一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

なまはげ受難

2008-01-14 | あきなひ

なまはげが女風呂に乱入、3年間出入り禁止に 秋田
(2008年1月12日(土)10:31 朝日新聞)

 男鹿温泉郷では毎年、大みそかの夜に周辺2町内会の青年らが宿泊施設などを回っている。事態を受け、温泉郷周辺の町内会長らが協議。問題を起こした町内会のなまはげの温泉郷への出入りを3年間禁止することなどを決めた。

関係者の話によると、大みそかの夜、周辺町内会青年ら数人がなまはげ行事で家々を回った後、午後8時半すぎに旅館のロビーで宿泊客らになまはげの振る舞いを見せていた。その時、20代の男性が扮するなまはげがその場を抜け出し、女性大浴場に乱入。洗い場にいた女性客数人の体を触ったという。

すぐに被害者家族から旅館側に連絡があり、問題が発覚した。男性は酒に酔った状態だったという。

よくないことではあるのですが、祭りとか縁起物というのはもともと日常生活から逸脱した場を楽しむものですし、しかも旅館街はそれを売りものにして客を呼んでいるのでしょうから、all or nothingで「出入り禁止」で済ませてしまうというのはどんなもんなんでしょうか。

日本各地にはけが人や場合によっては死者が出るような祭りもありますが、そういう祭りは参加者を危険を承知している地元の人に限っていて、観光客は見物だけしかさせません。

今回も客商売として受け入れられる限界をコントロールするのは旅館側の仕事でもあると思います。
極端な話、なまはげを見てお客さんがひっくり返ったり心臓発作を起こしたりしたときも、すべてなまはげのせいにするのでしょうか。


町内会がなまはげ役にいちいち「女湯には入るな」などと禁止事項を伝えるにも限界があると思います。
妙に禁止事項を増やすと、それにもれたことが起こると規則の不備だと文句を言われそうです。
逆に子供がいるのにウチにはなまはげが来なかった、これはいじめ・村八分だなどというクレームを心配しだすと、あらかじめ「○月○日までに住民登録をしているX歳以下の子供のいる家に行きます」などと広報をしたり、訪問したのに居なかった場合はクレームを恐れて宅配便のように不在票を置いてきたりなどしないといけません。
また、先の心臓発作のリスクを考えると、あらかじめ家族全員の医師の診断書がある家にしか行かない、ということも考えられます。


町内会はふたつあっても、大晦日のイベントはなまはげしかないわけで、「出入り禁止」ではイメージダウンを回避したことにはなっていないように思います。


企業不祥事で従業員や外注先のせいにして事足れり、とはいかない事が多いのと同じですね。

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『望みは何と訊かれたら』

2008-01-13 | 乱読日記

※ネタバレ注意。
 面白い本であることは間違いないので、興味のある方は私の妙な感想を読む前に本書を先に読むことをお勧めします。
 

僕は小池真理子の本はあまり読まないことにしています。
なぜかというと、女性心理の描写が、戦場から帰還した兵士が淡々と実際の戦場について語るような凄みを伴っているので、面白い反面ちと怖いからです。


本書は1970年代の学生運動の時代と現在をつなぐ話です。

重松清の朝日新聞の書評(全文はこちら参照)にあるように、本書は作者が同時代で経験した学生運動の総まとめ(「総括」というとややこしくなっちゃうので)的な感じがします。

主人公・沙織の長い回想の形で紡がれる物語の主要な舞台は、彼女が学生運動にかかわっていた1970年代前半――作家自らの青春時代とも重なるその時代を、小池真理子さんは、直木賞受賞作『恋』をはじめとする諸作で、「あの時代とはなんだったのか」のアプローチをさまざまに変え、深めていきつつ、繰り返し描いてきた。

主人公は学生運動のセクトのリーダーに惹かれ、その一員となりますが、セクトの活動は連合赤軍を思わせるような過激化に向かい、主人公がそこから脱出するまでが話の前半です(このへんの背景事情の知識がない方は昨日のエントリで紹介したサイトなどをご覧いただくと理解が深まると思います。)。

その後主人公は逃亡の果てにある男の部屋に匿われ、一歩も外に出ることなく自ら進んで男の「赤ん坊であり奴隷」として「淫靡で背徳的」な半年間を送ります。

そして現在、世間的にいう成功した家庭を持つ妻であり母になっている50代半ばの主人公がかつて自分を匿った男に再会します。

そして物語は男との再会を通じて主人公が当時の自分と現在に至るまでの30年間を自分に問いかける形で進みます。

 私も含め、あの時代、全共闘の運動に走った若者たちの心に、一瞬にしろ宿ったことのある何かについて、一時の気の迷いであり、ハシカのようなものである、と後年せせら笑うことは誰にでもできる。(中略)
 だが本当にそうだったのか、それだけだったのだろうか。そんなことをわたしは今になってもまだ思う。
 わたしにとって、大場(注、セクトのリーダー)の思想が魔物のように魅力的だと思えた時期があった。そこにはイデオロギーだけではない、文学があった。詩があった。それらが、一時期、私の精神の礎になってくれたことは否定しようのない事実なのだ。
 たとえ、死や殺戮を正当化するために文学が都合よく利用されたに過ぎなかったとしても、わたしの中にあった未熟さ、幼い情熱がそうさせただけのことだったとしても、わたしは大場の考え方、大場が口にする言葉、その表現に溺れた。


 たとえ吾郎が赤ん坊ごっこがしたかっただけの男だったのだとしても、わたしの抱えている事情を知りながら、彼がわたしを匿い、世話をし続けてくれた事実は消えない。
 それに、何よりも、わたし自身が、そんな彼と共有する時間を必要としていたのだ。少なくとも、そうした時間の中で確実に癒されてきたのだ。そこに、世間で信じられている友情や恋や愛はなかったかもしれないが、同じ巣穴に生きる獣同士としての絆は、確実に存在していたのだ。

そして34年ぶりに男と再会した、「本物の終盤はもう少し先とはいえ、これまで通りすぎて来た、どの場所よりも深く、仄暗く、不可思議でわからない場所に足を踏み入れなければならない年齢にさしかかった」主人公の描き方は、やはり小池真理子の凄みを感じさせます。


ところで、上の引用のようにその頃の学生は多かれ少なかれ全共闘の運動に影響を受けたのだとすると、主人公のようにその次に「溺れる」ものに出会わなかった普通の学生は、どうしたのでしょうか。
また連合赤軍事件の登場人物がその後の人生があったとしたら、どのような人生を送ったのでしょうか。
この小説の本筋とは別に、そんなことを考えてしまいました。


主人公が匿われていた部屋に、モルフォ蝶という大きな青い蝶の標本が飾ってあります。この標本が主人公のその時代の象徴として節目節目に言及されます。

「海外でモルフォ蝶を採集した時、どうやって日本に運ぶか知ってる?」
(中略)
「採った瞬間に殺すんだよ。胸を押しつぶして。一瞬のうちにね。でも、殺してしばらくすると、蝶の腹からは脂が出て、翅を汚しちゃうから、胸から下の部分を急いでもいでしまわなくちゃいけない。もいだやつをベンジンとかアセトンとかの瓶の中に漬けておいて、それ以外は三角に折ったパラフィン紙に入れて、そういう状態で運んできて、あとで標本にする時に、もいだやつとつなぎ合あわせる。だから、蝶の標本には、翅はそうでも、胸から下にはそいつのものではない、別の個体がくっついている場合が多いんだってさ」

作中ではこの標本はきれいな思い出として封印された過去の暗喩でもあるのですが、うがって考えると、多くの同世代の人が、全共闘運動自体を「甘くほろにがい過去」としてきれいな標本のように頭の片隅にしまってある、ということを小池真理子は言いたかったりもしたのかもしれません。

もっとも過去の出来事を現在の自分と隔離して美化する行為自体はこの世代に限ったことではありません。
そして、その美しい翅(思い出)自体も、実は腹(自分)と違った個体のものだったりする、というのも、往々にしてありがちだったりします。


だから小池真理子は怖いんだって・・・






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山本直樹 『レッド』

2008-01-12 | 乱読日記

山本直樹が連合赤軍をテーマに描いた作品です。

山本直樹といえば『極めてかもしだ』でビッグコミック・スピリッツに登場したとき、エロ漫画(「森山塔」名義で書いていた)出身作家のメジャーデビューとして注目されました。
僕にとっては当時の「エロ漫画/劇画」といえば石井隆(今ではもっぱら映画監督になっていますが昔は劇画作家でした)に代表される濃厚なやつのことを意味したのですが、山本直樹の描く「エロ」はその描画のタッチにもよるのでしょうが「魂のぶつかり合わないエロ」とでもいうのか、コミュニケーション不全の結果としての性行為とでもいうような妙な違和感を感じさせるものでした。

また他の作家の描く暴力的なシーンとは異なり、山本直樹の描く感情移入を排除したかのような問答無用の理不尽さはそれと全く違う怖さを感じさせます。

山本直樹は僕と同世代なのですが、その彼が連合赤軍をテーマにして描いたのは、真剣な革命運動を考えていた若者が理不尽な内ゲバに至るまでのコミュニケーションのずれや断絶、集団心理の怖さを書き出そうということなのかもしれません。

作中では連合赤軍事件の登場人物を名前こそ変えているもののほぼ忠実になぞっています。
そして中でも永田洋子がモデルの「赤城さん」が中心に描かれています。
彼女は連合赤軍の山岳ベースでのリンチ殺害事件の首謀者(主導者?)とされ、死刑が確定しています。
永田洋子は自著『十六の墓標』で「本人は自信がなく、そのために周りの人間に引っ張られる形で過激な運動に追随していった」(Amazonのレビューからの引用)という自己弁護ともとれる説明をしているようです。(この本は読んでいません)
しかし一方で同じく連合赤軍幹部である坂東國男(日本赤軍によるクアラルンプール大使館立てこもり事件で超法規的措置により出国後所在不明)の書いた『永田洋子さんへの手紙』ではこのように言ってるようです(下で紹介するサイトからの孫引き)。

永田同志の「十六の墓標」の中でも、比較的永田同志の本音の感情が書かれておりいろいろ動揺したことが書かれています。しかし、私や同志達に映っていた永田同志は、そんな人間的感情のひとかけらもない「鬼ババア」でしかありませんでした。私も当時は、恐ろしい人、動揺しない人と考えていたのですから、下部の人が、私たち指導部を「お上=神」と恐れたのも無理はありません。

このように自己評価と他人からの認識が大きく異なっていることはしばしばありますが、そういう別々の意識を持った登場人物が集団的な狂気にまでたどり着く過程を描くというのはまさに山本直樹の得意技かもしれません。 
第1巻では真岡市の銃砲店襲撃(といってわかる人は間違いなく40代以上ですねw)までですので、浅間山荘事件に至るまでにはあと数巻かかりそうです。


