枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

自然の中で暮らす

2009年05月04日 | Weblog
 田舎の農家で育った。子どもの頃の思い出は、自由に遊んでいることができなかった。鶏の餌、牛の餌にも、子どもの労力を必要としたし、手伝うのが至極当然であった。おまけに、山羊も兎もいた。飼ってはいないが、鼬やテン、猪に狐、狸までいて賑やかだった。

 十年に1度の屋根替えには、青大将(鼠捕り)がゆっくりと這っていた。鼠もいれば、猫もいる。戌もいた。夏の夕方には、蝙蝠が飛んでいたし、野生の雉や鳩も見えた。鹿などは、澤を悠々と泳いで渡っていた。モモンガもいたらしいが、はっきりと見てはいない。

 蛍など歩けば服に停まってきた。蚊帳の外に停まっていたよ。百足も蚤も気儘に出入りしてました。年末の大掃除には、必ず畳を上げた。文句ばかりを言いましたが、今はそれさえ懐かしい。日照の時には、水汲みに母は桶を担いで往復していた。

 手も足もだるいやら遊びたいやらでも、その水がないと風呂には入れなかった。山瀬水で、野菜は洗い、手を洗う生活だった。甕に水を汲み置き、ご飯を釜に仕掛けて、薪で焚いていたよ。火の取り扱いには細心の注意を払い、年の瀬には、お飾りを飾っていた。田(土)、火や水に、風や木にも感謝の心を祓っていた。

 人間は、自分では何一つとして作り出せないから、あらゆるものの命に祈って、授けてもらうんだよ。と祖母は話していた。また、全部採ってしまわないで、幾らかは還してあげることをしないと、神さまは援けてはくれない。とも言っていた。

 子どもの時には、人間が一番偉いんだ。と思っていて、馬鹿莫迦しいとも思えたことも、此処に来て、自分の思いあがりを恥じた。言葉だけでなく、真実そう想えた。有難いこと、と祈れることに感謝します。枇杷の木が偶然から育って、花を咲かせ、実をつけてくれた。何よりも命をいただいているのです。

 枇杷にとっては、我が子を食べられているわけでしょう?どの子も同じ可愛さですね。私のものでなく、ましてや、感謝して口に入れなくては、命の育みはないのも当然の結果です。普段何気なく言っている。『いただきます』、『ご馳走さま』には、ほんとうにたくさんの思いがこもっているのですね。

 台所の出窓に置いてある、シクラメンです。9月頃から水を遣りだし、蕾がついて咲き始めた。4月中まで咲いていた。5月になったので、水は与えていません。春先までたくさんの花を咲かせて、心を潤してくれました。7年越し、毎年花を咲かせていますが、今年が一番たくさん咲きました。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする