枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

あっという間の、土砂降り

2009年07月10日 | Weblog
 朝、もう起きねばと寝床でぐじぐじしていたら、いきなり凄まじい音がした。何事かさにあらん。雨である。屋根やら樋やらを、強い雨脚で叩きつけている。着替えてパンと珈琲の朝食。ゆっくりと新聞に目を通す。

 洗濯機は、かなり迷ったものの汗の臭いが気になるので回すことにする。乾かないのでどっちみち除湿するしかない。布団と洗濯物とを集めて、除湿機のスイッチを入れた。これだと部屋の乾燥も兼ねるので結構便利です。

 昼食後、仕事場にミニブーケを持って行く。誕生日会をするとかで、ケーキとカードは手作りしたが何か花がほしい。家には植物がわんさかあるので、小さいのでよければ。ということで昨晩より水揚げもして準備していた。

 包装紙もリボンも買い置きがある。アレンジしてラッピングした。相手は87歳。でも幾つになっても、誕生日当日には祝ってもらいたいよ。大袈裟でなく、心のこもったお祝いがしてあげられるのがいいね。

 帰宅途中、図書館に立ち寄り借りていた本を返却。佐野洋子作『庭の扉を開けたら』サスペンスタッチの内容に、びっくりしながら一気に読んだ。伏線のトリックが面白かった。で考えてしまったこと。人間は死ぬために生かされている。と言う事実と、その日まで生きなければ死ねない真実である。

 何たらかんたら言ってみても、決してきれいごとでは済まない。明日、死ぬことになろうとも、神さまのお決めになった生を受け入れ、死での旅に出なければ成らない。肉体は自然に還し魂は新しい命に受け渡すのではないかしら?

 昨年、某新聞の地方版の投稿欄に、枇杷のカットが描かれていた。そこに一文あって、枇杷は酸っぱい。というのが妙に気にかかり、新聞社に電話して枇杷の実を送らせてほしい。と申し出たら、ご親切な記者さんがお届けしますから大丈夫です。とおっしゃってくださった。

 今年、枇杷の挿絵があり、そこには『昨年は蟻も一緒に送られたっけ』とあったよ。我が家の枇杷は市販品のどれにも劣らぬ味です。小さい粒で剥きにくいのですが、甘酸っぱい美味しさです。

 枇杷葉の葉をお茶にした後、枝の部分を灰にして備前焼に焼き上げた器。今年は、薔薇とカーネーションを気取って載せてみました。意図するところは何等ありません。
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夏の簾・・・

2009年07月09日 | Weblog
 高校時代。古典・漢文が好きで、独身の先生の家にまで押しかけて行った。卒業と同時に遠ざかっていたが、平岩弓枝の『万葉集』や田辺聖子の『源氏物語』『枕草子』で読み返した。

 高校生の時よりは、遥かに違った読後感であった。書いてあることを満足に理解しないでの鵜呑みでなく、情景が観えたり180度想いが異なることにとても驚いてしまった。本の魅力の再発見である。

 勤務先で、クーラーの吹き出し口に、簾を垂らしているので、「雪が一向に降りませんが…。」と言ったら氷つかれた。しかたがないので「清少納言は何処に?」と謎かけてみたが、今度は吹雪になってしまった。これの顛末を説明するのが非常にめんどくさくなったのは、言うまでもありません。

 梔子が匂いも強く咲いている。バッタが来ては食事をしていく。かまきりや尺取虫、カイガラ虫もさばっている。バラの木が弱っているので石灰を葉に降りかけておいた。肥料の鶏糞と塩を良く混ぜておこう。

 青紫蘇も一面に生えたので、ジュースがたくさんできるよ。 食用クエン酸がなくても、お酢があればできます。これは、膝や肘の関節痛に効果があります。焼酎に漬けておくのもいいよ。

 夏休みが来ますね。じりじりと近づいているようですね。日食が勤務時間になっています。うまく外に出られるでしょうか?職場放棄と間違えられては困るので、胡麻を擂っておくかな?

