龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCのファンです。
いわきFCの応援とキャンプ、それに読書の日々をメモしています。

相聞歌2019年(8月6日)

2019年06月10日 22時12分57秒 | 相聞歌

36
七夕の大渋滞をくぐり抜けそば一盛りで仕舞いの仙台(た)


37
浴衣のまま畳に目覚め平安の姫が浮かんだ銀山温泉(た)


38
生きるとは可能性に対する取り決めらしい「とりあえずね」と前置きしながら(た)


39
昨日まで暑かったという銀山の露天の風呂で秋風を聴く(ま)


40
検査日を縫うようにして銀山温泉熊野と高野は来年の楽しみ(ま)


41
和モダンな隈研吾設計の宿足りないものは掃除ねと妻(ま)


42
いなければダメかと小声で聞く妻よ君喪くしての老後は長し(ま)

退院後すぐに温泉に宿泊した。途中仙台の骨董店に寄ろうとしたら七夕渋滞に巻き込まれ、結局居酒屋さんの蕎麦ランチを食べただけで、雨がポツポツ降り出したこともありそのまま仙台脱出、山形へ向かう。
銀山温泉についたときは雨は降っていなかった。
車が入れないので上の駐車場からでんわをして迎えに来てもらう。
古い建物が並ぶ伝統の温泉街、なのだが、なかなか続けるのは簡単ではないのかもしれない。
私たちが止まったのは、隈研吾設計の新しい建物。その、奥の方が昔からのもの、という。
8月なのにとても涼しく、抗がん剤で体が厳しい状態にある妻にとってはありがたい気候だった。
夜お風呂に入ったら、湯船の間接照明が余りに暗かったため、かみさんが、
「こんなに暗いのはおかしい、どこかに電灯のスイッチがあるはずだ」
と言いだして譲らない。
私はこの仄かな灯りが 「和モダン」の演出なんじゃないか、といくら説明しても、 「面倒くさがって探さないだけじゃん」と言い張る。
未だに真相は闇だ。

確かめるにはもう一度泊まってみるしかないが、今はそんなこと(センチメンタルジャーニー)をしたら号泣ものなので、しません(笑)。
お風呂だけでなく廊下も暗い。
部屋は明るくできるのだが、隅っこに埃が多少浮いていた。
主婦の目はごまかせない、というのが41の歌。

42は 「いなきゃだめ?」と妻がそっと呟いたそのコトバの響きを刻んで置くための一首。いまこの文章をかいているまさに 「今」の思いがこれである。
ただ、あの夏の私に今答えるとしたら、老後が長いのではない、と言ってやりたい。表現が甘かったね。

そうではなく、ただ、会いたいのです。

自分の中身を半ば以上持って行かれてしまったという感じで、老後という自分の人生が残っていてそれが長いという実感はありません。絶望しているのでもない。

どちらかというともっと手応えのない状態です。
重力によってこの世界に留められている感じがせず、フワフワした感触とでもいいましょうか。

会うなんてそんな荒唐無稽なことが叶うはずがない、とは思わない。そういう思考でなないところで、ただ、会いたいのです。

相聞歌2019年(8月5日)

2019年06月10日 00時16分00秒 | 相聞歌
8/5(日)

33
入院支度ほどいて旅の準備する服とバッグを華やかにして(た)


34
年ごとに花も虫も別物なれど花・虫という名のみ変わらぬ不思議(た)


35
先端の医療は他人の仕業にて食べて寝るだけが私の仕事(た)

この夏、高野山と熊野古道を廻る紀伊路の旅行を早くから予約していた。
この時もし検査をせず、再発癌に気づいていなければおそらく何の支障もなく旅行に行くことが出来ていただろう、と思う。
もちろんいつもスケジュール通りに検査は継続して受けていたし、マーカーが上がれば再発として治療開始するのは当然だ。
しかし、卵巣癌(なかんずく明細胞腺癌)再発の予後が良くないことは医師にも予め言われていたし、自分で調べてみても治療に限界があるという情報は出てくる。
そしてガン治療抗がん剤治療の強い副作用との闘いになる。それは体力的というよりも精神的に厳しい勝負だ。
彼女は、最初に抗がん剤治療を受けた四年半前から、もう抗がん剤治療はやりたくない、と言っていた。 「あんなものが続くのはイヤだ」と。
しかし、卵巣癌の再発の場合、手術はメリットとデメリットを考えると必ずしも推奨できない、と横隔膜転移の写真を前に説明を受けた。
様々な病院のサイトを見ても、論文を検索しても、その通りだ。
そうなると、なかなか完治の望めない再発卵巣癌では、化学療法(抗がん剤投与)が主療法となり、それは本人が望まないということになる……。
二度目の治療釜始まったときから、本人の心の中では、抗がん剤治療をどこまで続けるか、という主題を持っていた、のだろう。

35 「他人の仕業」 「食べて寝るだけ」というつつ、そういう自分の状況を見つめるもう一つの瞳を持っていた、といってもいいかもしれない。冷静というのでもない、論理的というのとも少し違う、客観的?……うーむ、なんと名付ければいいのかまだよく分からないが、複数の自分を束ねて、そういうものとしてある自分を受け止める自分とでもいう 「瞳」が奥底にある、という感触があった。

33は、その中止した紀伊半島の変わりに山形の銀山温泉にいく計画を入院中(一回目の抗がん剤治療)に立てており、退院後家に帰るとすぐに出かけることになっていた、そのことを描いている。