平成27年7月 靖国神社社頭に掲示されました遺書 合掌
お兄様が「帝国海軍将校となるべき修養中の御身なれば、目標を高きに置き決死の努力研鑽を望む次第に候・・・」と書かれております事に
海軍兵学校在学中?と想像してしまいました。
お兄様の遺書は昭和20年ですので弟様は戦争に行かなくてすんだのでしょうか?心から願ってしまいました
今号にも遺族関係者の鎮魂の歌12首の掲載を頂きましたのでご紹介をさせていただきます。
お目を通して頂けましたら嬉しゅうございます。
両陛下のみ言葉じかに賜はれば呼び醒まさるる父亡き暮らし 青森県 田中様
両陛下のお言葉賜ひて田中さん「良かったですね」と父に告ぐとふ 千葉市 私
母魂一度の人生子の為と亡夫の写真胸に生きつつ 甲府市 遺児男性
街道の五片の白きブルメリア香れる中を友と歩みぬ 石岡市 靖国の妻
極寒のシベリアに父逝きし日は二十三年一月九日なり 足利市 遺児女性
特攻に散りにし若者父母もなく平成の世にその遺書を読む 富士吉田市 遺児男性
姉嫁ぐ日正装の父は申したり海軍大尉殿を信ずる事なり 佐世保市 遺児男性(鳥海艦長子息)
ひたすらに平和願いて遺児たちは父の顔知らぬまま七十年 長野市 遺児男性
国のため尽くしたと信じた兄悲し平和のこの世にせめて生きてと 姫路市 遺族女性
やがて来る生活のつらさわからず武運長久を願ひ万歳となふ 大阪市 遺児女性
靖國に七十年余り父に逢ふ奥の院にてただ涙する 呉市 遺児女性
終戦後七十年は人待たず父恋ひの友らと靖國参り 甲府市 遺児男性
この度の歌は、両陛下がペリリュー島を慰霊して頂きましたTV報道(2015年04月11日・2015年04月13日にUP)に九段短歌に
投稿されております田中様に違いないと田中様に思いを致し詠ませて頂きました。
今号に、ご本人の田中様が感激のお歌を詠まれましたのでご紹介させて頂きました。