 枇杷の花芽です。茂木の赤枇杷ですが、数え切れないくらいまぶれています。昨年の状態で、軽く500粒は生ると踏んでいましたのが100粒もなかった。花芽は寒中に、かなりあちこちで採ったのでまだ充分あります。

 枇杷葉も、葉の状態ならたくさん箱にあるの。で送ろうとして、住所がわからないことに気づいた。千葉のRさんの友人のMさん。AIちゃんのお祖母ちゃんは、しっかり者だと伺っております。ご面倒でも枇杷葉を切ってお茶になさいませんか?1年分はあると思います。おいりではおざいませんか?ごっそりお送りできますが・・・。

 え?お礼ですか??出世払いでいいですよ。または挿絵を描いてくださるのでしたら、願ってもないことです。お互い激務で時間がとれないので、何年先になるのか見当もつきませんが、そういうのもあります。って勝手に決めるなよ!

 枇杷葉を置いている部屋に行くと仄かな匂い、微かな香りが漂ってきます。心地佳くてうっとりしてしまいます。アロマセラピー効果もあるってほんとうですね。私は化粧水を自分で作って堪能しています。

 ほんとうにリラックスできる。心の緊張感がとれて、ガクンと眠くなっていきますよ。この時にリンパ線マッサージをすると効果が倍増していいのです。全身は入浴してしましょう。今直ぐなら、肩や首筋をしましょう。顔は無論です。
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日本のお祭り事

2009年07月08日 | Weblog
 今年は国際天文年。だからという訳ではないが、七夕祭りはせめて来月の7日にいたしましょうよ。旧暦での七夕をご存知の方は、うんざりする梅雨時期に七夕など思いつかないものです。夏休みのど真ん中辺りに、早朝より起き稲露や芋の葉の露を集めて、硯に向かって墨を磨り短冊に願い事を書き紙縒りに通して笹に吊るす。

 野菜も、この頃には豊富で野外で供えるのだ。同時にペルセウス流星群の流れ星が、運良く観られたりする。藪蚊に刺され線香に咽たりしながらも、夕涼みのできる楽しみがあった。

 西瓜の種を飛ばし、まくわ瓜にかぶりつき庭に広げた筵では干瓢剥きをしていた。干瓢の芯は、牛が食べたり、形の崩れていないところは夕食のおかずであったよ。母は粗忽者で、しょっちゅう半煮えであった。

 今は手に入らないから懐かしく美味しく感じられるが、子どもの頃にはうんざりしていた。トマトや胡瓜はおかずであるのに、台所の塩をそっと持ち出し畑で採ってかじっていた。無論見つかって、大目玉をくらった。

 夕焼け空には蝙蝠が飛び風呂を焚きながら、やがて夕闇の訪れる空をぼんやりと眺めていた。風呂焚きの煙突からの煙か、空の色か区別できなくなると宇宙に瞬き始める星の群れ。

 風呂上り、天花粉を叩かれて寝巻きに着替え蚊帳の中から、開け広がった庭が見え祖母の使う団扇の音が子守唄のリズムになっていつしか眠っていた。目覚めると祖母の姿は布団になく、既に一仕事を終え滴る汗を拭っている。

 七夕の紙縒りは障子紙の古いのを切って作るか、田の畦にある草を刈って紙縒りの代わりにする。飾った後には、川に持って行って流すのだ。それで十分であった。自然にある物をじょうずに使い、無駄を省く。祖母は、工夫することを惜しまなかった。

 自然とうまく付き合うには、相手のテリトリーを犯さないことだと話してもいたよ。どんな相手でも、断りなしに土足で踏み込んではしっぺ返しをされる。自然の掟は厳しい。でもそれを守っていれば、人間を生かしてもくれる。

 今日は休み。いつも水を分けてくださるAさん。足が痛いと言われるので、蒟蒻と生枇杷葉を持って枇杷葉温圧療法に行かせてもらいました。熱い蒟蒻を足の裏に乗せていると、どんどん悪い物が降りてくる。

 枇杷の葉が黒く変わる。2回してあげた。リンパ線マッサージをしてあげたかったのですが、自分の方が激務にぶっ倒れそうだったよ。それでも充分効果はありました。足が軽くなり、スタスタ歩かれていました。

 サンタさんに送ってもらっていた、アイスコーヒーを差し上げて帰宅。サンタさん、千葉のRさん。ありがとうね♥無農薬の珈琲が、すんごく美味しい!!って言われたよ。ありきたりのお中元よか、気がきいてます。ほんとうにありがとう。

 庭の白いポンポンダリア。物思いに耽っていたのか、声をかけて怒られてしまった。そろそろ肥料を入れてやらねば・・・。
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宅野八郎

2009年07月07日 | Weblog
 昔、自棄野弥八という人有り。酒を呑んでは嘘八百を並べ、素面になればその時点の記憶喪失を装い小心者故と内心では反省したり後悔することしきりであった。或る時、村の集まりに出た弥八。些細なことから諍いをし始め、自分は何でも思うがままにできると騒ぎ出す始末。

 周りは何時ものことなので構わないでいたら、それが癪にさわった弥八。傍らに置いていた鍬で殴りかかった。しかし、酔っ払っているのでそこいらの土を耕すばかり。居合わせた和尚は、狸囃子の術を懸けた。弥八が不眠不休の作業の結果、辺り一帯は開墾した田畑に実る黄金の錦に覆われる。

 以後。自棄野弥八は、心を入れ替えて働き者となった。メデタシ、メデタシ。

 梅雨明けはまだですが、夏休みはやってきます。また暑い夏の扉が開くのです。アチチィ・・。孫と一緒の夏を過ごすには、図書館がいいですね。
 今朝、一羽の雀が、サンバを踊っていたよ。近くで、小学生の叩く、太鼓の音がリズミカルにしてました。

 銀河が、暑さには勝てないようです。布団の上には来ますが、何かと距離を保って、畳に行こうとする。寒いと布団に潜り込んでトンと出てこなかった。今は綿毛布だけですがものの3分もしない内に、板の間か畳に移動してる。

 お天気続きだと、水遣りの手が抜けない。ぐったりして無残。枇杷葉にそろそろお礼肥えをしておこう。収穫した後が大事です。鶏糞と塩を混ぜて入れます。割合を間違えないよう、気をつけてくださいね。この時期に、ちゃんとお礼をしておかないと甘味が均一になりません。

 我が家のはそのどれもが均等に甘酸っぱい。然も太陽の溢れる光を閉じ込めたような、黄金に輝いています。小粒ですが甘さは抜群です。千葉のRさんの友人のMさん。娘さんのIちゃん。そのお祖母ちゃん。皆さんに枇杷が食べてもらえるよう、これから1年せっせと世話をしていきますね。

 桜祭りの後で訪れた県内の村。合併を拒んで、唯一単町での在り方の模倣。村長さん始め一人ひとりが、いろんな取り組みをされている。ここの水路には鯉がいます。近くに山並みを眺めて水車の回る音を聴いているのも楽しい。
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蒟蒻物語

2009年07月06日 | Weblog
 蒟蒻は、種を植えて3年かかって芋になる。それを洗って潰して丸め、沸騰した湯に落として蒟蒻玉にする。刺身にするも由、田楽、キンピラ、すき焼きの友にもなる。しかし蒟蒻は苦労人でもある。いつも引き立て役を買って出るが、器量が悪いので常々ひがんでもいた。

 ところが枇杷葉と出会って、目の前が明るくなった。あちこちでお呼びがかかり、同時に重宝がられ感謝される日々が続く。人間の体の痛みのある箇所に、じっと座ってやるだけなのに、上へも下にも置かぬ待遇をしてくれる。

 蒟蒻は自分の考え違いを反省する度に、人間達が感謝するので照れくさい。文字通り熱くなったり、冷や汗が出たりの多忙さにびっくり!!益々、引っ張りだこになっていくので身体を捻ってしまうのであった。

 今日は昼頃に、約1名が仕事放棄。人数確保の対応なのに支障が発生し、急遽2名が時間延長で凌いだ。って疲れたよぉ。休み時間なしの10時間勤務。かなりのハードボイルドです。それもこれも仕事に出て来ていながら、上司に連絡もなしに遁ずらこくとはアルマジロ。由々しき事態。

 枇杷葉を知ってから、お茶やお酒で飲んで健康管理に極力努めている。然し、万能ではとの油断は禁物である。また過信は禁物で、自分の心の変化で微妙に違いが生じてくる。信じる者は救われるが心の有り様も一つではなく、捨てる神ありゃ拾う神もあることを証明することとなり気紛れでもある。

