模擬試験、4回目です。本試験まで1ヶ月という時期ですので、できるだけ新出問題で作成しました。従って、本試験よりかなり難しいと思われます。実際にこの中から少しでも出題されたら嬉しいなぁ。
では、どうぞ。解答はいつもの通りこの記事へのコメントに記載します。
(一) 次の傍線部分の読みをひらがなで記せ。1~20は音読み、21~30は訓読みである。
1 少女の愛らしい 靨笑 が画家を魅了した。
2 国は窮乏をきわめ、人民の 殍餓 が懸念されるに至った。
3 絛虫 は動物の腸内に寄生する。
4 紡績業の発展にはその基となる 蚕繭 が重要だ。
5 書物の 鼇頭 に注書きを付する。
6 たくさんの魚が清流を 汕汕 と泳ぐ。
7 忽焉 として激しい雷雨に襲われた。
8 暈繝 彩色とはグラデーションのことである。
9 敵の急襲に兵は 犇散 した。
10 深く 磬折 して謝意を示す。
11 磽瘠 が広がり、農耕には適さない地域だ。
12 幎冒 に覆われた死顔が遺族の涙を誘う。
13 折々に書きためた 箚記 をまとめて随想録を上梓した。
14 箜篌 は百済伝来の弦楽器である。
15 かつての清流も今は 淤泥 で濁り切っている。
16 『どこにでも行く 柳絮 に姿を変えて ♪~ 』
17 地下の貯蔵庫に数多の 罍罌 が立ち並んでいた。
18 静けさの中の 蛩声 が秋の深まりを実感させる。
19 間欠泉が勢いよく 迸発 している。
20 この 逵路 を進めば城外に出られる。
21 蚤に寝ね、晏 く起きる。
22 祖先のみたまやに 膰 を供える。
23 この山には 麕 が生息している。
24 家の神棚に 粢 を供えた。
25 あたり一面に 柞原 が広がる。
26 青年期には 愒 るように本を読み漁った。
27 伊勢神宮で 神嘗 祭が執り行われた。
28 咲き誇る紫陽花の 縹色 が目に優しい。
29 竈馬 はコオロギに似るが、はねがなく、鳴かない。
30 楝 の色目の襲は、夏に用いられる。
(二) 次の傍線部分のカタカナを漢字で記せ。
1 四海を エンユウ せんばかりの権勢を誇った。
2 人間関係に ヒビ が入った。
3 教育者の キカン とされた偉人である。
4 産土神に五穀 ホウジョウ を祈る。
5 道徳の標準 イリン は国民の常智常識なり。
6 亡父の ショウツキ 命日には墓参を欠かさない。
7 病気が臓器中に ナイコウ している。
8 俗人の感覚を超越した ヒョウイツ な達観者だ。
9 ケツゴ とは、成語の前半部分だけで全体の意を表す方法である。
10 民衆の切なる願いむなしく、天子が ミマカ った。
11 和太鼓の打ち手が勇壮に バチ を揮う。
12 楊貴妃はその美貌から カイゴ の花と謳われた。
13 大英雄ジンギスカンはその体躯も カイゴ であったという。
14 石臼で大豆を ヒ く。
15 ヒ き逃げ犯が警察に逮捕された。
(三) 次の傍線部分のカタカナを国字で記せ。
1 名物の手打ち ウ 飩に舌鼓を打つ。
2 川べりに ゴザ を広げて花見に興じた。
3 自宅の ダニ 駆除を行った。
4 イスカ の嘴のくいちがい。
5 イリ の開閉で水量を調節する。
(四) 次の1~5の意味を的確に表す語を語群から選び、漢字で記せ。
1 不和。仲たがい。
2 賑やかな大通り。
3 秋風のさわやかなひびき。
4 目的を達成するための方便や手段。
5 世の中が安らかで平穏に治まっていること。
語群
えんかん きんげき こうく すいぶ せんてい そうらい どうしゅう ねいひつ
(五) 次の四字熟語について、問1と問2に答えよ。
問1 次の四字熟語の(1~10)に入る適切な語を語群から選び漢字二字で記せ。
ア ( 1 )後恭
イ ( 2 )有悔
ウ ( 3 )獣畜
エ ( 4 )暮塩
オ ( 5 )虚静
カ 竜虎( 6 )
キ 英姿( 7 )
ク 昏定( 8 )
ケ 死生( 9 )
コ 黛蓄( 10 )
語群
けっかつ こうてい こうりょう さっそう しこう しんせい ぜんきょ そうはく ちょうせい とんとく