僕自身は連合赤軍関係の記憶と言えば、病院の待合室のロビーのテレビで浅間山荘への突入のシーン(プロジェクトXでもやったクレーン車に鉄球をつるして建物を壊すところ)を見ていたことが鮮明な記憶としてあるくらいで、あとは断片的な記憶しかありませんでした。
そこで検索してみると1969-1972 連合赤軍と「二十歳の原点」というサイトにたどり着きました。

ここでは連合赤軍の活動の詳細が関係者の手記などから綿密に整理されています。
ディスプレイで読むのが疲れそうだったのでプリントアウトしたら2ページ1枚で印刷しても60枚くらいの膨大な量です。
ここを読むと、途中から組織の目標よりも「総括」が自己目的化してしまい内部での残虐行為が繰り返されるさまが詳細に再現されています(詳細すぎて読むのがつらいくらいです。)。


当時子供だった僕がわからないのは、連合赤軍事件はどこまで特殊な事象だったのか、どこまでが時代の空気を反映していたのか、ということです。
私の周りに、その頃の昔話をする人はなぜかあまりいません。
実は学生運動というのは学生の中の一部の人だけのもので、そのほかの学生は何らかの関係や共感を持っていたものの荒井由美(当時)が喝破したように

就職が決まって 髪を切って来た時
もう若くないさと 君に言い訳したね

と、はしかのような流行病としてとっとと忘れてしまうか、昔の武勇伝に昇華してしまったのでしょうか。


などと思っていたところに、もう一冊、同じ時代を題材にした本が出ました。

(つぎのエントリに続く(たぶん・・・))









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”Leaving Microsoft to Change the World”

2008-01-11 | 乱読日記

表題は英文のタイトルです。
邦題は『マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった』という副題を入れると相当長いタイトルですが、英語の表題の方が本書の中身をよく表していると思います。

著者はマイクロソフトのアジア担当のマーケティング・ディレクターに30代前半で昇進し(マイクロソフトにとっては普通のことなのかもしれませんが)多忙な毎日を送っていました。
あるとき休暇をとってネパールのトレッキングに行き、教室が不足し、図書館には子供の読む本や地図すらない(欧米人旅行者の残していった大人向けの本がしかも施錠されてしまわれている)という現実をも目の当たりにします。
このとき、校長と子供たちの読めるような本を持って学校に戻ってくると約束した著者は、友人知人にメールで図書や絵本の寄贈を訴えかけます。
そのメールが思わぬ反響を呼び、集まった大量の本を届けるうちに、著者はマイクロソフトを退職しネパールの他の地域にも広くこの活動を広げようと決意します。

本書はそれから著者が「Room to Read」というNPOを立ち上げ、1999年12月から2007年6月までで活動をネパールからベトナム、カンボジア、インド、ラオス、スリランカ、南アフリカ、ザンビアと広げ、それらの国に英語の児童書140万冊以上、学校287校、図書館3540箇所、コンピュータ教室と語学教室117箇所建設するに至る大きな活動に広げるまでの物語です。

著者は使命感(これ自体が根がいい加減な僕などは圧倒されるものがあり「キリスト教の人は違うなぁ」などと他人事にしたくなってしまうのですが)に加え、目的達成のための計画を周到に行い、大胆に実施する能力を発揮します。

Room to Readの活動の基本は単なる援助でなく地元との「共同事業」にあります。
Room to Readが図書や資金を提供する一方で、地元は土地やボランティアでの労働力を提供します。そうすることで、出来上がった学校や図書館を自分のもの、自分たちが作ったものと考え、大事に育てて定着していくことになります。
そしてまた、Room to ReadはNPOとしては珍しくフルタイムの有給のスタッフを一定程度抱えることで業務の効率化を図っています。

著者は、組織作りにはマイクロソフトで学んだことが大きく役立っていると言います。

マイクロソフトでは「大きく行け、それができなければ家に帰れ」と言われていた。これこそ、何か変化を起こしたいすべての人に送るアドバイスだ。k等の世界が直面している問題はとてつもなく大きい。少しずつと言っている暇はない。時間と勢力をつぎ込む価値のある目標があるなら、大きく考えるべきだ。
大きく考えれば、目標はおのずと実現する。大胆な目標は大胆な人々を引きつけるからだ。

マイクロソフトで学んだことのひとつは、いい人材を見つけたら、カネを出して雇うこと。それ以上の見返りをもたらしてくれるからだ。

新しい組織は、すべてのスタッフに情熱がなければ機能しないだろう。とくに初期の採用が肝心だ。彼らが新しいスタッフに組織の文化を伝えていくからだ。したがって、起業家はたくさんの志望者をやり込めなくてはならない。情熱があって、自分の数字を知っている人間だけを雇うこと。これも僕がスティーブに学んだ多くの教訓のひとつだ。

マイクロソフトで学び、ルーム・トゥ・リードにしっかり植えつけたいと思っているもうひとつの教訓は忠誠心だ。スティーブは要求の厳しいボスだが、部下に対して忠誠を誓う。
(中略)
世間には従業員から信頼を集める努力をしないまま、一方的に忠誠を要求するエグゼクティブが多すぎる。そんなとき僕はトーマス・エジソンの言葉を思い出す。「たいていの人は機会を見逃す。機会は作業服を着て、重労働のように見せかけているからだ。」