 サンタさんに頼んでいた珈琲。やっと手元に届く。ごめんね!そしてありがとう!!エキスポパックを開けたら、とてもいい香りの珈琲が匂ってきました。千葉のRさんからも、オーガニックティーが送られてきました。友人のMさんの編集された絵本の挿絵葉書が、同封されていました。セロ弾きのゴーシュとても素敵な絵本ですね。たくさん売れるといいですね。

 道端のガードレールの向こうに種が落ちて、いつしか育った枇杷葉。実がなってはいるが、酸っぱいうえに種がなかった。甘いのもあったが、自然の甘さで、昔ながらの野生の味です。蜘蛛の巣のゆりかごがかかっていました。
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笹百合

2009年07月05日 | Weblog
 祖母が、こっそりと敷居を跨いで裏口から抜け出していく。私は、はっと胸を轟かせ祖母の後を追って行く。この時の祖母の格好は野良着のままだが、いつも持っている鎌の他に、鉈鎌と茣蓙が背中に結わえてある。足元も長靴に変わっている。

 時間は朝ご飯が済んでの、皆が何かに気を取られていることが多い。私は去年すっぽかされたので、何としてもついて行こうとチャンスを窺っていたのだ。しかし長靴でなく運動靴であった。祖母はその格好を見るなりギョッとしたが、引き返すには遅い場所であったため止む無く連れて行ってくれた。

 家を出て、北の山に向かって登って行く。道を歩いてでなく畦や石の並んである、およそ通れるはずのない所を足を踏みしめて上がって行くのだ。終には獣道を鉈鎌で枝を払って進んで行き、こんなことならついてくるのではなかった。と後悔してしまうため息が出る頃に、さぁっ~と突然開けた山の斜面一帯に、信じられない光景が広がる。

 百合が。笹にそっくりな葉をした、山百合が見渡す限りに咲いていた。淡い陽ざしに透き通るような桃色。白と緑がかった白色の百合が、侵入者に驚きながらも凛として立っていた。祖母は山の神に祈りをして、1本、1本丁寧に伐っていく。私は木苺を頬張りながら、祖母が山の斜面から下りて来るのを待っていた。

 祖母は持って来ていた茣蓙に、伐った笹百合を丁寧に巻き背中におぶって山を下る。私は固い蕾の残った山の斜面の笹百合を後に、木苺に心を残して家路を辿った。その晩から数日間は、咽かえる匂いで家中が包まれて酔いしれた。その山の笹百合も今は何人も入らないので、恐らくないであろう。杉と檜が競いあって山を守っている。

 枇杷葉を置いているが、西側にあるのが日に焼けてしまう。どうしたのかな?新芽がうまく大きくならない。現時点では南側のが発育良好。次いで出窓の所かな?白枇杷の東のは、新芽が噴いてはいるが昨年のが育ちにくい。

 然も大きくならない。やっぱり場所が悪いんだろうか。蟻の巣がある。土の中の世界は蟻帝国かな?枇杷葉にお礼肥えをしておこう。天気に安心していたら、花の元気がなく慌てて水を遣った。昨日は風があったから、土が乾いていたんだ。

 ヤマモモが、勤務先の駐車場から仕事場までの途中にある。食べてみたら松の実の味がしたよ。お世辞にも美味しいとは言えない。加えて自然落下し木の高さがあって取れない。口を開けていたら落ちてきた。
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ストライキ

2009年07月05日 | Weblog
 疲れてたんだろうな・・・。
 自分の体調も、しんどかったよ。
 で。どうしても飛べない。
 いろいろ、みえちゃったし・・。

 ここを訪れてくださるたくさんの方に、ほんとうに感謝します。
 茗荷を入れて、青紫蘇と金糸卵をふって、お寿司をしました。
 シンプルなのが、とても美味しい。

 ミニキウィ。小さな実が幾つかついています。
 親指の先くらいの大きさです。
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半夏生

2009年07月02日 | Weblog
 夏至から既に11日経過。そろそろ梅雨明けになる。いつまでもぐずぐずと降り続けているのが、菜種梅雨らしい。(いやんなったねぇ・・)雨の少ないのを空梅雨といい、カンラカラと豪快に笑い飛ばせる、爽やかさが加わっている様子を言う。まああまり細かいことは、飛ばしておきましょう。

