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ツタンカーメンの鉄剣は鉄隕石を材料にした

2020-04-19 | 歴史・考古
 千葉工業大学地球学研究センター及び惑星探査研究センターの合同研究チームが、エジプト考古学博物館にてツタンカーメンの鉄製の短剣の化学分析を行った(記者発表は、2020年2月28日)。この鉄剣は、紀元前14世紀に鉄隕石を材料として造られたと考えられている。進んだ製鉄技術を持たない当時の人々が鉄隕石をどう加工したかは謎に包まれており、今後の詳細分析で製造技術の解明を目指す。人類の製鉄の歴史に迫る研究という。尚、本調査は在エジプト日本大使館、JICAのご協力をいただいた。
 ポイント
 〇エジプト考古学博物館において、ツタンカーメンの鉄剣の現地調査を行った。
 〇非破壊・非接触分析により、鉄剣中の元素の二次元分布情報を得た。
 〇鉄剣に硫黄・塩素・亜鉛などの元素が含まれていることを明らかにした。
 〇データの解析を進め、鉄剣の製造方法および由来の解明を目指す。
 概要
 2020年2月9日及び10日に、千葉工業大学地球学研究センター所長の松井孝典率いる研究チームがエジプト考古学博物館を訪れ、ツタンカーメンの棺から発見された鉄製の短剣の現地調査を行った。この鉄剣は紀元前14世紀に製作されたものであるが、棺の中で保管されていたため非常に保存状態が良く、錆などの劣化の影響が小さい。紀元前14世紀のエジプトには製鉄技術は存在しなかったため、当時の人々は宇宙からもたらされた鉄隕石を加工して鉄剣を製造したと考えられていた。
 同鉄剣は、1922年に考古学者のハワード・カーターによってツタンカーメンのひつぎから発掘された。紀元前14世紀に製作されたものである。2016年にイタリアの研究チームが鉄剣の調査を行い、鉄・ニッケル・コバルト濃度の測定から、鉄剣の材料が鉄隕石であることを確認した。しかし、「製鉄技術を持たない当時の人々がどのようにして鉄隕石を加工したのか」についての有力な手掛かりは得られていなかった。
 千葉工業大学の研究チームは、ポータブル蛍光X線分析装置(ELIO, XGLab)による元素分布の分析と、4K高感度カメラ(α7s, Sony)による表面の微小組織の撮像を行った。調査は全て、エジプト考古学博物館において非破壊・非接触で行った。本調査で得られる鉄剣中の元素の二次元分布情報・表面組織を、鉄隕石のものと比較することにより、鉄剣の製造方法の解明を目指す。
 本調査によって鉄剣中に10-12%のニッケルが含まれていることが明らかとなり、これはオクタヘドライトに分類される鉄隕石が材料として使用されたことを示す。一方で、オクタヘドライト特有のウィドマンシュテッテン模様や、それに伴う鉄・ニッケルの縞状分布は確認されなかった。鉄剣の製造過程で鉄隕石を加熱したことにより、これらの特徴が失われた可能性が考えられる。また、本調査では鉄剣の黒色部分に硫黄・亜鉛が含まれていることを明らかにした。これらの黒色部分は、オクタヘドライトに一般的に含まれる硫化鉄鉱物であるトロイライトの痕跡である可能性が高い。トロイライトの痕跡が残っていることから、鉄剣製作時の加熱温度について制約が与えられると期待される。黒色部分には腐食により大気中から混入したと考えられる塩素の存在も確認された。この腐食がいつ起きたのかについては、短剣が棺から初めて出された当時の写真を入手するなどし、検証を行う。
 ◆用語説明
 〇蛍光X線分析
 蛍光X線分析では、X線を分析対象試料に照射し、発生する蛍光X線の測定により試料中の元素濃度を決定する。本調査で用いたELIOは、装置を精密xyステージ上で移動させることで、二次元の元素分布分析が可能である。
 〇ウィドマンシュテッテン模様
 ウィドマンシュテッテン模様とは、ニッケル濃度の低い鉱物であるカマサイトと、ニッケル濃度の高いテーナイトが交互に晶出することによって見られるオクタヘドライト特有の帯状模様である。