これは他の組織にもあてはまる教訓と言えます。

そして本書の最後に40歳の誕生日にあたり、Room to Readの活動に熱中する代償として「彼女なし、借家住まい、日々の資金繰りに追われる」という生活をときに考えないこともない著者にバースデーカードに友人が聖フランシスコサレジオの言葉を引用したエピソードに触れます。

いまの自分以外になろうと望まず、
完璧な自分であるようにつとめなさい。

「いまの自分」は、マイクロソフト時代から大きく変わってきた。ありがたいことに、いまの自分は僕にぴったりだ。40歳になって、人生が僕に与えた旅と冒険をいかに楽しんでいるかを、あらためて感じていた。


最後にRoom to Readのサイトをご案内します。
http://www.roomtoread.org/
「日本語のサイト」というのがあるのですがなぜかPDFで、英語のサイト全体の翻訳は追いついていないようです(英語も難しい用語を使っているわけではないので比較的容易に読めると思います)。
残念なのは、Room to Readがアメリカの税制上は寄付が所得控除の対象になるのに対し、日本ではそうでなさそうなところです(アメリカの団体なので仕方ないことかもしれませんが。)。

 






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『平気でうそをつく人たち』

2008-01-10 | 乱読日記

草思社、民事再生法を申請 ベストセラー刊行の出版社
(2008年1月9日(水)18:52 共同通信)  

「間違いだらけのクルマ選び」シリーズや「声に出して読みたい日本語」など、ベストセラーの刊行で有名な出版社の草思社(東京、木谷東男社長)が9日、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。負債総額は約22億5000万円。同社によると、出版不況で書籍の売れ行きがふるわずベストセラーが出にくくなり、負債が経営を圧迫、資金繰りも悪化したという。草思社は68年に設立。

このニュースを夕方見て、なんとなく引っかかっていたのですが、友人から面白いと勧められてちょうど読み終えたばかりの『平気でうそをつく人たち-虚偽と邪悪の心理学』の出版元が当の草思社でした。

面白い本なのですが出版が1996年なので今の収益には貢献できなかったようです。 ぜひまた面白い本を出版して企業再生を果たしてもらいたいものです。
(素人考えでは出版社の経営資源といえば版権と編集者などの人的資源くらいだと思うのですが、民事再生ということは人材が離散せずにすんだ・またはスポンサーのあてがあるということなのでしょうか。)

さて本書はアメリカの心理学者による「人間の邪悪性」について語った本。
人間の「邪悪性」というのは価値評価をはさむので心理学の理論にはなじまないためか今まで研究対象になっていなかったが、著者の治療した患者の中に「邪悪」としか言い表せないような心理特性を持つ患者がいることに気づき、その類型化と原因分析を試みたのが本書です。

筆者は「邪悪」をつぎのように定義します。

邪悪性とは、ごく簡単に定義するならば、誤った完全自己像を防衛または保全する目的で、他者を破壊する政治的力を行使することである。

なので「邪悪な人」とは常習的犯罪者のようなものではなく、ごく普通の生活をしている人で、対面を気にし他人に善人だと思われることを望む反面、罪悪感や自責の念を持たず、他者をスケープゴートにして責任を転嫁するような人を言います。
そして、現象面としては子供のためと言いながら子供を精神的に追い詰めたりします。

著者は邪悪性の根源は(人間が本来持つ)怠惰とナルシシズムにあると分析します。

人間のものの考え方には一種の慣性が伴うものである。いったんある考え方が行動に移されると、それに対立するいかなる証拠をつきつけられようと、その行動は動きをとめようとしない。ものの考え方を変えることには相当の努力と苦しみが伴う。

自分自身を自分自身たらしめているのが、ものの考え方である。もしだれかが私のものの考え方に批判を加えるならば、私はそれを、わたし自身に対する批判と考えるはずである。私の意見が間違っていることがわかれば、私自身が間違っていたことになる。私の抱いている完全性という自己像が砕け散ってしまうのである。
(中略)
これは、単にその考えを改めるには努力を要するからというだけでなく、ナルシシズムにとらわれている個人や国家には、じぶんの考えやものの見方が間違っていると想像することすらできないからである。われわれは、表面的には、自分が絶対に正しいなどとは言わないようにしているが、心の奥底では、とくに自分が成功し、権力を持っていると思われるときには、自分はつねに正しいと考えてしまう。

このへん、会議のコツなどでよく言われる「意見に対する批判と個人への批判は分けないといけない」ということに通じますね。

さらに、軍隊や国家自体が「邪悪」な行動に出るきっかけも「怠惰とナルシシズム」にあると分析します。

・・・ところが邪悪な人間は自己批判に耐えることができない。したがって、邪悪な人間が何らかの形で攻撃的になるのは、自分が失敗したときである。これは集団にもあてはまることである。集団が失敗し、それが集団の自己批判をうながすようなことになると、集団のプライドや凝集性が損なわれる。そのため、国を問わず時代を問わず、集団の指導者はその集団が失敗したときには、外国人つまり「敵」にたいする憎しみをあおることによって集団の凝集性を高めようとするのが常である。

そしてこの特性は、警察や軍隊などの専門化された集団においてより発現しやすいといいます。

まず第一に、専門化した集団は、必然的に、自己強化的な集団特性を身につけるようになる。第二に、したがって専門化した集団は、とくにナルシシズムに傾きがちとなる。すなわち、自分たちの集団は、他に類を見ない正しい集団であり、ほかの同質的集団より優れていると思い込むようになる。第三に、社会全体が・・・専門化された役割を実行する特殊なタイプの人間を雇い入れるということがあげられる。

