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Brugge Style
よき行為はよき行為を生む
友達からの依頼で、外部に記事(このブログではすでに紹介済み)を寄せたのだが、文中に「成熟とは」として、
「ある行為の結果が自分に即利益として戻ってくるわけではないが、長期的には未来の社会や大多数の人々にとっては利益として還元されそうである。確かにそうなる保証はないし、誰に誉めてもらえるわけでもないが、その不確実性に耐えて今この行為をしておこう」という精神
と書いたのが我ながら気に入っている。
もちろんわたしのオリジナルでも目新しい意見でもなく、どこかで見聞きしたことが頭の中に残っていて、友達からお題をもらったことが鍵となり、記憶の引き出しのロックが開いて出てきた知恵だと思う。
なぜこの話をまた蒸返しているかと言うと、一昨日だったか、ブラジルで行われているワールド・カップの会場で、日本人サポーターが「来た時よりも美しく」の精神でゴミ拾いを始めた! というニュースが驚きとともに美談として世界を駆けたからだ。
ゴミ拾いの話だけでなく、言葉が分からないにもかかわらず、気さくで愛想が良い日本人の姿も大変好ましく紹介されていた。
わたしが外国旅行をするようになってから30年以上、留学時代を含め定住するようになってから20年以上が経つ。
自然環境、文化、歴史、常識や考え方の違う世界中のどんな国にいつ行っても、どんな人に出会っても、今まで全く嫌な思いをすることなく、むしろ非常に親切にしてもらえるのは、ブラジルの日本人サポーターのような日本人のおかげだと常々思っている。
もちろん彼らは「今日スタジアムを掃除をすることによって、明日他の日本人に利益が出たらいいなあ」などと、お金を入れたら商品が出てくる式の自動販売機的考え方をしているわけでは絶対にないだろう。サッカーのサポーターの間では「あたりまえ」の行為なのかもしれないし、もしかしたら「サッカーを愛する人々がスタジアムを綺麗に使ってくれるようになったらいいなあ」くらいは考えているのかもしれない。
日本人についてのニュース、知り合いから聞いた話、実際に遭遇したできごと...親切、気配り、思いやりは外国の人々の心の中に残り、「日本人とはなんといいい人たちなんだろう」という印象になる。そして次に出会うわたし(別に「日本人」の札を首から下げて歩いているわけではないが)に「お返し」がしてもらえる。
善意の循環、なんと素敵なことだろうか。
サポーターのみなさんありがとう。
今日わたしが異国の街で親切にしてもらえるとしたら、それはあなたがたのおかげです。
わたしも次の日本人の顔に笑顔が広がるよう、成熟した行動を選択したいと思う。
そしていずれは世界から「日本人だから」などというくくりがなくなればいいと願う。
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