 近所の、娘の同級生の母上。畑に枇杷を植えておられる。今日は運よく車が見えたので玄関で、チャイムを鳴らした。小1時間滞在し、枇杷談義を展開。聞けば食べた種からの発芽らしい。生命力の強い植物。汚水処理には抜群。アロマセラピー等、話が尽きません。

 まだ木に生ったままの枇杷を1枝収穫、頂いて帰宅する。自然の甘さがありました。太陽の光をふんだんに浴びているので、瑞々しいし無農薬です。祝島から送ってもらいましたが、遠方なのでどうしても傷む。うだうだいっても木生りは、捥いで食べるのが最高です。

 今年は、種の塩漬けもしてみました。同じ地域でも肥料や育て方にもより、開き方の差が大きく形や粒の色等大きさなど様々ですね。これが関東以北を除く地域では、至って何処でも採れるのです。

 活用範囲も幅広く、当に医者要らずでしょう。『癌に効く』という効能は、大概の方がご存知ですが、これは生で擂って乾燥するか焼酎漬けをするかは使用される方のやり方です。

 枇杷葉の、温圧療法もいろいろです。自分に合った方法と、長く続けられることが大切ですね。健康器具のように買った後、三日坊主では元も取れません。(場所は取りますが・・)まぁあちらはそれが目的で最後にならないと、ポイントは言いません。

 予行演習がとても長く本番は一切ない。セールスの芸達者です。これにはさくらが居て、密かに金銭の受諾があるため、商品を買ったり最後まで出て来ますが裏を知っているだけにその手の話には初心者を装う。そうでないと健康器具は売れません。うまく騙されてあげましょう♥

 カラーの白は、水の流れる場所が一番似合う。地植でも湿気ている場所がいい。乾燥していると何時しか失せる。または小さくなってしまう。

 背筋がすっと伸びている人間が好き。うぬぼれは嫌だが、前を凛と見据えて何者をも恐れない姿勢に憧れる。そういう人間になりたい。
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日々あれこれ。

2009年07月01日 | Weblog
 朝、晴天なり。ところが10時前には、怪しい天気になった。仕事に行く途中から雨になる。帰宅時間には、曇りになっていた。四国の方は、水不足が解消されたのでしょうか?何やら集中豪雨の地域もあったようです。

 これは、道路をアスファルトで覆い、水捌けができないようにしてしまったせいです。地球さんが、呼吸をしていることを、忘れてはなりません。苦しくて正常な判断ができないように強引なことをしては、結果はしごく当たり前。地球さんが怒るのは無理ないこと。

 通勤途上に、かなりの枇杷葉があるが花は咲けども、実が生らないのは何故?然も、かなりな大木です。また、たくさんの実が生っているのに誰も食べないのか、道路に落ちて潰れている。ああ、もったいない!

 田舎の者には、都会の食べ物が高級品で、都会の方たちには、貴重な漢方薬なのですね。加えて様々に工夫していて、アトピーや自然食といった方の取り組みが多いですね。私個人的には、シンプルにそのままで頂くのがいいです。敢えて言えば、山羊乳でのアイスクリームが食べてみたい。

 市内に『ルーラル・カプリ農場』という山羊の農場があるのです。ここにはチーズやプリンにヨーグルトは作られて販売されていますが、アイスクリームはないのです。ないと余計に食べたくなる。今度行ったら、山羊乳を買って来ようっと。???売ってくれるかしらん。

 今年は百足が多い。昨晩は、バスタオルにかくれんぼをしていた。銀河の様子が可笑しかったよ。10cmは有にあった。百足は必ずつがいだと言うから、ぞろぞろ出てきそう。これだから、真っ暗にはしたくないのね。いつも豆球をつけて寝ていますが、ほとんど銀河が危険を知らせてくれて刺されないです。
 
 5月の晴天に山羊の農場からの帰り道。天空に現れた雲。見る見るうちに、頭が二つになり行く手に踊りだしたよ。青い空に翔るさまに圧倒され、なんだか龍の息遣いまで聴こえそうだった。自然現象ではあるが視ようとしなければ見えず、波動を感じなければ通じ合わない。未知なるかな宇宙・遙かなる想い。
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