本書は問題提起の意味もこめて、大胆な推論をしていますが、ものの見方としては企業とか組織にも当てはまる部分も多く、示唆に富みます。
ある意味、ちょっと前の「自己責任」や最近の「格差」についての論調についても、「自己批判をしない精神」を感じます。


ひるがえって自分のことを考えると、私は怠惰については人後に落ちない自身がありますが、ナルシシズムとなると人並み以上という自覚は持っていません。
ただ、体系維持のために運動したりするのもナルシシズムの一種だとするなら、その辺も改め、今後はまた暴飲暴食不摂生を励行しないといけないかもしれません(笑)






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そういえば楼蘭なんてのがあったなぁ

2008-01-09 | うろうろ歩き

大蔵省OB弁護士グループ、追徴減額の3億円を丸々報酬に
(2008年1月6日(日)03:37 読売新聞)

旧大蔵省OBの弁護士らのグループが、約70億円の所得隠しを指摘されたパチンコ景品交換業者の追徴課税処分に対する異議申し立て手続きを代行して、3億円もの報酬を受け取っていたことがわかった。
 
報酬が支払われたのは2006年だが、弁護士らは「節税対策」と称し、07年から数年に分けて支払われたことにする経理操作も依頼していた。業者側は3億円の支払いで、異議申し立てによる減額分を吐き出す形になっており、「不当に高い」として弁護士らに返却を求める考えだ。  

巨額の報酬を受け取っていたのは、元大蔵省銀行局審議官の杉井孝弁護士(60)と、元国税局OBの税理士2人。杉井弁護士は1998年に金融機関からの過剰接待で懲戒処分を受けて辞職、税理士らは東京国税局査察部次長や八王子税務署長などを務めていた。

脊髄反射的には、報酬額の合理性はともかく不満があるなら払わなきゃよかったじゃないか(一度払ったものを取り戻すのは相手が弁護士じゃなかったとしても面倒なので)と思ったのですが、 こちらの記事によると、昨年9月に亡くなったパチンコ店経営者が既に支払ってしまった報酬について遺族が多すぎるので返還しろといっているようです。

弁護士グループへの報酬は、申し立て前の3月ごろに着手金5000万円、10月ごろに2億5000万円が支払われた。 とありますが、成功報酬として減額分(=成功した分)の全額を取っていってしまうというのは当初の成功報酬の合意内容(もし事前に合意していたのなら、ですが)がかなり不合理だったようです。
もっとも故人がそれだけ「大蔵省OB」の肩書きを評価して不合理を承知の上で合意したと争われた場合は不利かもしれません。


それはさておき今日の本題、大蔵省の過剰接待問題、杉井氏といえば「ノー○ンしゃぶしゃぶ」です。
杉井氏は当時銀行局審議官で停職処分になりましたが、依然として濃ゆい仕事をされているようです。


実は私は過剰接待問題が話題になる前にこのノーパ○しゃぶしゃぶ店に行ったことがあります。

その当時某社の役員秘書をしていた友人から「面白い店がある」という話を聞いて、友人数人と自腹で行きました。(←バカですw)
歌舞伎町のコマ劇場の手前の一角に「楼蘭」というなぜか中国風の名前でその店はありました。


机の引き出しの奥を引っ掻き回したらメンバーズカードがまだありました(結局1回しか行かなかったんですが(^^;)
カード自体には高級感はありません。
ただ、帰るまでにメンバーズカードを作って名前をエンボスで印字してくれるあたり(ここはぼかしてます)はさすがです。






裏側の注意書きは結構細かいです。
身元のはっきりしない方はお断り、とメンバーズカードにも書いてありますが、そういう経営主体自体の身元は何だったのでしょう。(噂では最近お店が復活したと聞きましたが未確認)


さて、店に入ると掘りごたつの個室に通されます。
4人だったので妙に狭い部屋でした。
そこに、しゃぶしゃぶを作る着物を着た仲居さんと、若いミニスカートのコンパニオンが一人つきます。

しゃぶしゃぶ自体はかなりいい肉を使っていてなかなか美味なのですが、「○ーパン」の部分は次のような趣向があります。
ひとつは、掘りごたつのテーブルの手元の端に液晶ディスプレイとリモコンがあり、リモコンは掘りごたつの下にある可動式のCCDカメラを操作できるようになっています。
それによってコンパニオンの足元(股間)を手元の液晶ディスプレイで眺めることができるというものです。
こうやって改めて書いてみると、こっぱずかしいのですが、最初にこの仕掛けを見たときは一堂妙な盛り上がりを見せました。

もうひとつは、ウイスキーのボトルが天井からつるしてあり、注文するとコンパニオンが伸び上がってウイスキーを注がなければならず、その際にスカートの中が見える、というものです(もう10年以上前のことなので記憶が定かではないのですがおまけに下から照らすライトもついたような・・・)。
これでお酒をお代わりする分勘定書きが増える、という仕組みです。

仲間内だったのでバカ丸出しでけっこう楽しめました。
でも、二度目にも高い金を出してまで行こうとは思いませんでした。


では接待など勘定が他人持ちの場合はどうか、と考えてみました。ゲストに気遣いを感じさせないように自らバカをやって盛り上げるというのが接待をする側の腕でもあるのですが、ホスト側を前にしてバカとスケベ丸出しで楽しむというのはなかなか抵抗があるようにも思います。