問2 次の11~15の解説・意味にあてはまるものを、問1のア~コの四字熟語から1つ選び、記号(ア~コ)で記せ。
11 心にわだかまりがなく、静かに落ち着いていること。
12 極貧のたとえ。
13 水面が非常に静かなさま。
14 それまでの態度を変えて、相手にへつらうこと。
15 共に苦しみ努力すること。
(六) 次の熟字訓・当て字の読みを記せ。
1 山香
2 噴雪花
3 水豆児
4 雁来紅
5 巧婦鳥
6 一葉
7 手摩乳
8 首途
9 食火鶏
10 威霊仙
(七) 次の熟語の読み(音読み)と、その語義にふさわしい訓読みを(送りがなに注意して)ひらがなで記せ。
1 溥天
2 溥し
3 凭几
4 凭る
5 馥郁
6 郁しい
7 劫奪
8 劫かす
9 殫尽
10 殫きる
(八) 次の1~5の対義語、6~10の類義語を語群から選び、漢字で記せ。語群の中の語は一度だけ使うこと。
対義語
1 静寂
2 失当
3 奇禍
4 多大
5 上臂
類義語
6 高僧
7 離婚
8 詩作
9 臨終
10 土産
語群
いえづと がいせつ かくりん かはく ぎょうこう げいか せんしょう そうこ ねっとう はきょう
(九) 次の故事・成語・諺のカタカナの部分を漢字で記せ。
1 ケンケン 塞がざれば終に江河となる。
2 カンピョウ の一斑。
3 渡り ヒヨドリ 戻り鶫。
4 鐘も シュモク の当たりがら。
5 キカン の禍い。
6 社稷 キョ となる。
7 キョウケイ の性。
8 師の拠る所 ケイキョク 生ず。
9 ケンカ 玉樹に倚る。
10 ユウカン に生じて安楽に死す。
(十) 文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、波線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。
聖アレキセイ寺院の殺人事件に法水が解決を公表しなかったので、そろそろ迷宮入りの噂が立ちはじめた十日目のこと、その日から捜査関係の主脳部は、ラザレフ殺害者の追求を放棄しなければならなくなった。と云うのは、四百年の昔から(1 テンメン)としていて、臼杵耶蘇会神学林(うすきジェスイットセミナリオ)以来の神聖家族と云われる降矢木の館に、突如真黒い風みたいな毒殺者の(2 ホウコウ)が始まったからであった。その、通称黒死館と呼ばれる降矢木の館には、いつか必ずこういう不思議な恐怖が起らずにはいまいと噂されていた。勿論そういう(3 オクソク)を生むについては、ボスフォラス以東にただ一つしかないと云われる降矢木家の建物が、明らかに重大な理由の一つとなっているのだった。その豪壮を極めたケルト・ルネサンス式の城館を見慣れた今日でさえも、(ア 尖塔)や(イ 櫓楼)の量線からくる奇異な感覚――まるでマッケイの古めかしい地理本の(4 ソウガ)でも見るような感じは、いつになっても変らないのである。けれども、明治十八年建設当初に、河鍋暁斎や落合芳幾をしてこの館の点睛に竜宮の乙姫を描かせたほどの綺(きら)びやかな(5 ゲンワク)は、その後星の移るとともに薄らいでしまった。今日では、建物も人も、そういう幼稚な空想の断片ではなくなっているのだ。ちょうど天然の変色が、荒れ寂(さ)びれた(ウ 斑)を作りながら石面を蝕んでゆくように、いつとはなく、この館を包みはじめた(エ 狭霧)のようなものがあった。そうして、やがては館全体を(6 オボロ)気な秘密の塊としか見せなくなったのであるが、その妖気のようなものと云うのは、実を云うと、館の内部に積り重なっていった謎の数々にあったので、勿論あのプロヴァンス城壁を模したと云われる、周囲の壁廓ではなかったのだ。事実、建設以来三度にわたって、怪奇な死の連鎖を思わせる動機不明の変死事件があり、それに加えて、当主旗太郎以外の家族の中に、門外不出の弦楽四重奏団を形成している四人の異国人がいて、その人達が、(7 ヨウラン)の頃から四十年もの永い間、館から外へは一歩も出ずにいると云ったら……、そういう伝え聞きの尾に(オ 鰭)が附いて、それが黒死館の本体の前で、鉛色をした蒸気の壁のように立ちはだかってしまうのだった。まったく、人も建物も(8 フキュウ)しきっていて、それが大きな癌のような形で覗かれたのかもしれない。それであるからして、そういった史学上珍重すべき家系を、遺伝学の見地から見たとすれば、あるいは奇妙な形をした(カ 蕈)のように見えもするだろうし、また、故人降矢木算哲博士の神秘的な性格から推して、現在の異様な家族関係を考えると、今度は不気味な廃寺のようにも思われてくるのだった。
