世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

引き受ける力

2012年07月23日 | 人生
「引き寄せの法則」 とかいって

引き寄せる力を推奨している。


寄ってくるのは良いことばかりじゃない。

いらないことや嫌なことも引き寄せちゃう。


むしろその方が多いかも。


貧乏神や不幸の女神などがその典型だ。




問題は

引き寄せた後、それにどう対処するかだ。


取捨選択をしてたら

いいものまで逃してしまう危険性がある。



賢者にも愚者にも

すべからく平等に情報が取れる時代。


問題は、その情報をどう読み取り、評価するかだ。


何も考えずに鵜呑みにすれば愚者の道を進むだろうし、

ガサネタと貴重な情報を峻別できる審美眼を持てば

それだけで強みにはなるだろう。



だがそれを見分けるには

まず吟味しなければならない。



食わず嫌いは美味なものまで口にすることは出来ないように

吟味するためにはまず受け止めなければならない。




人を見た目で判断するのは間違いが多い。


人は見た目が9割なんて本があったが、

裏返せば、

9割間違った評価をしていると言えるだろう。


それだけ人は騙されやすいのだ。




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間違えないためには、

どんなことも、

どんな人もまず受け入れる心構えが必要だ。


どんなに引き寄せる力をつけても

「引き受け力」が伴わなければ


結局見逃してしまうことになる。




起こったこと

出会った人はすべて意味を持つ。


それが何を意味するのかを見極めることだ。



飛び交う情報も

ただ単に看過するのではなく、


正しいか間違っているか、

その中にどんな意味が含まれているのかを判断しなければならない。




――――――――――――――――――――――――――――――――

特に

頼まれごとは断らないことだ


無理な相談、

キャパを超えた依頼、

面倒臭いと思える相談などなど


来たものはすべて断らずに引き受ける。



安請負は怪我がの元ともいうが、

怪我してもいいではないか。



この場合、生身のけがでなく失敗のことだが

失敗を恐れていては

可能性までつぶしてしまうことになる。



忙しくて時間がない、

スキルが伴わない、と思っても


とりあえず引き受けてみる。



そうすれば結構できるものだ。


自分にプレッシャーをかけなければ

いつまでたっても自分の殻から抜け出せないだろう。


来るもの拒まず。

まずは、イイよと言って引き受けてみよう。



そうすれば

自分でも気付かなかった

新しい自分を発見できるだろう。



そのためには

何事にも関心を持ち、

常日頃から勉学を怠らず、

自己研鑽に努めなければならない。



まずは

「断らない力」


「引き受ける力」を磨いて身に着けよう。


そうすれば必ず人生が好転する。

多面性と多様性 パーティは歌声に乗って

2012年07月22日 | 国際
グローバル世界で必要なものに

多様性と多面性(多角性) がある。


多様性は、

Diversity といわれ、

Innclusionが求められることは以前述べた。


読んでない方のために簡単に言うと、


Diversity & Inclusion とは、

「多様性の受容」という意味で、


多様な人材を活かす戦略であり、

外見や内面的な違いにかかわりなく、

すべての人が各自の持てる力をフルに発揮して

組織に貢献できるような環境をつくることである。


経営戦略として、

個人だけでなく組織自体にとって

多種な属性(性別、年齢、国籍など)を活かし

能力を発揮できるような組織づくりをしなければならない。


個性を発揮できる環境下でこそ、

新しい商品が誕生し、画期的なプロセスが実現され、

新しい顧客に支援される企業が生まれるという、

人材に対する新しい認識でもある。




また、思考法の一環として

多角的(多面的) に考えることが重要とされる。


一元的思考ではいつまでたっても枠から抜け出すことは出来ない。



ちなみに、思考3原則といわれるものは、

第一は、目先に捉われないで、出来るだけ長い目で見ること

第二は、物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、出来れば全面的に見ること。

第三に、何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考える。(安岡正篤)



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さて、昨夜のフリートークの月一Make Friends Party もおかげさまで盛り上がりました。