大蔵官僚の場合は逆にそれだけ親密な間柄だったのか、はたまた接待側など人と思わないくらいのプライド(厚顔)があったのでしょうか。


あと、冷静に考えると「そんなに楽しいか?」という部分もあります。

後段の背伸びして・・・なのですが、高校時代に部活の後にKFC(当時は「ケンタッキーフライドチキン」とフルネームでした)に寄ったとき、コールスローか何かを頼んだらカウンターの中のかわいい女子大生(想像)が棚の上の方に手を伸ばした拍子に、彼女の背が低かったのとユニフォームのスカートが短かったので、小さい形のいいお尻とそれを包むにはあまりに小さい布が丸見えになったことがあります。
Tバックがポピュラーではなかった当時としては、高校生にはかわいい顔をしたおねえさんがそんな大胆な・・・という衝撃を受けるような布地の小ささでした。

阿呆な高校生は、そのあと必要もないのに次々とコールスローを頼んだことは言うまでもありません。

このときの感動に比べると、ノー○ンしゃぶしゃぶが見劣りするのは否めません。

それは、高校生の頃から10数年経って既に汚れてしまった自分がいた、ということもさることながら、 「予想外のものが見える」ことの感動の方が「そこにあるべきものが見える」感動よりもはるかに大きいからではないかと思います。

二回目はサプライズがないので、感動も半減するように思います(たまにゲイのコンパニオンがいたりすれば別でしょうがw)。


もっとも当時の護送船団方式をよしとしていた大蔵省の官僚は、予定調和を前提にに期待通りの景色を見るのがお好みだったのかもしれません。

 (お後がよろしいようで・・・)

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『トランスフォーマー』

2008-01-08 | キネマ
日本のおもちゃが元になったことでも話題になった『トランスフォーマー』。

大人も楽しめる子供(少年)向けの映画に仕上がっています。
こちらも正月向けに気楽に楽しめます。

それにしても今の子供はこういうCGを駆使した映画が楽しめて恵まれているなぁ、と一瞬思ったのですが、WiiやPSなどのゲームのある中でのこの映画のありがたさと、僕の子供の頃の特撮もののありがたさでは、後者の方が断然価値があったのではないかと思い直しました。

なにしろあのころはテレビゲームどころか紙芝居の世界でしたし、任天堂はまだトランプや花札を作っていたのですから。

僕の小さい頃の日本の子供は恵まれていたんだなぁ、という正月っぽいオチがついたというお話でした。








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『オーシャンズ13』

2008-01-08 | キネマ

正月休みに観た作品のレビューを。

ご存知大人の娯楽作品。

役者のギャラに加え、カジノのセットは相当金をかけていそうです(でも今ではCGの方が高いんだろうなぁ)。
豪華さもお正月向けです。

尺を合わせるためかちょっと展開が速すぎ、またはエピソードを盛り込みすぎな感じもします。

DVDで英語音声日本語字幕で観ていたのですが、字幕が台詞の雰囲気を伝えきっていないようだったので、ヒアリング力を補うために英語音声英語字幕にしたらテンポ良く楽しめました(そんなに難しいことを言ってるわけじゃないので字幕でサポートしてもらえばわかりやすいです)。

でも、もう一回最初から観るってほどじゃないな・・・
正月のTV番組よりは面白かったですけど。


あと、偶然でしょうが敵役のアル・パチーノが経営するカジノの建物

が、名古屋駅前に建築中のモード学園スパイラルタワーズ

 

に似ています。

両方とも奇抜な建物を作ろうとした結果似たものになったのでしょうか。






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ちゃんとした選挙ができる国であること

2008-01-07 | まつりごと

年末年始に物騒なニュースがありました。

パキスタン総選挙 来月18日に延期 暗殺事件 大統領、英に協力要請
(2008年1月4日(金)11:22 産経新聞)

パキスタン選挙管理委員会は2日、8日に予定されていた総選挙を2月18日に延期すると発表した。これを受け、ムシャラフ同国大統領は2日夜、ブット元首相暗殺事件後初めて国民向けテレビ演説を行い、延期はやむを得ざる措置だったとし、自由かつ公正な選挙の実施を約束した。また、事件をめぐる自らの政権への疑惑を払拭(ふっしょく)するため、ロンドン警視庁に捜査協力を求めたとする一方、暗殺が引き起こした暴動などには厳しく対処する姿勢を表明した。

ケニア 暴動死者120人超す 大統領選「不正」と反発
(2008年1月4日(金)13:45 産経新聞)

12月27日に投票が行われ、与党国家統一党(PNU)の現職キバキ大統領(76)の再選が発表されたケニア大統領選について、最大野党オレンジ民主党(ODM)のオディンガ候補(62)の陣営が開票に不正があったと猛反発、30日夜から31日にかけ、首都ナイロビなどで警官隊と激しく衝突し、暴動が発生している。ロイター通信によると、ケニアの地元テレビは、死者は27日以降、120人以上にのぼっていると伝えた。

いずれも選挙が不正に行われた(る)のではないか、という疑念が根底にあるようです。

これらの国を民主化が進んでいないと覚めた眼で眺めるという方法もありますが、前々回のアメリカ大統領選挙ですら投票用紙の集計方法に疑義があって裁判にまでなったわけで、「きちんとした選挙をする」というのは実は相当レベルの高いことなのかもしれません(今回の大統領選挙でまたトラブったら、ケニアやパキスタンに説教できないですよね。)。


