国立環境研究所生物・生態系環境研究センター坂本佳子研究員等の研究グループは、近年ニホンミツバチの気管で増殖し、甚大な被害をもたらしているアカリンダニが、なぜニホンミツバチだけで重症化し、セイヨウミツバチでは問題とならないのかについて、行動学的な視点からの要因究明を試みた。結果、セイヨウミツバチと比較して、ニホンミツバチではアカリンダニをうまく払い落とすことができないことが明らかになった。本成果は、令和元年11月22日付で刊行された学術誌「Insectes Sociaux」に掲載。
背景・目的
数年前から、飛べなくなったミツバチが巣の周りを徘徊するという現象が日本各地で報告される。この異常な行動を引き起こしている原因の一つが「アカリンダニ」による寄生だと言われている。アカリンダニは体長0.1mmのとても小さなダニで、ミツバチの胸部気管内で繁殖する。気管の中がアカリンダニでいっぱいになったミツバチは酸素不足になり、飛翔や温度調節ができなくなる。また、気管の中で成熟したダニが別のミツバチの気管に侵入し繁殖するという寄生が繰り返されるため、巣内のミツバチ全体にダニが蔓延し、やがてコロニーが死滅する。
日本には、古来より生息するニホンミツバチ(トウヨウミツバチの一亜種)と、養蜂のために海外から輸入しているセイヨウミツバチがいる。アカリンダニが猛威を振るっている対象はニホンミツバチだけで、セイヨウミツバチではほとんど被害が報告されていない。なぜニホンミツバチだけで、アカリンダニが流行しているのでしょうか?これまでに、我々の研究グループはアカリンダニがセイヨウミツバチと比べてニホンミツバチの気管に侵入しやすいことを実験室内での観察により突き止めている(Sakamoto et al. 2016)。そこで、アカリンダニが気管に侵入する前にミツバチがダニに気付いて払い落とすことが出来るかどうかが、ダニの寄生率を左右する要因ではないかと考え、本研究ではミツバチの「グルーミング」に着目して調査した。
方法
ニホンミツバチおよびセイヨウミツバチのそれぞれの胸部背面(=背中)にアカリンダニを付着させた後、ミツバチがダニを払い落とそうとする行動(=グルーミング)を一定時間観察し、ダニを付着させなかった場合(コントロール)の行動と比較した。また、観察終了後にダニが胸部背面から除去されたかどうかも記録した。
実験成功のポイントは、①0.1mmの微小なダニを操作するために、楊枝の先にヒトのまつげを付けた特殊な「まつげブラシ」を用いたこと、②動き回るミツバチにダニを付着させるのは困難なため、暖かい場所に集まる習性を利用して、脚元を温める床暖房(Floor-heating method:床暖房法)を考案したことにある。
結果・考察
ダニを付着させなかった場合(コントロール)では、両種ともグルーミングをした個体の比率が約20%であった。ダニを付着させた場合では、両種ともグルーミングが誘発されたが、セイヨウミツバチ(69%)よりもニホンミツバチ(45%)の方がその比率が低い結果となった。両種においてグルーミングがダニの除去に効果的であるが、グルーミングを行った場合でも、ニホンミツバチの方がダニを除去する能力が低いことが分かった。全体でみると、ニホンミツバチは、セイヨウミツバチの約半数のダニしか除去できないことが明らかになった。
今後の研究展開
本研究より、ニホンミツバチはセイヨウミツバチよりもアカリンダニを払い落とす能力が低いことが明らかになった。
今後は、なぜそのような能力の差が生じるのかについて、生理学的・形態学的なアプローチも取り込んで詳細に分析し、その結果に基づき、将来的にニホンミツバチがアカリンダニに対して抵抗性を獲得する可能性を予測する。また、このような新しい病気の流行を未然に防ぐために、ミツバチを含むハナバチ全体に潜在する病原生物の網羅的探索も予定している。
◆アカリンダニ
アカリンダニ(Acarapis woodi)は、ミツバチの体内に寄生するホコリダニ科のダニである。クモの仲間で8本の脚を持つ。アカリンダニはハチの気管内で生活し、繁殖する。メスは気管壁に5個から10個の卵を産み、孵化した幼虫は2週間から3週間で成虫になる。
アカリンダニは、これまでにヨーロッパや北米・南米のセイヨウミツバチで分布が確認されている。日本では、ごく最近の2010年に見つかっていることから、このダニは人間によって意図せず持ち込まれた「外来生物」ではないかと考えられており、我々の研究グループの遺伝子解析からも、それを支持する結果が得られている。
本来、宿主と寄生者は、生態系の中で互いに対立しながらも安定した関係を築いている。ところが人間活動によって生き物を移動させることで、寄生者もまったく新しい地域に持ち込まれ、対抗策を持たない新しい宿主にとりつき、病気の大流行を引き起こす。
今回の事例でも、セイヨウミツバチはアカリンダニを効果的に除去する行動を獲得しているのに対し、ニホンミツバチはこの外来ダニへの有効な対抗手段を持ち合わせていないため、ダニの寄生が進行して深刻な被害がもたらされていると考えられた。ニホンミツバチは、我が国において多様な植物の受粉を担う重要な送粉者であり、ニホンミツバチが減少すれば、これらの植物の多様性にも影響がでる恐れがある。
背景・目的
数年前から、飛べなくなったミツバチが巣の周りを徘徊するという現象が日本各地で報告される。この異常な行動を引き起こしている原因の一つが「アカリンダニ」による寄生だと言われている。アカリンダニは体長0.1mmのとても小さなダニで、ミツバチの胸部気管内で繁殖する。気管の中がアカリンダニでいっぱいになったミツバチは酸素不足になり、飛翔や温度調節ができなくなる。また、気管の中で成熟したダニが別のミツバチの気管に侵入し繁殖するという寄生が繰り返されるため、巣内のミツバチ全体にダニが蔓延し、やがてコロニーが死滅する。
日本には、古来より生息するニホンミツバチ(トウヨウミツバチの一亜種)と、養蜂のために海外から輸入しているセイヨウミツバチがいる。アカリンダニが猛威を振るっている対象はニホンミツバチだけで、セイヨウミツバチではほとんど被害が報告されていない。なぜニホンミツバチだけで、アカリンダニが流行しているのでしょうか?これまでに、我々の研究グループはアカリンダニがセイヨウミツバチと比べてニホンミツバチの気管に侵入しやすいことを実験室内での観察により突き止めている(Sakamoto et al. 2016)。そこで、アカリンダニが気管に侵入する前にミツバチがダニに気付いて払い落とすことが出来るかどうかが、ダニの寄生率を左右する要因ではないかと考え、本研究ではミツバチの「グルーミング」に着目して調査した。
方法
ニホンミツバチおよびセイヨウミツバチのそれぞれの胸部背面(=背中)にアカリンダニを付着させた後、ミツバチがダニを払い落とそうとする行動(=グルーミング)を一定時間観察し、ダニを付着させなかった場合(コントロール)の行動と比較した。また、観察終了後にダニが胸部背面から除去されたかどうかも記録した。
実験成功のポイントは、①0.1mmの微小なダニを操作するために、楊枝の先にヒトのまつげを付けた特殊な「まつげブラシ」を用いたこと、②動き回るミツバチにダニを付着させるのは困難なため、暖かい場所に集まる習性を利用して、脚元を温める床暖房(Floor-heating method:床暖房法)を考案したことにある。
結果・考察
ダニを付着させなかった場合(コントロール)では、両種ともグルーミングをした個体の比率が約20%であった。ダニを付着させた場合では、両種ともグルーミングが誘発されたが、セイヨウミツバチ(69%)よりもニホンミツバチ(45%)の方がその比率が低い結果となった。両種においてグルーミングがダニの除去に効果的であるが、グルーミングを行った場合でも、ニホンミツバチの方がダニを除去する能力が低いことが分かった。全体でみると、ニホンミツバチは、セイヨウミツバチの約半数のダニしか除去できないことが明らかになった。
今後の研究展開
本研究より、ニホンミツバチはセイヨウミツバチよりもアカリンダニを払い落とす能力が低いことが明らかになった。
今後は、なぜそのような能力の差が生じるのかについて、生理学的・形態学的なアプローチも取り込んで詳細に分析し、その結果に基づき、将来的にニホンミツバチがアカリンダニに対して抵抗性を獲得する可能性を予測する。また、このような新しい病気の流行を未然に防ぐために、ミツバチを含むハナバチ全体に潜在する病原生物の網羅的探索も予定している。
◆アカリンダニ
アカリンダニ(Acarapis woodi)は、ミツバチの体内に寄生するホコリダニ科のダニである。クモの仲間で8本の脚を持つ。アカリンダニはハチの気管内で生活し、繁殖する。メスは気管壁に5個から10個の卵を産み、孵化した幼虫は2週間から3週間で成虫になる。
アカリンダニは、これまでにヨーロッパや北米・南米のセイヨウミツバチで分布が確認されている。日本では、ごく最近の2010年に見つかっていることから、このダニは人間によって意図せず持ち込まれた「外来生物」ではないかと考えられており、我々の研究グループの遺伝子解析からも、それを支持する結果が得られている。
本来、宿主と寄生者は、生態系の中で互いに対立しながらも安定した関係を築いている。ところが人間活動によって生き物を移動させることで、寄生者もまったく新しい地域に持ち込まれ、対抗策を持たない新しい宿主にとりつき、病気の大流行を引き起こす。
今回の事例でも、セイヨウミツバチはアカリンダニを効果的に除去する行動を獲得しているのに対し、ニホンミツバチはこの外来ダニへの有効な対抗手段を持ち合わせていないため、ダニの寄生が進行して深刻な被害がもたらされていると考えられた。ニホンミツバチは、我が国において多様な植物の受粉を担う重要な送粉者であり、ニホンミツバチが減少すれば、これらの植物の多様性にも影響がでる恐れがある。