 天気は曇り、時々小雨が降る。風が少し強い。
 お日様が出ている時の散歩道沿いのお庭で、塀から少し枝が伸びている”ハナカイドウ”に花が咲き出した。花は桜の花より大きく、枝に花が下向きで「たわわ」に付いている。花弁の外側は赤、内側が白であり、花は赤白と綺麗、蕾は赤く垂れ下がっている。昔から美人の代名詞として使われるほど綺麗、唐の玄宗皇帝が酔って眠る楊貴妃を例えた。
 中国原産で、日本には江戸時代初期に渡来した。15世紀中頃に既に渡来していた海棠(実海棠:みかいどう)があり、花が美しいので「花海棠」と命名された、と言う。
 カイドウ(海棠)
 別名:花海棠(はなかいどう)、垂絲海棠(すいしかいどう)、南京海棠(なんきんかいどう)
 学名:Malus halliana
 バラ科リンゴ属
 耐寒性落葉高木
 中国原産、江戸時代初期に渡来
 開花時期は4月~5月
 花色は淡紅色
 花後に林檎に似た小さな実が付くが、付かない事が多い
 付いた小さな赤い果実は食べれる


江戸時代の歯石DNAから当時の食物を復元

2020-04-13 | 歴史・考古
 琉球大学の澤藤りかい研究員、新潟医療福祉大学の佐宗亜衣子助教、理化学研究所の須田亙副チームリーダー、早稲田大学理工学術院の服部正平教授、東京大学の植田信太郎名誉教授らの研究チームは、江戸時代の古人骨に付着する歯石からDNAを抽出・解析することで、当時の食物や生活習慣を個人レベルで明らかにした。研究成果は、国際的な学術雑誌「PLOS ONE」誌に2020年3月5日午前4時(日本時間)に掲載。
 発表のポイント
 〇どのような成果を出したのか
 歯石(歯垢が石灰化したもの)には口内細菌だけでなく、食べかすなども含まれる。江戸時代の古人骨に付着する歯石からDNAを抽出・解析することで、当時の食物や生活習慣を個人レベルで明らかにした。
 〇新規性(何が新しいのか)
 歯石にDNAメタバーコーディング法を初めて適用し、江戸時代の食性・文化を歯石から直接的に復元できることを示した。
 〇社会的意義/将来の展望
 この手法を先史時代など様々な遺跡の資料に適用することで、過去の食性・文化の新たな側面を明らかにできると期待される。
 研究の背景
 過去のヒトの食物を知る分析手法として、様々な手法が現在までに開発されている。例えば、遺跡から出土した骨・炭化種子などの形態分析、炭素・窒素安定同位体分析、土器残存脂質分析、プラントオパール・花粉・デンプン粒など微化石の形態分析などである。これらの手法にはそれぞれ利点があるが、多くの手法で容易に克服できない問題となっているのは、食べられていた動物・植物の属・種レベルの同定が困難であるということである。動物では骨などの硬組織が遺跡からよく発掘されるが、葉・茎・根などの柔組織のみからなる植物は、土壌中で分解されやすいため、形を保ったまま発見されることは滅多にない。ただ、低湿地にある遺跡では有機物が分解されにくく、古い時代の植物の柔組織が残っていることがある。このように、過去の食物の実態を品目レベルで復元するためには、新たな手法の開発・応用が必要であった。
 研究アイデア
 琉球大学医学部の澤藤研究員らの研究チームは、この難点を克服する手法として、古人骨に付着する歯石のDNA分析に着目した。歯石とは歯垢が石灰化したもので、歯石に含まれるDNAを分析すると、約99%は口内バクテリアである。ただし、食べかすなどに由来する動物・植物・菌類のDNAもわずかに含まれていることが分かっていた(Warinner et al. 2014)。今回、研究チームはこの植物DNAに着目し、DNAメタバーコーディング法などを用いて、効率的に食物を復元することを考案した。
 DNAは目で見える形が残らないものにも存在している。また、国際的なDNAデータベースに様々な生物種のDNA配列が登録されている。歯石に含まれる植物DNAを配列解読し、データベースと照らし合わせることで、どのような植物が歯石に含まれるのか、調べることが可能となる。また、この手法を用いれば、植物を科・属レベルの細かさで同定できる。この手法により、過去のヒトの口内から直接的に、食物を復元することを試みた。
 研究内容
 研究チームは、江戸時代後期、深川(現在の東京)から発掘されたヒト(町人)13個体の古人骨に付着する歯石からDNAを抽出・配列解読し、当時の食物を復元した。まずPCR法により、当時の主食であったコメのDNAが歯石中に含まれるか調べた結果、半数以上(13人中8人)の個体からコメのDNAを得ることに成功した。また、それ以外の食物が歯石に含まれているか、DNAメタバーコーディング法を適用した。その結果、植物に関して、シソ属やネギ属、ダイコン属など、合計で7科・10属を同定した。この結果を当時の文献と照らし合わせたところ、全て江戸時代に食用とされていたもの、あるいは利用されていた種を含んだ分類群であると確認できた。動物に関してもDNAメタバーコーディング法を適用したが、歯石にはヒト由来のDNAが多く含まれており、優先的に検出されてしまうので、ヒト以外の動物のDNAをこの手法で検出することはできなかった。
 食物だけでなく、タバコ属の植物DNAなど、当時の生活習慣に由来すると考えられる植物のDNAも検出された。なかでも特に興味深いものは、フタバガキ科の植物DNAが検出されたことである。この植物は、野生では、マレーシアなどの熱帯にしか生息していない。当時の文献を紐解いてみると、「龍脳」というフタバガキ科の植物から得られる樹脂が、庶民の歯磨き粉の原料として用いられていたことが分かった。江戸時代の浮世絵からも、歯磨きの習慣が庶民に広まっていたことが分かる。
 このように、本研究で使った手法を用いることで、過去の人々の食物や当時の生活文化を個人レベルで復元することが可能になる。また、フタバガキ科の植物の例のように、当時の交易の様子も明らかになると期待される。また、手法の改良によって、歯石からヒト以外の動物DNAの解析も可能にしていきたいと考えている。
 ◆用語解説
 〇DNAメタバーコーディング法
 生物種の特定のDNA領域をバーコードのように種の識別に用いることによって、資料に含まれる複数の生物種を一挙に同定する手法。
 〇炭素・窒素安定同位体分析
 動物の歯や骨に含まれる炭素・窒素の安定同位体比を測定することにより、その動物が生前、主に摂取していたタンパク質源を推定する手法。
 〇土器残存脂質分析
 土器に付着して現代まで残っている脂質を分離・分析し、脂質がどのような動物由来であるか推定する手法。
 〇プラントオパール
 植物に由来する珪酸(けいさん)体。ガラス質なので土壌中などで残りやすく、特にイネ科植物などに多く含まれる。