日本も今年は総選挙がありそうですし、東京都民には都議会議員選挙もあります。
今一度「ちゃんと選挙制度は機能しているのか」について検証してみるものいいと思います。

たとえば、投票所に行くとやたら大人数の投票用紙をくれる人とか立会人がいます。これらの人は1日1万円くらいの報酬が出るらしい(新宿区だと14,000円!)のですが、いまだかつて私には声がかかったことがありません(抽選だとしたら抽選の候補にすらなったことがありません。)。
ひょっとすると町内会の役員とか区議会議員の推薦とかで持ち回りになっているのではないでしょうか。
だとすると、地方都市では「顔役」が投票所を仕切る(しかも報酬を得て)ということもありうるわけで、それが公正な選挙か?という疑問は日本でも呈されていいのかもしれません。


今年総選挙があるのであれば、日本人の矜持として、パキスタンやケニアやアメリカに対して見本になるような選挙を心がけたいと思います。

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PASMO

2008-01-06 | よしなしごと

正月に実家に帰ったら、両親がついにPASMOを買ったと自慢していました。

ところが最初に改札を通ったときにうまくカードをかざさなかったので(それでどうやって通れたかのほうが不思議なのですが夫婦で団子になって通ってしまったのかも)、出口で入場記録なしのエラーになってしまったそうな。

そこで駅員に「こうやってやらなきゃだめですよ」と見本を見せられて、父親は

 「なるほど、自分は裏返しでタッチしてしまったんだ」

と気がついたとか。
それ以来、ちゃんと表裏を確認してからタッチしているとか。

いやそれ違うだろ。
おそらく駅員さんはさっと通すだけではなくしっかりタッチしろ、という実演をしたのじゃないか。

と言ってもなかなか納得しません。

実際に俺は表裏関係なく通っているよ。

といって、今度実験してみるということでようやく一歩前進。
ところが今度は

ということは(表裏逆と言った)あの駅員はウソを教えるとは○○鉄道はけしからん。

と矛先は駅員さんの方へ(^^;

いやほんと、歳をとると思い込みがはげしくなってしまうものです。
(どこかで迷惑を蒙っている方がいらっしゃいましたら、この場をお借りして代わりにお詫びいたしますm(_ _)m)
でも考えようによってはPASMOひとつでこれだけ盛り上がれるというのも、年寄りの特権かもしれません(なんて本人に言うと怒るだろうけど。)。


確かに「非接触型ICカード」などというものの存在自体知らない年寄りにとっては、電波を感知できるようなタッチのスピード、などという理屈より「表裏」の方が頭に浮かびやすいことは確かですね。
(そういう私もSUICAの出だしのころ、表、裏と試して確かめてみました。表裏がOKだったので、次はカードを縦にしてカツンとタッチしたらエラーになってしまいました。どうやらICカードの電波の受信には指向性があるようです。)

「ユニバーサルデザイン」とよく言われていますが、「思い込みによる誤用」を防ぐくらいのわかりやすさも必要なんですね。

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首都高速山手トンネル

2008-01-05 | うろうろ歩き
正月休みで都内の道が空いていたので、実家に行く途中に遠回りをして昨年末開通した首都高速山手トンネルを通ってみました。

山手通りはここ15年くらいずっと工事をしていたので、やっとできたか、という感じです(しかもまだ渋谷までは工事中で、その先は掘ってすらいないので、全線開通はいつになることやら・・・)。


「新宿-池袋間が開通」と言っていたのですが、山手通りうを北上すると甲州街道との初台交差点では4号線と高架でジャンクションになっているので入口はありません。
青梅街道の入口まできてやっと「中野長者橋」で入ることができました。



まだ壁面のコンクリートがつるつるしていますね。

4号線とはもうつながっていたので、予想外の合流にちょっとびっくり。
道路の下を掘っているので仕方ないのですが、相変わらず右車線からの合流が多い首都高速です。



それでも合流や分岐のところでは照明をオレンジ色にして注意を促す工夫が見られます。

これが普通のトンネル内。
ガラガラでした。



こちらが「西池袋」の出口の分岐。
ここも照明がオレンジに変わります。



昔の高松の出入り口のところ(出口は廃止になりました)で地上に出て、熊野町ジャンクションで5号線と合流します。
そしてこの先すぐ板橋ジャンクションの中央環状線の分岐があり、飛鳥山トンネル経由で川口線・東北自動車道にも行くことができます。



ただ、5号線(2車線)の北池袋出口の直後の90度の急カーブ(池袋から来ると右カーブ)の左側から直交するように山手トンネルからの車(1車線)が合流してきて3車線になってからその先の板橋ジャンクションの分岐まで500~600mしかなく、山手トンネルから東北道方面に行こうとする車は見通しの悪い、しかも急カーブの後で車が低速で団子になっている5号線と合流しつつ短距離で2回車線変更しなければなりません(時速80kmだと秒速22mなので20秒ちょっとしか余裕がない。)。
逆方向の中央環状線から山手トンネルに入る場合も同じです(昔は高松の出口で終わっていて、出口の渋滞の車列が上までつながっていることがよくあり、相当シビアな割り込みをする必要がありました。)。
(地図で見るとこんな感じです)