(中略)
その日――一月二十八日の朝。生来あまり健康でない法水は、あの(キ 霙)の払暁に起った事件の疲労から、全然(ク 恢復)するまでになっていなかった。それなので、訪れた支倉検事から殺人という話を聴くと、ああまたか――という風な厭な顔をしたが、
「ところが法水君、それが降矢木家なんだよ。しかも、第一提琴(ヴァイオリン)奏者のグレーテ・ダンネベルグ夫人が毒殺されたのだ」と云った後の、検事の瞳に映った法水の顔には、にわかにまんざらでもなさそうな輝きが現われていた。しかし、法水はそう聴くと不意に立って書斎に入ったが、間もなく一抱えの書物を運んで来て、どかっと尻を据えた。
「ゆっくりしようよ支倉君、あの日本で一番不思議な一族に殺人事件が起ったのだとしたら、どうせ一、二時間は、予備智識に費(かか)るものと思わなけりゃならんよ。だいたい、いつぞやのケンネル殺人事件――あれでは、支那古代陶器が単なる装飾物にすぎなかった。ところが今度は、算哲博士が死蔵している、カロリング朝以来の工芸品だ。その中に、あるいはボルジアの壺がないとは云われまい。しかし、福音書の写本などは一見して判るものじゃないから……」と云って、「一四一四年聖サンガル寺発掘記」の他二冊を脇に取り(ケ 除)け、(コ 綸子)と尚武革を斜めに貼り混ぜた美々しい装幀の一冊を突き出すと、
「紋章学!」と検事は呆れたように叫んだ。
「ウン、寺門義道の『紋章学秘録』さ。もう(9 キコウボン)になっているんだがね。ところで君は、こういう奇妙な紋章を今まで見たことがあるだろうか」と法水が指先で突いたのは、FRCOの四字を、二十八葉(10 カンラン)冠で包んである不思議な図案だった。
(小栗虫太郎 「黒死館殺人事件」)
では、どうぞ。解答はいつもの通りこの記事へのコメントに記載します。
(一) 次の傍線部分の読みをひらがなで記せ。1~20は音読み、21~30は訓読みである。
1 少女の愛らしい 靨笑 が画家を魅了した。
2 国は窮乏をきわめ、人民の 殍餓 が懸念されるに至った。
3 絛虫 は動物の腸内に寄生する。
4 紡績業の発展にはその基となる 蚕繭 が重要だ。
5 書物の 鼇頭 に注書きを付する。
6 たくさんの魚が清流を 汕汕 と泳ぐ。
7 忽焉 として激しい雷雨に襲われた。
8 暈繝 彩色とはグラデーションのことである。
9 敵の急襲に兵は 犇散 した。
10 深く 磬折 して謝意を示す。
11 磽瘠 が広がり、農耕には適さない地域だ。
12 幎冒 に覆われた死顔が遺族の涙を誘う。
13 折々に書きためた 箚記 をまとめて随想録を上梓した。
14 箜篌 は百済伝来の弦楽器である。
15 かつての清流も今は 淤泥 で濁り切っている。
16 『どこにでも行く 柳絮 に姿を変えて ♪~ 』
17 地下の貯蔵庫に数多の 罍罌 が立ち並んでいた。
18 静けさの中の 蛩声 が秋の深まりを実感させる。
19 間欠泉が勢いよく 迸発 している。
20 この 逵路 を進めば城外に出られる。
21 蚤に寝ね、晏 く起きる。
22 祖先のみたまやに 膰 を供える。
23 この山には 麕 が生息している。
24 家の神棚に 粢 を供えた。
25 あたり一面に 柞原 が広がる。
26 青年期には 愒 るように本を読み漁った。
27 伊勢神宮で 神嘗 祭が執り行われた。
28 咲き誇る紫陽花の 縹色 が目に優しい。
29 竈馬 はコオロギに似るが、はねがなく、鳴かない。
30 楝 の色目の襲は、夏に用いられる。
(二) 次の傍線部分のカタカナを漢字で記せ。
1 四海を エンユウ せんばかりの権勢を誇った。
2 人間関係に ヒビ が入った。