フリートークのパーティの特徴の一つは

なんといってもマリアの歌が無料できけること。


彼女の歌声を毎日聴けるボクは、世界一幸せ者なのだ。




そして、「何でもアリ」がもう一つの特徴。

なんといっても多様性(Diversity)なのだから。



だから、こんなこともやっちゃう。




フリートークは、カラオケもできちゃうんです。


    夜中に”変なオジサン”も飛び込みで参戦


これもまたフリートークの多様性の一面である。



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なんといってもフリートークのモットーは楽しむこと


楽しめる人、

楽しまさせれる人
ならどんな人でも受ける。



だから、ここではいろんなアイデアが生まれみんなの才能が開花する。



フリートークは「フリースクール」の要素も持っている。


学校や会社、社会で認められなくても

思う存分やりたいことがやれる、

言いたいことが出来る場である。


いわゆる、

社会のマイノリティが活躍できる場である。


自分を思いっきり表現できる稀な場所だ。


そう、だからフリートークはとっても懐が深いのだ。


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そもそもInternational & Community Cafeと は、


枠にとらわれず、

面白いと思うこと、


イイと思うことなら何でも受け入れる、、

やっちゃってしまう。



だから批判も受ける、

妬みも買う、


イヤミも言われる、


だけどそんなことに挫けているようでは

何にも出来やしない。



出る杭は打たれるかもしれないけど、

雑草は踏みつけられ唾をかけられるかもしれないけど、


それでも

いじけず、挫けず、メゲズに歯を食いしばって生きていくしかない。



だから楽しい、

楽しまなきゃ損。



さあ、

今日もフリートークではマリアの歌声が響いている。



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【お知らせ】

日曜日はフリートークの一階の駐車場が無料で使えますよ(2~3台分)。


それにフリマもやってるし(雨天は屋内)。




出展者、ボランティア募集中

ドンドン利用してね。




また、英語の歌を上手に歌う

Mariaの歌のレッスンも受けられます。




1時間、2,000円。

要予約、です。

この世にたった一人だけででいい

2012年07月21日 | 人間関係
何人もいらない。

多くの人に分かってもらう必要もない。


たった一人だけ、

自分のことを分かってくれる人がいればイイ。


それだけで人は救われるのだから。



一人だけそばにいてくれるだけでいい。


一緒に寄り添ってくれればい。

出来れば一緒に泣いてくれればなおいい。


一緒に遊んでくれればもっといい。



何人もいらない。


たった一人だけ、

それだけで十分。


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学校の「いじめ」というと

実質「集団暴行」のことを指す。


その中にたった一人味方になってくれる人がいたら救われるのです。



「君の見方だよ」って言ってくれるだけでもいいのです。



本来、親が真っ先に気付くべきです。

親なら分かるはずです。


微妙な変化を悟らなければならないのです。



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学校にはそもそも隠ぺい体質があります。

狭い閉鎖社会です。


基本的に先生たちは自分の既得権益を守り抜こうとします。

先生の多くが公務員であり、それぞれが同じ立場なので


不条理を隠し合うのです。



何か問題が起きても責任を取ろうとしません。

(現在ボクも学校とのある問題に係わっていますが
無視され続け、校長も教頭も教職員全員が取り扱おうとしません)


熱血漢の先生がると助かるのですが

職員室でも浮いてしまうので嫌います。


金八先生のような先生はほとんどいません。

ぼっちゃんもいません。


赤シャツだらけです。

(意味が分からない人は、夏目漱石の「ぼっちゃん」を読んでください)



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実社会でも同じことです。

どんな世界にも「いじめ」はあります。


それを感じたらソットより添ってあげればいいのです。



寂しい人がいたら声をかけてあげればいいのです。



「どうしたの?」

「お疲れさん」

「一緒に帰ろうか」


何でもいいのです。


そして、話を聞いてあげればなおいいのです。



人はそれだけでずいぶん救われるのです。



寄り添ってもらいたかったら

誰かに寄り添ってあげる人になればいいのです。



たった一人小さな勇気を振り絞って寄り添ってあげてください。



あなたの周りにもそれを求めている人が必ずいるはずです。


見て見ぬふり、事なかれ主義は


平和主義とは全く違います。


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ボクは、昨今巷で言われるボランティアという言葉があまり好きではありません。



