「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

守秘義務? 

2006年06月02日 19時52分51秒 | 「境界に生きた心子」
 
 「境界に生きた心子」を読んでくれた、僕の高校の同級生の友人の人が、

 拙著を書くに当たって僕には守秘義務があるのではないか、と言われたそうです。

 でも、もちろん僕に守秘義務はないでしょう。

 守秘義務というのは、業務上の立場で知り得たことを、その職業の倫理性からいって

 他言してはいけない、というものです。

 僕は業務で心子と付き合っていたわけではありません。

 また、ノンフィクションを書く場合、誰かを批判したり、事実と異なることを書いたりするのでなければ、

 当事者や関係者の許可を得る必要も、法的にはないはずです。

 ただ道義的には、了承を得ておくほうがベター、ということはあるでしょう。

 心子のお母さんに拙著を非常に喜んでもらえたのは、とても幸いなことでした。

 でも、もし心子が存命だとすると、彼女にとっては非常に傷つく結果になるかもしれず、

 その場合は僕は書けなかったかもしれません。

(書いても罪にはならないと思いますが。)

 しかし、著作が仮に誰かの名誉を損ねるとしても、内容が事実であり、

 社会に知らせるべき公益性が高ければ、出版は許されます。

(例えば、政治家の犯罪を追及することなど)

 拙著の場合は、内容は全て事実のままです。

 そして、境界例という、誰もが無関係ではない今日的な心の障害を、

 興味本位ではなく、正しく伝えて理解してもらうという、公益性があると考えます。

 従って拙著は、守秘義務や遺族の了承に関して問題はない、というよりも、

 いつか誰かがきっと書かなければいけないテーマだと、僕は思っています。
 
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こんなことありますか?(2)

2006年06月01日 09時13分32秒 | Weblog
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/35542182.html からの続き)

 また、以前池袋へ映画を観に行くとき、地下鉄の乗車駅で大きな画板を持った女の子がいて目立っていました。

 新宿で共に降りて、共にJRに乗り換え、共に池袋で降りて、そのあとも歩く方向がずっと一緒で、

 結局同じ映画館に入ったことがあります。( ^^;)
 

 それから以前は、僕は街で全く偶然知り合いに出くわすことがよくありました。

(大体僕は外出が人より少ないにも拘らず。)

 上京してしばらくした頃、ゴールデンウィークに新宿で3日続けて、

 大学の剣道部の同級生3人に、一日一人ずつかち合いました。

(そのうちの一人は、初めてデートする女性と一緒で、その後その二人の結婚式に招かれました。( ^^;))

 それ以後も、たまに偶然の鉢合わせがありましたが、

 母が入院した直後、半年間で7人の知り合いと、道端などでばったり会ったことがあります。

 最近はめっきりないのですが、何かと関係することがあるんでしょうか? 
 
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