 朝から雨。小雨が降り続く。気温が低く寒い、最高気温8℃・最低気温6℃とか。
 今日は雨なので、晴れた日の”タンチョウソウ”のお話。
 見つけたのは、色々な草花に囲まれて、咲いている”タンチョウソウ(丹頂草)”。
 長い花柄の頂部に集散花序、白い小さな五弁花を密集して咲いている。五弁花であるが白い萼と白い花弁が重なり10枚の花弁がある様に見える。花の中心が赤く見え(雄しべの花粉)、頭に赤い所がある丹頂鶴を連想させる。
 名(タンチョウソウ)の由来は、この赤い頭部ではなく、背高く白い花が密集する様を「丹頂鶴」に見立てた。
 葉の形は掌(てのひら)状の八手(ヤツデ)に似ており、岩場で自生している。これから”岩八手(いわやつで)”とも呼ばれる。この葉は秋の終わりには枯れてしまう(休眠する)。
 タンチョウソウ(丹頂草)
 別名:岩八手(いわやつで)
 学名:Aceriphyllum rossii
 ユキノシタ科イワヤツデ属(ムクデニア属)
 多年草、花茎は10cm~30cm
 半日陰で、湿気のある環境を好む
 原産地は中国東北部~朝鮮半島
 開花時期は3月~5月
 花色は白色
 果実は蒴果(熟すると下部が裂け、種子が散布される)