なんとなく

偽善的で押し付け的で、

義務感が漂うからです。



災害が起きると、昨今必ずボランティアの呼びかけが始まります。


悪いことではありませんが

なんとなく行かなきゃという罪悪感まで伴う時があります。



ボランティアに行ってきました。

自慢げに話す人が増えました。


黙って行けばいいのです。

ありがた迷惑な時もあります。




ネットで呼びかけて、テントまでたてて、

受付作って名札配って、

炊き出しまでやって、



笑いながら、ふざけながらやってる人も見かけます。

なんか違うなって思う時もあります。




最近のデモだって同じ風景が見られます。

休みだから、やることないから、


その辺のフリマでも覗くように、

歩行者天国にでも繰り出すように、


なんか違うだろ、って気になります。




そんなに人助けしたいんならシリアへ行けよ、

って言いたくなります。


命かけて戦ってみろよ、って。

(中にはいるみたいだけど、

無謀だからやめてくださいネ)



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「何かお手伝いしましょうか」、

ってそっと声をかけるだけでもいいのです。



誰も手の届かないところで困っている人は沢山います。


旅をしているとそういうことに気付くことがあります。



そんな時にこそ、予定を変えてでもお手伝いをするのです。


日ごろ道を歩いていてもそういう場面に遭遇します。

横断歩道で、急かされて転びそうなお年寄りがいます。


普段、なにげないところに人助けは潜んでいます。




逆に、注意するのも大切です。

見るからに未成年が路上でたばこを吸っている。


それでも、見て見ぬする人がほとんどです。


注意して、5~6人の仲間に取り囲まれたこともあります。

毅然たる態度が必要です。


目を見て、真っ向から向き合うのです。

逃げてはいけません。


目を逸らしてはいけません。




その中にも勇気ある仲間がいます。

分かってくれる人間が必ずいます。


自分からそって煙草を消してくれました。



「ありがとう」 って声をかけました。

彼はにっこり笑ってくれました。



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「声掛け」が大切なのです。

今は、メールで済ましてしまえば一日話をしないことだって可能です。


「声欠け」 の世の中になってしまっています。


声なき社会、物言わぬ世界が広がっています。



ボランティアの中にも指示待ち族が多くいます。


黙って突っ立っています。


自分から進んでやれないし聞いてやることもしない。



動かないし、

動けば余計なことまでして2度手間になってしまう。


必用なものまで捨てちゃったりする。

草刈りを頼めば、花や木まで切ってしまう。

これなら自分でやった方がましだとさえ思ってしまう。





見ず知らずの人より

隣近所で支え合うのがもっといいのです。


疎遠だった遠い親戚が来てくれればもっと嬉しいのです。




ボランティアとは自発的(spontaneous)という意味合いです。

本来、人から勧められてやることではないのです。



自主的に黙って、こっそり行うべきものです。



いじめ、ボランティア

新聞紙面を賑わす言葉が独り歩きしているようです。



まったく対比的な言葉なのに、

なんだか同じ要素が含まれているような気がしてなりません。



それは集団性が感じられるからかもしれません。




集団に振り回されず自分の考えで行動してほしい。


そういう教育をすべきなのだと思います。



一人でも立ち上がる勇気




【追記】

ボランティアを否定するものではありません。


ボク自身も、

いわゆるボランティア活動と呼ばれるものには係わっていますから。



そのなかで

なんか勘違いしてるなって人が見受けられのも事実です。




何事も

自分で考え、

自分で判断し、


自発的(spontaneous)に行動する
 ものではないでしょうか。

Life をテーマにPrsnT in Kumamoto #2

2012年07月20日 | ライフスタイル
荒木さんの司会進行の元




熊本における第2回目の  "PrsnT in Kumamoto"  が

昨夜フリートークにて行われた。





テーマは

「ノマドライフとスイッチライフ

あなたの人生のテーマは?」




ありがたいことに主催者の野口さんによって1時間のスピーチを utdream で世界へ配信していただきました。

<iframe src="http://www.ustream.tv/embed/recorded/24095046" width="608" height="368" scrolling="no" frameborder="0" style="border: 0px none transparent;"></iframe>



