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強いだけじゃだめかしら




朝青龍。

あ~あ。

角界に興味はないが、「道」には興味があるので彼に関して出る記事はちょっとだけ読んだ。


相撲の世界に「道」の精神があるのかどうかは知らない。
イメージとして、師を得、伝統を受渡し、しかも自分だけのやり方で真理に至る道を「強く」なりつつ精進する、という心構えは「道」であると言っていいと思うので、ここではそういう前提で書く。


日本人はたいていの人が賛成してくれると思うが、「強く」なりつつ精進するという場合の「強く」は、腕力のことだけを意味しているのではない。
当然、精神的な強さをも意味しているのである。

われわれが横綱のような人物(横綱だけでなく、総理や皇太子や一般の社長やら)にふさわしいと期待するのは、動揺しない心、謙虚さ、勇気、公平さ、礼儀などの類いの強さである。
だからそういう人物が嘘を言ったり、他人を罵倒したり、自己中であったりするとぎょっとするのである。


「横綱って腕力が一番強い人のことでしょ?」
この青年自身、そう思っているような雰囲気だ。



日本は、即よい成績を出し、即よい結果を出し、即カネが儲かることが最善とされる社会になった。Aをしたら時間差なしでBとして結果が出る(自動販売機みたいに)ことが大前提の唯資本主義の影響だと思われる。

腕力が強いだけの力士が育つだけの稽古(あの陰惨なイジメ)、よい成績をとるためだけの勉強(しかも成績が芳しくないと親は塾に怒鳴り込むそうだ)...




わたしは例えば横綱が育つのも、子どもが(大人もね)育つのも、もっともっともっともっと時間がかかることだと思う。

「道」は長く険しいが、寄り道をして花を見たり、出会った人とお弁当を分け合って親しく話をしたり、楽しいこともたくさん用意されている道なのである。




タイトルはわたしの好きな俳優の一人、イザベル・アジャーニの「かわいいだけじゃだめかしら」から頂戴した(笑)。



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