奈良・御所の中西遺跡で弥生前期最大の水田跡が見つかった

2019-11-22 | 歴史・考古
 県立橿原(かしはら)考古学研究所が11月20日発表した。
 弥生時代前期後半(約2500~2400年前)の水田跡が確認されていた奈良県御所(ごせ)市の中西遺跡で、新たに約3500平方メートルの水田跡がみつかった。水田跡は延べ約4万3千平方メートルで、これまでに確認された弥生前期の水田跡では全国最大規模とみられる。弥生時代初めに稲作が朝鮮半島から日本列島に伝わってまもないころ、奈良盆地で灌漑施設をそなえた大規模な稲作が営まれていたことが明らかになった。
 橿考研によると、京奈和自動車道の建設工事に伴い、今年4月から約6千平方メートルを発掘調査した。出土した水田跡の数は410区画、1区画あたりの面積は平均約9平方メートル。小さなあぜで区画され、表面には人の足跡も残っていた。川とみられる跡もみつかり、両側に田んぼがつくられていた。弥生前期末(約2400年前)に洪水の土砂で埋まったとみられ、一帯の水田の広さは約10万平方メートルを超えていたと推定される。
 因みに、弥生前期の大規模な水田跡は服部遺跡(滋賀県、約1万8700平方メートル)や池島・福万寺遺跡(大阪府、約1万8000平方メートル)などで見つかっている。弥生後期(約2000年前)になるとさらに大規模化し、登呂遺跡(静岡県)では約8万平方メートルの水田跡が発見されている。
 弥生時代の水田に詳しい大阪府立狭山池博物館の工楽善通(くらくよしゆき)館長は「稲作が最初に伝わったとされる北部九州でも、これほど大規模な水田跡はみつかっておらず貴重な成果だった。今後は稲作を営んだ人が暮らした集落跡や墓地の発見に期待したい」と話す。
 ◆現地説明会
 現地説明会は11月23日午前10時~午後3時。小雨決行。駐車場あり。
 問い合わせは橿考研(0744・24・1101)へ。

 今日の天気は曇り~晴れ。雪や雨は降らない。
 お庭の壁際で”ヨウシュヤマゴボウ”の実を見つけた。大部分の実は萎びており、ホシブドウの様だ。”ヨウシュヤマゴボウ”は秋に良く目にする雑草だ。果実はぶどうの様に沢山付き、熟した実を潰すと赤紫色の果汁が出る。この汁は強い染料となり、インクベリー(Inkberry)とも呼ばれる。秋には紅葉し、紅葉や果実の付いた枝が綺麗なので花材に使われることがある。
 でも、”ヨウシュヤマゴボウ”は毒草で、毒はアルカロイド(神経ホルモン様)、サポニン(界面活性作用があり細胞膜を破壊)などで、毒性は根が最も強く、果汁には少ないと言われる。もちろん、食べない、果汁も直接皮膚に触れない様に。
 ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)
 別名:アメリカヤマゴボウ
 学名:Phytolacca americana
 ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属
 多年草、丈は2m程になる
 原産地は北米、明治後に雑草化した帰化植物
 開花時期は6月~7月
 熟した実は黒く、ブルーベリーに似る


380万年前の猿人、完全な頭骨見つかり顔を復元

2019-08-29 | 歴史・考古
 アフリカ東部エチオピアで約380万年前の初期人類アウストラロピテクス・アナメンシス(アナメンシス猿人)の頭蓋骨の化石を見つけて顔を復元したと、米クリーブランド自然史博物館などのチームが28日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。
 米クリーブランド自然史博物館のヨハネス・ハイレセラシエ博士らのチームは、エチオピア北部のアファール地域にある荒地で2016年、猿人のほぼ完全な頭骨を見つけた。犬歯やあご、全体の大きさなどから雄の成人とみられ、アナメンシス猿人のものと判断した。この猿人はアウストラロピテクス属の中で最初期に出現した種とされている。人類進化の道筋への理解を進める成果。
 あごが前に突き出し、耳の穴が小さく、脳を収容する空間が細長くて小さい。こうした特徴は700万年前ごろの極めて初期の猿人に近いという。一方、頬骨が前に出ているなど、250万年前ごろの比較的新しい特徴も持っていた。
 この猿人の化石はこれまで約420万~390万年前の時代に見つかっていた。その後、アファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)が進化したと考えられてきた。発見を踏まえ、チームは約390万年前からの約10万年間は、アナメンシス猿人とそこから分岐したアファール猿人が併存したと判断している。
 諏訪元・東京大学総合研究博物館教授(形態人類学)は「アファール猿人と異なる特徴を持つアナメンシス猿人が380万年前に生息していたことは興味深い。猿人の頭骨化石の空白期を埋める大きな発見だ」と指摘している。
 ◆アウストラロピテクス
 アウストラロピテクスは、約400万年前~約200万年前に生存していたアフリカで生まれた初期の人類である。いわゆる華奢型の猿人である。身長・脳容積はチンパンジーとほとんど変わらないが、骨格から二足歩行で直立して歩く能力を持つと考えられている。
 猿人には、420万年前のアウストラロピテクス=アナメンシス、380万年前のアウストラロピテクス=アファレンシス、280万年前のアウストラロピテクス=アフリカヌスなどがある。