後半はビールを飲みながら全員でディスカッション。


延々10時半まで、3時間

話題は尽きなかった。



熊本を世界への情報の発信基地に。

熊本を国際都市に


ということで共感を得たと思います。



これから世界へ羽ばたく赤ちゃんも参戦。

アメリカン・コスチュームで笑顔を振りまいていました。







こんな和やかで意味深いセミナー(?)は

他に例を見ないと思う。


熊本にまた新しい風が吹き始めた。




だけど、というかやっぱりというか、

和やかすぎて結局最後はこんな姿に。





主催者の野口さん、荒木さんに感謝。

そして集まってきてくださった参戦者の皆さんにも感謝、感謝。


ありがとうございました。




次回は8月の23日(木曜日)午後7時半~

フリートークにて



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この日のマジメなレジメは以下の通り。




   ライフ (Life)
ノマドライフとスイッチライフ


1.ノマドライフとは
ノマドに必要なディバイス  3C + α

2.グローバル時代に最低限必要なもの(ツール)
SNS(facebook)の利用

3.生き方、生きがい
あなたにとって幸せとは  お金・モノからつながりへ

4.夢もビジネスも答え、正解はない 自分で作り上げていく

5.起業
スモールビジネス オリジナリティ ニッチ 社会起業

6.旅して暮らすには?
旅の位置づけ(幸せの基準) 職業 収入源

拠点 終の棲家 母港(拠り所) アンカー

7.あなたの夢は?
やりたいことは?
なりたい姿は? イメージしてみて。

どんな時が一番幸せか?
時代、年代、年齢、家族構成によって変化。 マリッジシングルという形
自由と幸せは共存するか?

8.好きなことを仕事にするべきかどうか?
やりたいことをやるには

9.スイッチライフとは
あなたにとって生きる目的は
何か あなたの人生のテーマとは

フリマ(Flea Market) NY情報も併せて

2012年07月19日 | 仕事
フリーマーケットを開くことにした。

フリートークの一階駐車スペースで。




Flea Market と書く。

Free ではない。

flea は蚤のこと。

「蚤の市」 という所以だ。


似たようなイベントに

ガレージセールとか

ヤードセールとかいう場合がある。



売る商品は、

アンティークを中心に主に輸入雑貨だ。



日曜日は、駐車スペースがフルに使えるので

少し広めて商品を並べようと思っている。



売りたいものがあったら持ってきてくださいネ。

一緒に並べて売ってくださいネ。


それから、

ボランティアも募集してます。

店番ていうか、売ってくださる人。


通ったら見ていってね。

2階のフリートークにもまだいろいろあるよ。


気軽に寄ってくださいネ。


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海外、特にアメリカに行くと

必ずフリマや

ガレージセール、ヤードセールがどこかしこでやっていて

立ち寄るようにしている。


主にアンティークが大好きだ。


ジャンクなどマニアックな趣味なので

売れ筋ではなけど、

同じような感覚の人は嬉しいと思う。


今回NYでも2か所回った。



一つは、アンティーク専門。


   パーキングの中(1階と2階)を使って行われていた











外にはアンティークショップも並ぶ







も一つは、ジュエリーから洋服まで種種雑多。














     ネイティブアメリカン

      中にはこんなお客も

このおじさんは、あとでタイムズスクエアで変なパフォーマンスをやっていた



アメリカの光と影

2012年07月18日 | 国際
アメリカはボクの大好きな国の一つだ。


アメリカといっても

まるで50の国から成り立っているかように

東と西、北と南ではその表情が違う。


移民によって作られた国だけあって人種も様々だ。



前にも述べたように大まかに言えば、

白人が約     60%

ヒスパニック系  20% (過半数が南西部に住み、その6割以上がメキシコ人)

ネグロ系     14% (過半数は南部に集中)   

アジアン      5% (半数は西部に住み、カリフォルニアとハワイが顕著)

ネイティブアメリカン1% (アラスカ州のイヌイットを含む)


となっている。


そしてヒスパニック系とアジア系の人口の伸びが激しく、

近い将来白人は過半数を切るのではないかとみられ(恐れられ)ている。




民族の多様性は、

即、宗教観にも多大な影響を及ぼす。


一般にアメリカはキリスト教の国といわれるが


キリスト教80(プロテスタント60 カトリック系25  東方正教会系3)

