大きな鳥居と、参道の先にもう一つ鳥居が見えます。
神社の規模としては小さいようですが、インパクトは大きいものがあります。
「豊川稲荷神社」という社号。
割と有名ではないかと思います。そう、愛知県豊川市に本院のある、「日本三大稲荷」の一つである「豊川稲荷」は有名ですよね。
「神社」とありますが、本来豊川稲荷は、曹洞宗の「妙厳寺」という寺院で、本体と「茶吉尼天(だきにてん)」という、仏教思想と融合した「稲荷信仰」で知られています。
1868年、明治新政府による「神仏分離」により、仏教寺院と神社は明確に区分けされることとなりましたが、それ以前に創建された妙厳寺の守り神が、「お稲荷さん」と呼ばれて信仰の対象となっていたものでした。
函館にも存在する「豊川稲荷」。両脇に燈篭があるので、参道としての体は成していますが、参道というと、燈篭だけでなく、両脇に大きな木が生育していたりすることが多いこともあり、なんとなく、ただ広場の真ん中を突っ切っていっているようにも見えます。
この神社は、解説板にあるとおり、文久年間(1861年~1864年)に、地域の繁盛を願った有志達の勧請により創立されたものです。
この神社の西寄りの地には、1818年に遊女屋が置かれ、その商売の守護神ともされていました。
遊女屋は1873年に焼失して、ここよりも西側へ移ることとなりましたが、この周辺には魚市場があり、参道の両脇にある燈篭は、見番(料理屋、芸者屋、待合の三事業者による組合の総称)の芸妓一同が献納したとされていることから、地域の象徴とされていた商売層により広く信仰されていたことがわかります。
この社殿は、明治から昭和にかけて、大火により4回も焼失しており、最も被害の大きかった1934年の大火により、一時函館八幡宮に仮奉遷されましたが、1940年に現在地に社殿が建立され、奉遷されました。
神職は常駐しておらず、西部地区の「船魂神社」で、御朱印が頂けるそうです。
市電から見えるので、以前から気にはなっていましたが、今回初めて参道を歩いてみました。
地域に根差した小さな神社巡りというのも、興味深くて面白いものです。