昨日から1時間の散歩をすることにした。
(うう、お医者さんに「肥満気味で運動不足だ」と烙印を押されたんです~。ヒ、ヒドイ…)
外は腫れ、じゃない晴れていい天気だ。
私は機能の衰えたデジカメを友として、淀川河川敷に向け、家を出た。
途中、野中南公園の横を通ったら、なんか桜によく似た花が今頃開花しているので、
写真を撮っていたら、通りすがりの(70代くらい?)女性が、
「何咲いてんねん?」
と話しかけてきた。普通体には普通体で返すのが私の流儀。
「桜みたいやけど、何やろなあ。葉っぱがちょっと小さいよね」と言うと、
「そやなあ、桜みたいやけど、葉っぱ、小さいなあ。」
と反復した。
会話の基本は相手が言った言葉を肯定的に繰り返すことだ。
(大阪のおばちゃん、さすがやなあ)と面白く思いながら、黙って離れた。
家から20分少しで淀川に着いた。
↓走る人。
↓多分、夫婦。こうして歩いている姿を見ると、円満なように見える。
(いや、ほんとに仲良しかも(^_^;))
↓一時は大変に汚れていた淀川(十三大橋の下)。
今は蜆(しじみ)が住めるようになったと聞いたが、昨日は見つけられなかった。
都市の中の自然。生き返る想いだ。
淀川の向こうは梅田。大阪キタの中心が見える。
淀川のおかげで、大阪市民はどれほど心のよりどころになっているだろう。
そんなことを思いながら、河川敷を後にした。
帰り道、十三の繁華街を通ったら、これも70代の先輩らしき女性2人が立ち話をしていて、
通りすがりに会話が耳に入った。
「あんた、きれいなかっこしてんなあ。」
「ん、そうや。わたしはな、いっつもイタリア産の服着てんねん。」
……「あんたの服はトマトか!」と突っ込みたかったが、黙って通り過ぎた。
おばちゃんたちの会話はテキトーでおもしろい。
家の傍のスーパー「オアシス」に立ち寄った。
奈良県の農家直送の野菜が売り出されていて、
ちっちゃいカブにふさふさとした葉っぱがついているのを、一束持ったら、
また、知らない先輩女性が話しかけてきた。
「カブの葉っぱ、捨てたらアカンで。全部食べられるからな。」と。
「どうやって食べたらおいしいかな?」と私。
「うん、みそ汁に入れたら美味しいで。」
(なんや、そんなん知ってるわ)と心で思ったのが顔に出たのだろうか、
彼女は私の買い物かごの中にシチューの素があるのを見て、さらに、
「あ、あんた、シチュー買(こ)うたんやったら、シチューに入れたらええわ。
美味しいで。子どもが喜ぶわ。」
(いや、独り暮らしだから~)と心で思ったが、顔に出さず、
「そやね、シチューに入れるわ。ありがとう。」
とその場を離れた。
ことほど左様に、大阪のおばちゃんたちはフレンドリーだ。
ちょっと散歩に行ってかえってきただけで、
これだけ知らない人と(おばちゃんだけですけど)お喋りができるのだ。
南昌でも時々、知らない人に話しかけられたが、残念なことに言葉が通じなかった。
大阪のおばちゃんは、南昌の人々に相通じるところがある。
政治についてテキトー過ぎるのだけが大阪のおばちゃんの弱点だ。