ユダヤ    2
 
イスラム   0.5 

仏教     0.2 

ヒンドゥー教 0.1 

その他   12.6


となっている。


なかでもイスラム教が伸びを見せているらしい。




ご存じのように

この民族・宗教の違いが政治に大きな影響を及ぼす。




そして

この多様性こそが


アメリカ人の気質を育て

アメリカの成長を牽引し、

アメリカが世界に君臨する大きな要素となってきた。




ボクのイメージもそこからきていることが多分にある。

おおらかで、

許容性があり、

フレキシブルで、

それゆえ懐が深く


清濁併せ飲むような器の大きさがある。


自由の国と言われるように

発想力も創造性も高い。




そこからいろんな発明や発見、

いわゆるイノベーションが進んでいるのである




ただ、

合理性、論理性を重んじるあまり、

情緒性に欠ける面も否めない。



そして反面、

警戒心や猜疑心が強く、

攻撃性が異常に高いのも事実だろう。



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ボクはこれまで多くのことをアメリカから学んできた。


主に

フロンティアスピリッツ

ネイティブアメリカン(インディアン)の教えには

大いに感銘を受けた。



久住高原で観光牧場『メリーファーム』を起こす際は

かなりの部分で参考になった。


それはそのはず

馬を飼って西部劇ごっこをしていたのだから。



今でもボクの気持ちの中には

カウボーイ魂が息づいている。



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だが今回のNYでは、別の意味で学ぶところがあった。

つまり、反面教師としてだ。




二人の娘の夫がアメリカ人であり、

息子も10年近くアメリカに住む。


息子は17歳という多感な時期に移り住んだこともあり、

考え方としてはほぼアメリカンになっている。


それは上記のいい意味の場合が多い。




子供たちのお蔭でボク自身

良い意味でも悪い意味でも

より身近にアメリカを知ることができるようになった。



これまでアメリカ合衆国50州の内約30州を旅し、

ホームステイも数多く経験して


アメリカの家庭や家族とも接してきた。



彼らは親密で、親切で

思いやりがあって、それでいて合理的であった。


ボクはそうした姿に感銘を受けていた。

憧れでもあった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――

それが

今回のNYでの経験によってもろくも崩れ去ってしまった。


これほどにまで

非情で薄情で非礼な人々に会ったことがなかったからだ。


アメリカに限らずだが。



アメリカ人は

話せば分かる民族だと思っていた。


そして

話し合いという民主主義が完全に確立した世界だと思っていた。



ところが

話し合いどころか


その席上にも姿を見せず、

逃げ回る姿には失望してしまった。



こんない臆病でかつ傲慢な人間がいただなんて。

それもアメリカに、ニューヨークに。




多くの戦争にかかわり、

経済の疲弊にあえぎ

結果、変わり果てたアメリカを象徴しているのであろうか。


そこにはアメリカ人の焦りさえも窺える。


アメリカが凋落するのも無理はない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――

ボクは息子が17歳で渡米するとき、

アメリカのフロンティアスピリッツを学べと言って送り出した。


だが

大和魂を忘れるなと付け加えることを忘れはしなかった。





最近アジアを旅することが多くなった。


仏教、儒教といった思想に改めて触れ

アジア人として生まれた自分に誇りさえ感じるようになった。



武士道を学ぶ西洋人、

盆栽にはまる欧米人も多い。


だがその底辺には

征服、服従のといった二文字が見え隠れしているように思えてならない。。


表面の技術だけ身に着けても

精神的には極めて幼稚性が窺い知れる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――――

柔よく剛を制すと言われるように

これからアジアの影響力が世界で増すことは間違いない。


そのことを日本人は過小評価していないだろうか。


夢と希望を失い、

同時に誇りと自信、勇気さえも失なってしまったのか。



もっと日本人は

誇りと、自信と勇気を持つべきだ。


日本人は、

アジアの、いや世界のお手本となる民族足りうるのだから。



そのためには

日本人としてのアイデンティティを確立しなければならない。



それについては

この紙面では語り尽くせない。



また改めて検証していきたい。

血は水より濃い

2012年07月17日 | 家族
またまた長文(ロングストーリー)です。




血肉を分けた子供は

