北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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主人公

2012-02-06 20:24:07 | 映画
「ALWAYS 三丁目の夕日’64」を観て思ったこと。

一作目の時から、吉岡秀隆さん演じる茶川さんが、この映画の主人公という風に紹介されているけれど、果たして本当にそうだろうかということ。

いや、別に、そのこと自体を否定するつもりは全くない。
ただ、私の中では、「茶川さん=主人公」という式は成り立っても、「主人公=茶川さん」という式は、果たして成り立つのだろうかというのが疑問なのだ。

私は常々、ドラマでも映画でも、主人公は誰かという命題は、その物語が、誰の目線で描かれているかということに着目すべきだと考えてきた。
例えば、連続ドラマで、主人公の存在が霞んでしまうほどの強いインパクトを持ったゲストが登場することがたまにあるけれど、これは、ゲストの目線で見た作品世界というのも無論必要だろうけど、主人公から見たゲストという目線を強調するからこそ、より強いインパクトとなって現れるのだろうと思う。

例えば「相棒」の場合、これまで、数多くの個性際立つゲストが登場してきたが、その人達の行動は、主人公である右京さんや薫ちゃん、それに尊君の目線で描かれているのがよくわかり、かつ、その目線を大切にしているからこそ、視聴者にも強いインパクトを残すわけで、そうすることで、主人公である右京さん達の立ち位置も、しっかりと確立されるのだろうと思う。

では、そう考えた場合の、「ALWAYS」の主人公とは一体誰なのかというと、私は、特定の人物ではなく、登場人物全員が主役と言っても過言ではないと思う。
確かに劇中では、茶川さんの目線で描かれているシーンは多いけど、それだけではなく、鈴木オートやトモエさん、六ちゃん、淳之介や一平に至るまで、それぞれがそれぞれの目線で考え、一生懸命頑張っているのがよくわかる。
だから、確かに、茶川さんは中心人物ではあると思うけど、主人公が彼一人と考えるのは、この映画の趣旨からも外れてしまうのではないかとさえ思ってしまうのだ。

極端な考え方かもしれないけど、それが、第一作から観続けている者としての、率直な感想です。
二回目を観に行く時も、この考えのもとに観ようと思います。
コメント (2)
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