が経ちました。私は今仕事にも少し慣れて、だんだん忙しくなっています。
『陳さん、君の仕事はいったい何ですか』、
『何の会社ですか』
とかよく質問されます。実は入社したばかりのとき、自分の仕事についてはさっぱり知らなかったです。
今は、下記のように説明すれば、みんな分かってくれるかもしれません。
会社の事業内容は、LCDバックライト用拡散フィルムと光反射フィルムの加工と販売です(長いですね…)。
今私が属している部門は品質保証部です。具体的の仕事は、取引先(日系企業、電子製品メーカー)のクレーム処理(中国語で)と日常のメールの翻訳と品質関係の通訳(二週間に僅か一回ぐらいですが、ちょっと大変です)、取引先に出張して、品質問題の確認(南京、张张家港などのところ)などです。
最近は品質の問題が次々起きたので、日本側との連絡が頻繁になっています。残業も多くなりました(今月の残業時間はもう44時間。残業の内容は、取引先からの資料の翻訳、そして、要求されたデーターのまとめなどです)。
住めば都という諺がありますね。昆山は、国連の『世界住み安い都市』(最佳人居奖)という賞を受け取りました。今私は昆山の天気や生活にも慣れてきています。川の水はすべて汚れていますが(中国ではどこでも同じようです。経済の発展の代価は環境破壊)秋、冬の空がまだ青くて澄んでいて、空気もとても新鮮です。
ここは上海に近いですが(新幹線で20分ぐらい、切符は15元)、物価はあまり高くないです。今は、家賃は380元で、電気代、ネット代などを含んでは500元です。そして日々の消費(野菜、果物とか)を全部合わせて、一月二人の支出は1000元ぐらいです。
11月21日、私は会社の車で南京へ行きました。行く途中で先生に電話しました。製品の品質問題で、私は日本の技術員にお供にして、通訳をしました。新幹線で南京へ行くのはもう三回もありますが、自社の車で行くのは初めてです。残念なことは、時間の余裕がないので、他の所へ行って、しばらく観光する暇もないです。会社を出て、取引先へ行って、また会社に戻ります。高速道路で1~2、3時間もかかります。見た景色は窓側飛び去った平原、工場しかないです。
時々私は学校に帰りたいです。高速道路で走っている車の中で外の平原の枯れた草を見るとき、仕事中窓側に座って外の柳を見る時、私はいつもぼんやりして、そして迷っています。今学期の始め私は学校を出ました。四年生の学校生活はぜんぜん体験していないです。この季節に、図書館でのんびり本を読んだり、先生の授業を受けたりするのは、いかに楽しいでしょう。
やはり私は学校を出るのは早すぎましたね。しかしこれは仕方がないので、今は心を落ち着けて働きます。
学校を出て、いろいろなことに直面しなければならないですが、今まではラッキーです。同僚との関係も円滑に進んでいるし、仕事も先輩達のお陰で、うまくとは言えないですが、無事にやっています。クラスの皆さんは今、就職している人は何人いますか。皆さんと一緒に過ごした毎日は、とても楽しくて、今もいつも思い出します。
11月23日、9月23日から今日まではTSUJIDENで2ヶ月間も経ちました。先輩はいつも『陳さん、焦るな、まず経験を積み重ねて』と言ってくれました。経験というものはいったい何でしょう。最近自分はアパートに帰って、反省メモを書きます。この一日自分の不足、よくできたことなどをメモします。お客様との交渉、クレームの処理などは容易なものではないです。これは学校で学べないことですね。
今私は日本語を勉強しつつあり、英語ももっと勉強したいです。CET—6に合格しましたが、実際に英語で交流するのは全然できないです。学校にいるとき何にも心配せずに勉強に集中できたのに、自分はたっぷりの時間をつぶしてしまいました。皆さんも、学校での毎日を大切にしてください。(この話し方、大丈夫かな…)
先生のご健康を祈ってやみません。
皆様のご健闘を祈っています。
2011.11.23
陳礼名