何処までいっても切れることはない。


だが夫婦は、所詮他人である。


親子関係、夫婦関係、兄弟関係と

親族間でも争い事が起きることはそう珍しいことではない。




23年間疎遠だった実の娘に会い、

30年近く愛し続けた妻と仲良く暮らすことは出来ないのか。



両方の幸せを手にすることはそんなにいけないことなのか。




少し損をして生きるのがいいように

人生、少し不幸を背負って生きる方がいいのだろう。




得ばかりして

幸せすぎると人の妬み、反感を買う。


反対に、損をして不幸の中にいると人の同情を買う。



生きる上でどちらがいいのか。

本当に幸せなのだろうか。



両手に余る幸せは零れ落ちる。


手にして持っている幸せが大きすぎると

次の幸せはそれを手放さないと手に入らない。


片手で両方持つには大きすぎるのだ。




        ◇


息子は高校3年の時アメリカへ渡った。

カリフォルニアの高校、そしてカレッジを卒業後


当時、サンフランシスコの州立大学に入ろうとしていた。





ちょうどそのころ

親父の葬儀で修羅場を演じ、

二度の別れを経験した前妻の娘から連絡が入った。



アメリカ人と結婚したので是非あって欲しいという。


相手は、チャイニーズアメリカン、

サンフランシスコに実家がある。



ちょうど息子のカレッジの卒業式にに合わせて渡米をしようとしていた矢先だった。


そしてその足で、サンフランシスコに行って

大学の手続きを同時にしようと息子と打ち合わせをしていた。




娘も、サンフランシスコの旦那の実家に行き、結婚式を挙げたいといった。

そして、ボクに父親としてバージンロードを歩いてほしいと。




なんという偶然だろうか。

同じサンフランシスコで

同じタイミングで

しかも、娘の旦那も同じサンフランシスコ州立大学の出身だという。


余りに出来過ぎた話だと思わないか。




先に渡米したボクは息子に事情を説明した。


そして、サンフランシスコで腹違いのお姉さんと会ってくれないか尋ねた。


息子は即座に「いいよ」と言ってくれた。


気持ちは複雑だったに違いない。





当時の息子はアメリカで暮らして3年、

そんな家庭は五万とある。


息子はホームステイしながらそれを目の当たりに経験してきた。



アメリカでは、よくファミリーユニオンという家族の集まりを持つ。

そのとき、前妻や、前夫との子供たちも当然のように集まる。


腹違いであろうが、種違いであろうが兄弟姉妹であることには変わりはない。


もちろん全部が全部ではないだろうが、

そうした面では抵抗感はあまりないようだ。





             ◇

大阪の娘は

ボクと息子がサンフランシスコを訪れるその日に

日本からサンフランシスコに到着する予定を立てた。



別れた娘と会えると同時に

娘と息子を引き合わせることができる最初で最後の絶好の機会だった。


これは神様が与えてくださった千歳一隅のチャンスだと思った。




娘の旦那の実家の電話番号を教えてもらっていた。

その時点で、息子が娘と会ってくれるかどうかわからなかった。


息子が会うと言ってくれれば

その場で、時間と場所を決めて電話を入れることにしていた。





          ◇


その日、サンフランシスコの大学の手続きを終えた息子とボクは

近くのブックストアーの公衆電話から娘の旦那の実家へ約束した時間に電話を入れた。




ところが、本人達はいないという。

日本から来ているが、出かけたという。


なんということだ。

もし会えなければ、3時間かけて息子のホームステイ先に帰ることにしていた。

その時点でサンフランシスコに泊まるつもりはなかったのだ。




娘と会いたい、

姉と弟を引き合わせたいという想いだけだった。



電話口に出たのはたぶんオヤジさんだった。

日本から来た二人は何時に帰るか分からないという。


そこでボクと息子は、1時間だけ待つことにした。


ブックストアの公衆電話の番語をオヤジさんに伝えてその近くで待った。



小一時間が経って諦めてもう帰ろうかとしていた時に

公衆電話が鳴った。



受話器の先には娘の旦那がいた。

ボクはいきなり彼に怒った。



もし、来る気があるなら待つといった。


ブックストアまで何分で来れるかと聞いたら、10分で行くという。

ならばここで10分だけ待っている、と伝えた。




果たして娘と旦那は10分後に現れた。


娘と抱き合い、息子を紹介した。



一緒に近くのメキシカンレストランで食事をとることにした。

皆がぎこちなっかった。



帰るつもりだと言ったら、

娘婿が兄弟の家に泊まれるから一泊していかないかという。



ボクと息子は言葉に甘えることにした。

両親宅にも連れて行ってもらい、紹介してもらった。


家族みんなで歓迎してくれた。



次の日、4人でサウサリートの町を観光した。


そのとき娘がポツリと言った。

「お父さんとこうして海外を旅したかったのよ」