 今日の天気は曇り、時々雨、時々晴れ。夕方から雨の予想。
 ワイヤーの塀に”ガガイモ”が絡まり、花が咲き出した。花にはまだ蟻が寄っていない・・これからかな。花は径1cm程で、幾つか纏まっている。星型で、花冠は5深裂しており、内側に白い毛が密生している。花の中心部にはずい柱があり、柱頭は長く花冠から突き出る。
 名(ガガイモ)の由来は不確定だが諸説ある。かがむような低い所に太い茎があるからカガミイモ→ガガイモの説、葉の形が亀(ガガ)の甲羅の様で芋に似た実を付ける→ガガイモになった説、などなど。
 茎・葉は解毒や腫れ物の貼り薬として使われ、茎を切って出る白い乳液はイボや虫刺されに塗られる。白い乳汁が出ることから、別名に「乳草」がある。
 若芽は茹でて油炒め、煮物等の食用ともなり有用な植物と言う。このため、ガガイモは神代の時代からある花として知られる。
 因みに、名に”イモ”とあるが、この草に”芋(いも)”は出来ない。細長いながら地下茎は育つが毒があって食べられない。でも多食しなければ大丈夫・・らしい。根を食べる植物から”イモ”の名が付いたのかな。
 ガガイモ(蘿摩・蘿芋)
 学名:Metaplexis japonica
 ガガイモ科ガガイモ属
 蔓性多年草
 日本、朝鮮半島、中国、ロシアに分布
 開花時期は8月~9月
 果実は紡錘形(10cm位)の袋果で、白毛のある種子が沢山



モンゴル・ゴビ砂漠で恐竜類の集団営巣跡、恐竜は集団で巣を守る

2019-08-18 | 歴史・考古
 筑波大学生命環境系田中康平助教、北海道大学総合博物館小林快次教授、兵庫県立人と自然の博物館久保田克博研究員らの国際研究チームは、モンゴル・ゴビ砂漠東部で恐竜類の集団営巣跡を発見し、獣脚類恐竜の集団での巣作り行動を推定することに成功した。研究チームにはカナダや韓国・モンゴルの研究者も参加した。研究論文は7月5日付で国際科学誌「Geology」に掲載。
 田中助教らは、2011年~2018年の間、計5回にわたってゴビ砂漠の東部にあり、推定8600万~7200万年前のジャブラント層と呼ばれる白亜期後期の地層を発掘調査した。その結果、同一種類とみられる恐竜の集団営巣の跡を見つけた。巣の化石は約300m2の範囲に15個あり、直径約13cmの卵の化石がそれぞれの巣に3~30個確認できた。恐竜の種類は卵殻の構造などからテリジノサウルス類と推定された。
 また、15個の巣のうち9個の巣でひなが殻を割って出た穴がみつかり、卵がふ化した形跡と断定された。巣の配置や卵の化石の状態などから、テリジノサウルス類の親は集団で巣づくりをしていたと推定される。巣全体の中で少なくとも1つの卵がふ化した巣の割合は「営巣成功率」と呼ばれるが、調査結果から営巣成功率は推定60%。こうした高い営巣成功率は、巣を保護する現在のワニ類や鳥類にも見られるが、テリジノサウルス類の親も巣のそばにいて巣を守る行動をしていたようだ。
 テリジノサウルス類は獣脚類恐竜で、体長2~10m。馬のような頭に長い首と大きな胴と前肢にかまのような爪を持ち、鳥類の古い先祖と考えられている。絶滅した恐竜は、鳥類と異なって親が巣の中で卵をふ化させる「抱卵(ほうらん)」をしなかったとみられているが、集団で営巣する際に巣を守っていたのか不明だった。
 今回の研究成果は、現在の鳥類に見られる集団営巣時の親の行動が、抱卵しない恐竜類にまでさかのぼることを示している。研究グループは、恐竜が鳥類に進化する過程でまず集団での子育てのための保護行動をして、その後に抱卵行動をするようになったとみている。今後の研究により、恐竜から鳥類に進化する過程で生態や行動がどのように変わっていったか解明できると期待される。
 ◆テリジノサウルス類
 テリジノサウルス(Therizinosaurus)は、中生代白亜紀後期 (約7,000万年前)にモンゴルに生息していた恐竜の一種。名前は「刈り取りをする爬虫類」を意味し、前肢の巨大なツメを“刈り取り用の大鎌”に見立てた命名である。
 因みに種小名のcheloniformisは「カメのような姿の」と言う意味で、後述の前脚化石と共に幅広の肋骨化石が見つかり、カメのような姿に復元された事に由来する。推定全長8~11m。「テリズィノサウルス」、「ティリジノサウルス」とも呼ばれる。