3 教育者の キカン とされた偉人である。
4 産土神に五穀 ホウジョウ を祈る。
5 道徳の標準 イリン は国民の常智常識なり。
6 亡父の ショウツキ 命日には墓参を欠かさない。
7 病気が臓器中に ナイコウ している。
8 俗人の感覚を超越した ヒョウイツ な達観者だ。
9 ケツゴ とは、成語の前半部分だけで全体の意を表す方法である。
10 民衆の切なる願いむなしく、天子が ミマカ った。
11 和太鼓の打ち手が勇壮に バチ を揮う。
12 楊貴妃はその美貌から カイゴ の花と謳われた。
13 大英雄ジンギスカンはその体躯も カイゴ であったという。
14 石臼で大豆を ヒ く。
15 ヒ き逃げ犯が警察に逮捕された。
(三) 次の傍線部分のカタカナを国字で記せ。
1 名物の手打ち ウ 飩に舌鼓を打つ。
2 川べりに ゴザ を広げて花見に興じた。
3 自宅の ダニ 駆除を行った。
4 イスカ の嘴のくいちがい。
5 イリ の開閉で水量を調節する。
(四) 次の1~5の意味を的確に表す語を語群から選び、漢字で記せ。
1 不和。仲たがい。
2 賑やかな大通り。
3 秋風のさわやかなひびき。
4 目的を達成するための方便や手段。
5 世の中が安らかで平穏に治まっていること。
語群
えんかん きんげき こうく すいぶ せんてい そうらい どうしゅう ねいひつ
(五) 次の四字熟語について、問1と問2に答えよ。
問1 次の四字熟語の(1~10)に入る適切な語を語群から選び漢字二字で記せ。
ア ( 1 )後恭
イ ( 2 )有悔
ウ ( 3 )獣畜
エ ( 4 )暮塩
オ ( 5 )虚静
カ 竜虎( 6 )
キ 英姿( 7 )
ク 昏定( 8 )
ケ 死生( 9 )
コ 黛蓄( 10 )
語群
けっかつ こうてい こうりょう さっそう しこう しんせい ぜんきょ そうはく ちょうせい とんとく
問2 次の11~15の解説・意味にあてはまるものを、問1のア~コの四字熟語から1つ選び、記号(ア~コ)で記せ。
11 心にわだかまりがなく、静かに落ち着いていること。
12 極貧のたとえ。
13 水面が非常に静かなさま。
14 それまでの態度を変えて、相手にへつらうこと。
15 共に苦しみ努力すること。
(六) 次の熟字訓・当て字の読みを記せ。
1 山香
2 噴雪花
3 水豆児
4 雁来紅
5 巧婦鳥
6 一葉
7 手摩乳
8 首途
9 食火鶏
10 威霊仙
(七) 次の熟語の読み(音読み)と、その語義にふさわしい訓読みを(送りがなに注意して)ひらがなで記せ。
1 溥天
2 溥し
3 凭几
4 凭る
5 馥郁
6 郁しい
7 劫奪
8 劫かす
9 殫尽
10 殫きる
(八) 次の1~5の対義語、6~10の類義語を語群から選び、漢字で記せ。語群の中の語は一度だけ使うこと。
対義語
1 静寂
2 失当
3 奇禍
4 多大
5 上臂
類義語
6 高僧
7 離婚
8 詩作
9 臨終
10 土産
語群
いえづと がいせつ かくりん かはく ぎょうこう げいか せんしょう そうこ ねっとう はきょう
(九) 次の故事・成語・諺のカタカナの部分を漢字で記せ。
1 ケンケン 塞がざれば終に江河となる。
2 カンピョウ の一斑。
3 渡り ヒヨドリ 戻り鶫。
4 鐘も シュモク の当たりがら。
5 キカン の禍い。
6 社稷 キョ となる。
7 キョウケイ の性。
8 師の拠る所 ケイキョク 生ず。
9 ケンカ 玉樹に倚る。
10 ユウカン に生じて安楽に死す。
(十) 文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、波線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。
