英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

『八重の桜』 第47話 「残された時間」

2013-11-25 10:45:16 | ドラマ・映画
命懸けの演説(番組サイトの表現)であるが、今一つさえない演説だった
 同志社大学設立の募金集会で、名だたる財界人を前に熱弁を振るう襄。伝えたい思いはただひとつ「この国の柱となる人々を育成するため、大学をつくりたい」
 襄らしい誠実な演説であったが、今一つ鬼気迫るものがなかった
 と視聴時には物足りなさを感じたが、今話を通して見ると、脚本家の意図というか、苦心の演出であったと考えられる。
 襄の演説の後、大隈重信の誘導により参加者の寄付が集まったが、これは虚栄心などの利己的な思惑によるものであった。実際、この後の宴席では、ビジネスや政治の話に花が咲くだけで、教育の話題は出なかった(大隈を除く)。このことは勝海舟との会話で補足されていた
 この時、襄の演説が心を打つものであっては、この流れが明確なものとはならない。


 また、襄の主張の「国の柱となる人材を育成したい」というものには偽りはないが、ここであまり強調すると、後で語られる襄の思い(大学の設立が第一)とは矛盾してしまう。
 余命が幾ばくもないと知った襄は、命を失うことよりも八重との生活を失うことよりも、大学の設立を成し遂げる時間がないことを嘆く。
 医師から“襄が長くない”ことを告げられ、それを気取られまいと気丈に振る舞う八重の心を察知し、
「可哀そうに、驚いたでしょう。ひとりでそんな話を聞いて」
と気遣う優しい襄ゆえ、時間の無さを嘆く襄の叫びが際立っていた

 「八重は大学なんてできなくてもいい。二人で一緒に過ごせることが一番だ」と訴えるが、襄の強い思いを知り大学設立を支えることを決意する。

「私がいなくなっても、その後に続く人が作り上げてくれる、私もそう信じます。
 けれど、そのためには誰かが種を蒔かなければ…。一粒の麦を地に落とさなければ……
 私がやらなければならないのです」
これは八重を説得した言葉である。
 普通は“種”は徳冨蘇峰などの教え子でしっかり種が蒔かれ育ってきていると考えられるのだが、今回のストーリーを考えると、種をまくことは資金を集めることで、それができていないから、“私がやらねばならない”と解釈しないと、文脈がおかしくなってしまう。

『同志社大学設立の旨意』
 蘇峰はこれを資金集めの宣伝文ではなく、日本の将来に心を砕いた「新生日本の檄文」と評価したが、やはり、本心は「大学設立が第一」であった。


 今年の『八重の桜』は、(もしかすると大河ドラマ一般に共通することかもしれないが)
「人物を描かずエピソードを描く、一話でのハイライトシーンを描くために登場人物を動かす」のが、制作の精神のようだ。

 人物を描くのであれば、前半の「命がけの演説」が鬼気迫るものであるはずである。そして、そうであったなら、「新生日本の檄文」であるという蘇峰の評価も納得できるのである。

【最近、ずっと感じているツッコミ】
襄は教育功労者ではあるが、教育者としてはどうか?

・大成した教え子は“熊本バンド”の連中ばかり。彼らは転入者で、転入時、既に学問に秀でていた。
・授業放棄した生徒の罪を自分の罪だ考え、自ら杖で打撃し罰したエピソード以外は、教育のエピソードの印象が残っていない
・結局、外国人宣教師には、自分や八重の教育方針を理解してもらえなかった
・ここ最近は授業せず、資金集めばかりしている

【今話のツッコミ】
・前話で蘇峰の弟・健次郎と八重の姪・久栄の駆け落ち騒動があったが、ふたりが普通に会話しているのは、なんだかなあ……


【ストーリー】番組サイトより
 同志社の大学設立に奔走する襄(オダギリジョー)は、大隈邸で行われた募金集会で多くの寄付を集める。しかし、心臓を患っていた襄の体調はさらに悪化し、鎌倉でしばらく静養することに。それでも資金集めのために動き回ろうとする襄を、八重(綾瀬はるか)は必死になって制止するが、襄は一向に聞き入れない。そしてついに、八重は主治医から襄の命が長くないことを告げられる。
 そんななか、徳富蘇峰(=猪一郎・中村蒼)の計らいで、襄の『同志社大学設立の旨意』が全国誌に掲載され援助が集まり出すと、襄は再び不調な体にむちを打って募金活動に向かおうとする。八重が心配するなか、襄は募金活動のため単身関東へと向かうのだった。
コメント (2)
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