 今日は朝から晴れ。雲が少ない、快晴だ。気温は最高気温33℃、今日も暑い。
 近くの園芸店に行ったら、道路向いのお家の庭に赤い果実が沢山生っている。”ヒメリンゴ”の果実だ。果実だけでなく、数輪花が咲いている。果実は小さなリンゴ似(径1cm~2cm位)で、赤・黄色となるのは秋、・・でもこの木の果実は赤い。
 ”ヒメリンゴ”の祖には諸説がある。説:中国原産の犬林檎(いぬりんご)の別名、説:犬林檎と蝦夷の小林檎(えぞのこりんご)の雑種などがある。
 ヒメリンゴ(姫林檎)
 別名:犬林檎(いぬりんご)、実海棠(みかいどう)
 学名:Malus × cerasifera
 バラ科リンゴ属
 耐寒性落葉小高木
 開花時期は4月~5月(桜より遅れる)
 花は5弁花、花色は最初薄桃で満開時に白色となる
 果実は小さなリンゴ似(径1cm~2cm位)で、秋に赤・黄色となる
 果実の観賞期は10月~11月


Y染色体の遺伝子系図解析から縄文時代後期晩期に急激な人口減少あった

2019-07-04 | 歴史・考古
 縄文時代の終わりに急激な人口減少があった。約2500年前の興味深い現象を東京大学の研究グループが現代の日本人男性のDNA解析から明らかにした(6月17日発表)。
 東京大学大学院理学系研究科の渡部裕介大学院生と大橋順准教授らのグループは、東京大学大学院医学系研究科の徳永勝士教授(研究当時)らのグループと共同で、日本人男性345名のY染色体の全塩基配列決定と変異解析を行った。他の東アジア人のY染色体データと併せて系統解析をすると、縄文人に由来するY染色体の系統が同定された。縄文人由来Y染色体の遺伝子系図(共通祖先から現在に至るまでの分岐過程)を推定したところ、縄文時代晩期から弥生時代にかけて人口が急激に減少したことが示された。縄文時代晩期は世界的に寒冷化した時期であり、気温が下がったことで食料供給量が減ったことが、急激な人口減少の要因の一つではないかと思われる。研究成果はこのほど英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載された。
 縄文人は、狩猟採集を生業としながらも定住生活を行い、非常に高い人口密度を達成した世界的にも注目される集団である。発見された遺跡数やその規模等をもとに、縄文時代の人口は縄文時代後期・晩期にかけて急減し、弥生時代に入って急増したと推定されている(Koyama. 1979, Senri Ethnological Studies)。しかし、遺跡の発見はそのロケーション等に依存しており、遺跡が無いのか(人口が少なかったのか)、それとも発見できていないのかを判断することは難しい。
 研究グループは、日本人男性345名のY染色体の全塩基配列決定と変異解析を行った。常染色体と異なりY染色体は組換えを受けないため、塩基配列の違いをもとにY染色体の系統を区別することができる。そこで、日本人男性345名のY染色体の系統解析を行ったところ、日本人のY染色体は7つの系統に分かれることが示された。さらに、韓国人・中国人を含む他の東アジア人を併せて解析した結果、日本人で35%の頻度でみられる系統1は、他の東アジア人集団ではほとんど観察されないことが示された。
 系統1に属する日本人Y染色体の変異を詳細に解析したところ、系統1はYAPという特徴的な変異をもつY染色体ハプログループD1bに対応していることが示された。YAP変異は、形態学的に縄文人と近縁と考えられているアイヌ人において80%以上という高い頻度で観察されることが知られている。渡来系弥生人の主な母体である韓国人集団や中国人集団には系統1に属するY染色体が観察されなかったことも踏まえると、系統1のY染色体は縄文人に由来すると結論できる。ちなみに、同一検体のミトコンドリアDNAの系統解析も行ったが、明らかに縄文人由来と想定されるような系統は存在しなかった。