聖アレキセイ寺院の殺人事件に法水が解決を公表しなかったので、そろそろ迷宮入りの噂が立ちはじめた十日目のこと、その日から捜査関係の主脳部は、ラザレフ殺害者の追求を放棄しなければならなくなった。と云うのは、四百年の昔から(1 テンメン)としていて、臼杵耶蘇会神学林(うすきジェスイットセミナリオ)以来の神聖家族と云われる降矢木の館に、突如真黒い風みたいな毒殺者の(2 ホウコウ)が始まったからであった。その、通称黒死館と呼ばれる降矢木の館には、いつか必ずこういう不思議な恐怖が起らずにはいまいと噂されていた。勿論そういう(3 オクソク)を生むについては、ボスフォラス以東にただ一つしかないと云われる降矢木家の建物が、明らかに重大な理由の一つとなっているのだった。その豪壮を極めたケルト・ルネサンス式の城館を見慣れた今日でさえも、(ア 尖塔)や(イ 櫓楼)の量線からくる奇異な感覚――まるでマッケイの古めかしい地理本の(4 ソウガ)でも見るような感じは、いつになっても変らないのである。けれども、明治十八年建設当初に、河鍋暁斎や落合芳幾をしてこの館の点睛に竜宮の乙姫を描かせたほどの綺(きら)びやかな(5 ゲンワク)は、その後星の移るとともに薄らいでしまった。今日では、建物も人も、そういう幼稚な空想の断片ではなくなっているのだ。ちょうど天然の変色が、荒れ寂(さ)びれた(ウ 斑)を作りながら石面を蝕んでゆくように、いつとはなく、この館を包みはじめた(エ 狭霧)のようなものがあった。そうして、やがては館全体を(6 オボロ)気な秘密の塊としか見せなくなったのであるが、その妖気のようなものと云うのは、実を云うと、館の内部に積り重なっていった謎の数々にあったので、勿論あのプロヴァンス城壁を模したと云われる、周囲の壁廓ではなかったのだ。事実、建設以来三度にわたって、怪奇な死の連鎖を思わせる動機不明の変死事件があり、それに加えて、当主旗太郎以外の家族の中に、門外不出の弦楽四重奏団を形成している四人の異国人がいて、その人達が、(7 ヨウラン)の頃から四十年もの永い間、館から外へは一歩も出ずにいると云ったら……、そういう伝え聞きの尾に(オ 鰭)が附いて、それが黒死館の本体の前で、鉛色をした蒸気の壁のように立ちはだかってしまうのだった。まったく、人も建物も(8 フキュウ)しきっていて、それが大きな癌のような形で覗かれたのかもしれない。それであるからして、そういった史学上珍重すべき家系を、遺伝学の見地から見たとすれば、あるいは奇妙な形をした(カ 蕈)のように見えもするだろうし、また、故人降矢木算哲博士の神秘的な性格から推して、現在の異様な家族関係を考えると、今度は不気味な廃寺のようにも思われてくるのだった。
(中略)
その日――一月二十八日の朝。生来あまり健康でない法水は、あの(キ 霙)の払暁に起った事件の疲労から、全然(ク 恢復)するまでになっていなかった。それなので、訪れた支倉検事から殺人という話を聴くと、ああまたか――という風な厭な顔をしたが、
「ところが法水君、それが降矢木家なんだよ。しかも、第一提琴(ヴァイオリン)奏者のグレーテ・ダンネベルグ夫人が毒殺されたのだ」と云った後の、検事の瞳に映った法水の顔には、にわかにまんざらでもなさそうな輝きが現われていた。しかし、法水はそう聴くと不意に立って書斎に入ったが、間もなく一抱えの書物を運んで来て、どかっと尻を据えた。
「ゆっくりしようよ支倉君、あの日本で一番不思議な一族に殺人事件が起ったのだとしたら、どうせ一、二時間は、予備智識に費(かか)るものと思わなけりゃならんよ。だいたい、いつぞやのケンネル殺人事件――あれでは、支那古代陶器が単なる装飾物にすぎなかった。ところが今度は、算哲博士が死蔵している、カロリング朝以来の工芸品だ。その中に、あるいはボルジアの壺がないとは云われまい。しかし、福音書の写本などは一見して判るものじゃないから……」と云って、「一四一四年聖サンガル寺発掘記」の他二冊を脇に取り(ケ 除)け、(コ 綸子)と尚武革を斜めに貼り混ぜた美々しい装幀の一冊を突き出すと、
「紋章学!」と検事は呆れたように叫んだ。
「ウン、寺門義道の『紋章学秘録』さ。もう(9 キコウボン)になっているんだがね。ところで君は、こういう奇妙な紋章を今まで見たことがあるだろうか」と法水が指先で突いたのは、FRCOの四字を、二十八葉(10 カンラン)冠で包んである不思議な図案だった。
(小栗虫太郎 「黒死館殺人事件」)