そして、まるで恋人のように腕を組んで歩いた。



かくして、日本に帰ってからも大阪に住む娘家族との交流が始まり、

現在も続いている。


息子も、姉家族と連絡を取り合うようになった。




ここまでは

めでたしめでたしのストーリーだ。




            ◇


そのあと息子が日本に一時帰国した。

その時

妻に、サンフランシスコでの出来事を正直に話した。


隠し通すことは出来なかったし、嫌だった。

娘と会うのにこそこそするのが嫌だった。

決して悪いことをしているという意識はなかったからだ。






「大阪の娘とサンフランシスコで会った」

「そこで息子とも引き合わせた」と打ち明けた。




妻が怒ることは覚悟していた。

だが、それは想像をはるかに超えていた。



それまでボクら夫婦はうまくいっていた。

おしどり夫婦といってもいいくらい

ラブラブの夫婦関係を30年近く保っていた。



だから必ず分かってくれると信じていた。



案の定、妻は激怒した。

ボクを裏切り者と呼んだ。

私を騙したのねと言って、二度と口をきかないと罵リ続けた。




息子にも、

もう絶対二度と会ってはいけないと強く釘を刺した。




息子は黙って、うんと答えただけだった。


ボクも黙っていた。


息子の判断は彼自身に任せることにして、彼には何も言わなかった。




その時、下の娘はその光景を黙って見ていた。



    
         ◇


息子はサンフランシスコで

ときどき姉婿の家族と交流を続けている。


もちろん母親には何も言わない。



賢い子だ。

偉い息子だ。




それ以来

ボクと妻の間には決定的な溝ができてしまった。



確かに妻はボクに口をきこうといしなくなった。


下の娘の手前、

仮面夫婦を装うのが精いっぱいになった。




この時点で

ボクは、娘を選んだのだ。

もう娘を手放すことはない。



大阪に行くたびに会っている。

今や孫も3人で来た。



昨年末のボクの誕生日には、

東京ディズにリゾートへ招待してくれた。




その時なんと、

前妻の再婚相手との間にできた娘も一緒だった。

つまり、娘の種違いの妹になるが、

ボクとは一切血のつながりはない。



奇妙な7人家族が

東京の同じホテルの部屋で4日間を楽しく過ごしたのだ。




人生とはこうあるべきだ。

人間とはこうあるべきだ。




頑なに意地を張って拒んでも

落ち着くところに落ち着くものなのだ。




         ◇


下の娘が3年前ニューヨークに留学した時から

妻とは完全別居が続いている。




お蔭で

ボクは自由を得た。


水を得た魚のように飛び跳ねだした。



失ったものより

得たものの方が大きく感じている。




奇妙というか

絶妙な独(毒)身生活を送っている。



ボクはこれを

マリッジシングルと呼んでいる。


日本語に訳せば

毒身奇族とでも言おうか。



しかし、

最高のポジションですゾ。


世の旦那方。




【追記】


今回のNYでの出来事と

SFでの一件とを、

二人の娘婿とその家族の処遇とに焦点を当ててみた場合、

雲泥の差があることに気付くだろう。



当然のことだったが

温かく迎えてくれたアメリカ人。


一方、花嫁の父に対してまったく会うことも拒絶して無視続けたアメリカ人。



アメリカ人といっても

方やチャイニーズアメリカン、


方や、ヒスパニックアメリカン。


果たしてこの差が影響しているのだろうか。

東洋と西洋のDNAの違い?


それとも単に家族の考え方の違いだろうか。


読者の方の意見を伺いたい。





いずれにせよ、NYの娘との問題は残った。


ボクにとって

今度はこれをどう修復していくかが大きな課題となる。


娘が幸せになることを望まない親はいない。



彼らは、今年中に熊本に帰ってくるとも言った。

その時、お互いどういう態度で接するのか。


あるいはそれまでに接触はあるのか。


またまた面白いことになってきた。





さて、次のブログは

今回の経験をもとに、

アメリカの光と影に焦点を当てて考察してみたい。




【追記2】

それにしても

息子には感謝している。


親が言うのもおこがましいが、


出来た息子だ。



腹違いの姉、実の妹

そしてその双方のアメリカ人の夫たちの間を取り持って

本当にまめに気を使って動いてくれている。


母親とも仲良くやっている。



今回NYでも、彼とだけ一緒に食事をした。

ずっとボクのことを気遣って一緒に居てくれてた。


もちろん、ボクの態度を批判することも彼は忘れていなかった。


ボクもも反省すべきところはした。




彼は高校時代からアメリカに留学し、

だてに10年アメリカで暮らしているのではない。



まだ、若干27歳、

正真正銘の独身、


目下彼女なし。



どなたか、立候補しませんか?

息子に紹介しますよ。



ただし、

息子と結婚すれば

ボクの娘にもなるわけで、覚悟しておいてネ。