komezouの写真と自転車生活

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東北旅行 3・・・江刺 ふじわらの里・胆沢城跡

2012-05-02 22:12:33 | 歴史散歩
午前中で平泉&一関を見終わった為に、一度行ってみたかった江刺と胆沢城跡へ行く事に。
平泉からはR4を北上する事に。
厳美渓から平泉経由で走って行くと、駐車場に入る車は大渋滞。
JR東北線の町から離れた高架下の駐車場まで、待ちの状態。
何とラッキーだったのか!と思いながら平泉を後にする。
前沢を通過し江刺を目指す。
行き先はNHK大河ドラマ「炎立つ」以来のロケ地となっている、「江刺 ふじわらの里」である。
ロケセットが並ぶ中を歩ける感じで、今放映している「平清盛」も京都の街を凱旋して来るシーン等で使われているそうだ。
ここには模造された金色堂もあるが、意外にちゃっちくガッカリ感は否めない。(笑)
セットを見学していくと、藤原経清の館のシーンやらいろいろ光景が思い出される。
当時エキストラとして参加された年配の方の話も聞けて、期待以上に楽しめました。

そして最初の予定に入れてなかった、東北で一番行きたかった場所へ向かう。
現存しない城跡「胆沢城」である。
土塁等が復元されているだけ、カミさんはつまらないだろうな?と思っていたので、最初から何も無いよと言ってありました。
この胆沢城は、秋に行った多賀城からの前線基地であり、多賀城の後に鎮守府となった場所である。
鎮守府となる前、城ではなく柵として整備していた胆沢の地を明け渡した蝦夷の棟梁阿弖流為(あてるい)は坂上田村麻呂へ降伏したとされる。
広大な田圃の真ん中にある胆沢城跡は、やはり過去を連想させるモノは何も無く発掘調査後に作られた土塁跡等のみの寂しい所であった。
しかし、川越・姫路ナンバーに乗って来られた方が後からいらっしゃって、同じ様に胆沢のこの地を見られていたのが物凄く嬉しかったです。(カミさんは、私以外にもいた事に驚いていましたが!)

この日はこれでお終い。
水沢ICから東北道を南下し、仙台まで。。。久々の仙台。。。ではなく約20日ぶりの仙台宿泊でした。(笑)


阿弖流為に関しては、巣伏の戦いが有名である。
征東将軍:紀古佐美(きのこさみ)率いる1万に近い朝廷軍の中軍後軍4000に対して、わずか300で攻撃を仕掛け1200の友軍を使い朝廷軍に多大な損害を与えた戦いである。
この時の蝦夷軍数名に対し、朝廷軍の戦死者25人、矢にあたる者245人、川で溺死する者1036人、裸身で泳ぎ来る者1257人の損害と「日本紀略」に記載されている。
寡兵をもって大兵を破ること著しいもので、これほど鮮やかな例は日本古代史に類を見ない・・・と各方面の書物にも書かれている。

その後は10万の朝廷軍に対して3万で挑んで勝ったり、結局最後の戦いで征夷大将軍:坂上田村麻呂が出て来て降伏するまでは勝ち続けた蝦夷軍を率いたのは阿弖流為と軍師である母礼(もれ)であった。
坂上田村麻呂と違って、阿弖流為はその後の文献に名を残していず、歴史上まだまだ謎に満ちた存在である。

阿弖流為を簡単に読むには、高橋克彦氏の著書「火怨」を読むのが一番判り易いでしょうか!
読み応えありでお薦めです。

マニアックかも知れませんが、増々東北の歴史にのめり込みそうである。(笑)

東北旅行 2・・・厳美渓

2012-05-02 12:39:00 | 風景写真
そして厳美渓へ。
ここは遠き昔の紅葉の時期に訪れた場所。
春の季節は初めてでした。
平泉は枝垂桜が多かったのですが、こちらは貞山桜が殆どで新緑と相まって素敵な雰囲気に包まれていました。
遠くにある雪の栗駒山から流れる磐井川の中流域、岩の中を勢い良く流れる豊富な水量に満たされた渓谷である。
紅葉も素晴らしかったが新緑&桜も、趣きが感じられて良かったです。
カミさんは、念願の郭公団子(滑降と言う意味も含まれているそうだ)も対岸から購入出来、大満足でした。
渓谷に掛かる吊り橋も渡る、吊り橋までの渓谷は荒々しい流れであるが、吊り橋から下流に掛けては穏やかな流れになっていたのが不思議な感覚でした。

以下、Wikipediaより引用:郭公だんご(かっこうだんご)
引用ここから**********

郭公だんご(かっこうだんご)
岩手県一関市にある磐井川中流の渓谷・厳美渓をロープによって横断する独特の団子販売方法である。販売元は厳美渓渓谷に作られた茶屋「かっこう屋」。名前の由来は、店名の「かっこう屋」・創業者の千葉酉吉が郭公(鳥)の物真似が得意であったこと、団子が空を「滑降」する等色々ある。

:概要:
団子の種類はあん団子、ごま団子、みたらし団子[1]の3種類。刺してある団子の数は5つ。これはこの辺りが古くは五串(いつくし)村と呼ばれていたことに由来。 茶屋「かっこう屋」から、対岸に設けられた休憩所(高低差は下)に縄を張り(現在はワイヤーロープになっている)、休憩所にある移動式の竹籠に必要分の金額のお金を入れ、備え付けの木槌で板を叩き、茶屋「かっこう屋」から団子を販売する。この時の様子が「空飛ぶだんご」として知られ、名物となっている。現在は三代目の千葉晴夫とその婦人が団子を販売。茶屋「かっこう屋」には赤い帽子にちゃんちゃんこを着た初代創業者、千葉酉吉を模した手製の木製像が置かれ、観光客を見守っている。

:歴史:
創業は1878年(明治11年)。創業者は千葉酉吉(旧厳美村出身)。初代創業者の千葉酉吉が当時、茶屋で出していた団子を対岸の観光客にも販売出来るようにと考案したものである。
千葉酉吉は郭公鳥の物真似が非常に上手く、茶屋に訪れる観光客へ聞かせ非常に喜ばれたという。 1937年(昭和12年)、閑院宮載仁親王・智恵子妃夫妻が厳美渓を訪問した際に名物となっただんご作りを実演して献上し、自慢の郭公鳥の物真似を披露した所大変喜ばれ、 御賞詞と金一封を賜った。この時、渓流を眺められた場所を御覧場と称し、 現在はその場所に記念碑が立てられている。 近年ではTV番組「水曜どうでしょう」も訪れ放送された。

引用ここまで**********