山手トンネルの交通量が増えると、ここのところがボトルネックになってしまうような気もします。


既存の道路の上か下しか通るところがないので仕方ないといえば仕方ないのですが。

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仕事始め

2008-01-04 | あきなひ

ときどき引用させていただく内田樹先生のblogに、新年からためになる御言葉がありました。
「年頭に武道について考える」

以前、多田先生にお聴きした話を思い出した。
古武道大会の控え室で、ある流派の武道家がその家伝の術の妙であることを述べていた。やはり控えの席でそれを聴いた人が、「そちらの流派では手首をとられたときにはどう返すのですか?」と訊ねたところ、くだんの武道家はではやってみましょうと片手を差し出した。質問をした武道家はその小指をつかんでぽきりと折った。
話はこれだけである。
先生は「これは折られた方が悪い」とだけ短くコメントして、話を終えられた。
この逸話は端的に「スポーツ」と「武道」の差を表しているということが今になるとわかる。
折られた武道家は初期条件を決めておいて(それ以外に危害を加えるようなことはしないという約束の下での)効果的な身体運用の巧拙を競うことが武道だと思っていた。
折った武道家は両者を共扼するような条件がないときになお最適なふるまいをすることが武道だと思っていた。
だから、こういう状況について、べつに正解があるわけではない。
「あのね、うちではこうやるんです」と言って「はあ、そうですか。それは一つ勉強になりました。どうもありがとうございます」と穏やかな情報交換がなされて、これがきっかけで仲良くなるということだってあるだろう(現に「そういうこと」の方が多いから「こういうこと」が起きるのである)。
「いやいや他流の方にご教示するほどのものではございません。ひらにご容赦を」とにこやかに拒絶するという法もあるだろう。
「教えて差し上げてもよいが、そのためには入門を願わねばなりません」と教条主義的に対応するという手もあるだろう。
いろいろある。
どれがよいというのでもない。
相手の表情や口調や場の雰囲気など、総じて「文脈」から推して、どう応ずべきか瞬時に判断する。自分たちがたまたま身を置いている「ちゃぶ台」の脚部の安定性やテーブルの表面積や材質を勘定に入れる習慣があれば、そうそうやすやすと小指を折られることはないはずである。
武道とは本来そのような種類の「デインジャー」に適切に対処するための術のことではないのか。

「穏やかな情報交換」「にこやかな拒絶」「教条主義的な対応」というのはビジネスでも日常的に繰り出されるカードであります。
しかも自分の組織内、ということも多かったりして・・・

でもそれじゃぁ、「デインジャー」には対処できないんだよね、というjか、正確にはデインジャーが起きたときにそれに自ら積極的に対処しようというマインドを持った人間は育たないんですよね。


てなことで、今年は(も?)指をぽきりと折るような挙に出ることをためらってはいけないな、また万が一ぽきりと折ってしまっても、志ある方にはご寛恕いただけるはずだと心に強く思い、仕事始めの所信とさせていただこうと思った次第です。


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初妄想

2008-01-04 | よしなしごと

正月の報道系の番組は軒並み地球温暖化関係を取り上げていました。

NHK-BSでは「50年後の地球」というドイツの科学番組を放送していて、そこでは石油が枯渇しつつある中で太陽エネルギーを有効利用する新しい太陽電池(今のシリコンは赤外線に近い方しかエネルギーに変換できないのでエネルギーの30%くらいしか利用できないらしい)の開発などをとりあげていました。

そこでふと思ったのが、

エネルギー保存の法則が正しいとするなら、太陽エネルギーを地球上で有効利用した分、より温暖化が進むのではないか?

という素人の疑問です。

化石燃料を燃やすとエントロピー増大の法則に従い温暖化が進むわけですが、今までは地球内で吸収せずに反射(放射?)していた太陽エネルギーを取り込んで利用することでも、地球上の熱量自体は結局増えてしまうのではないか(たとえば自動車の動力にすればブレーキやタイヤの摩擦熱は地球上に残って温暖化に影響を与えるはず)ということです。

地球外部からエネルギーをより取り込むことは地球に存在するエネルギーの総量を増やすのではないか、という素人の疑問なので、勘違いだったらいいのですが。


これが勘違いでなかったとするなら、化石燃料が当面枯渇しないのであれば、

地球外に余ったエネルギーを放出する技術

を開発する方が地球温暖化対策になるのではないでしょうか?


結局人間は我慢することが苦手な存在だとすれば、また一方で、民族間・国家間のゼロサムゲームは現実的でないとするなら(=年末にちょっと書いたのですが、発展途上国が今より豊かになるためにもエネルギー消費の減少に結びつく日本の少子高齢化は歓迎すべきではないか、という考えが受け入れられないのであれば)、「地球外に迷惑をかける」(エネルギーの放出自体は迷惑ではないかもしれませんけど)という選択肢はあってもいのではないかと思います。


ちょっと大げさな初夢ならぬ初妄想ということでご笑納ください。

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寝正月

2008-01-03 | おイヌさま
大体はこんな感じの正月でした。





(↑初詣に近所の神社まで寒い中遠出して帰ってきて、暖かい家の中でうつらうつらしているところ。)




昨日ちょっとやる気を出して、ジョギングなどをしてみたのですが、使う筋肉が普段ジムで使っているところと違うようで、いきなり筋肉痛です。

正月明けに備えて鋭気を養うというのが基本なので、無理に生産的なことをしようとしてはいけませんね・・・


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新年のご挨拶

2008-01-01 | Weblog



新年あけましておめでとうございます




いつのまにか干支が一巡りしてまた子年がやってきました。

月日が経つのが加速度的に早く感じる昨今ですが、このブログは「成長」とか「成熟」とは無縁にやっていきますので、今年もよろしくお願い申し上げます。





子年にちなんだ年頭のひとこと

 

The trouble with the rat race is that even if you win, you're still a rat.
  -Lily Tomlin





勝ち負けにこだわるだけでなく、時には少し視野を広げてみることも大事、ということだと思います。


 

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