 次に、系統1に含まれた122人の縄文人由来Y染色体を対象に遺伝子系図解析を行ったところ、縄文時代晩期から弥生時代にかけて、人口が急減した後、急増したことが示された。なお、本研究はY染色体を対象としており、厳密には男性の集団サイズの変化を推定したことになるが、男性の数のみが変化したとは考えにくいため、女性の集団サイズも同様の変化を示したと思われる。
 縄文時代晩期は世界的に寒冷化した時期であり、気温が下がったことで食料供給量が減ったことが、急激な人口減少の要因の一つではないかと思われる。また、その後人口が増加したのは、渡来系弥生人がもたらした水田稲作技術によって、安定した食料供給が可能になったためと考えられる。
 本研究では、現代日本人のY染色体データをもとに縄文時代の人口の変化を推定した。現代日本人のゲノムデータを調べることで、その由来も含めて不明な点が多い縄文人の歴史、ひいては日本人の形成過程が解き明かされると期待される。本研究は、混血した集団の祖先集団における人口の変化を推定する良いケーススタディであり、本研究がとったアプローチは日本人のみならず他の集団の解析にも役立つことが期待される。
 ◆用語解説
 〇Y染色体
 男性がもつ性染色体の一つであり、性別決定に重要なSRY遺伝子を含む。父性遺伝するため、集団遺伝学的研究ではY染色体の系統は父系を反映する遺伝マーカーとして利用される。
 〇系統解析
 塩基配列またはアミノ酸配列を比較し、配列間の進化的関係(分岐のパタン)を調べる統計学的手法。
 〇YAP
 Y-chromosome Alu Polymorphismの略。Y染色体の長腕部にある約300塩基からなるAlu配列の挿入変異。アフリカ人集団にも観察されることから、アジア人の祖先がアフリカを出る前に誕生した変異と考えられている。
 〇 Y染色体ハプログループD1b
 Y染色体上の多型サイトの組合せによって分類される系統をハプログループといい、YAP変異をもつハプログループDの下位系統の1つ。
 〇ミトコンドリアDNA
 細胞小器官であるミトコンドリア内にあるDNA。母性遺伝するため、集団遺伝学的研究では、ミトコンドリアDNAの系統は母系を反映する遺伝マーカーとして利用される。
 〇遺伝子系図解析
 全ての生物において、親の遺伝子が複製されたコピーが子どもに伝わる。したがって、時間を遡って遺伝子コピーの親を辿っていくと、最終的に一つの共通祖先遺伝子に到達する。この過程を表現したものを遺伝子系図といい、遺伝子系図からその集団の人口の変化を推測することができる。
 ★縄文時代の温暖化・寒冷化
  (参考文献:人口から読む日本の歴史 著者:鬼頭宏)
 縄文時代の気候
 約6000年前から温暖となるが約4500年前に寒冷化し始め、約2500年前には現在の気温より1℃以上低くなった。この気候変動は海面の上昇・下降となり、「縄文海進・海退」となって現れた。
 縄文・弥生時代の人口
  時代   期間(B.C)    人口(万人)
 縄文草創期 10,000~8,000年
 縄文早期   8,000~4,000年    2
 縄文前期   4,000~3,000年   11
 縄文中期   3,000~2,000年   26  温暖化
 縄文後期   2,000~1,000年   16  寒冷化
 縄文晩期   1,000~500年     8
 弥生時代   ~AD3世紀中頃   60  稲作の普及

 朝は土砂降りの雨、次第に止み、昼頃には晴れ間が見える。
 近所の畑の近くで、色とりどりの幟の様に花が咲いている”タチアオイ”が林立している。草丈は人の背より高いのもあり、チョットした花の壁となっている。この花は、古くから夏の花の一つとして親しまれており、最もポピュラーなのは”アルケア・ロセア”という品種で、古くに伝来し漢方薬として使われていた、と言われる。
 花弁の根元が粘着質である。小さい頃の思い出に、この花の花びらをニワトリのトサカに見立てて鼻に付けて遊んだ記憶がある。・・コケコッコ花と呼ばれる(北海道や東北で)。
 タチアオイ(立葵)
 アオイ科アルテア属(タチアオイ属)
 学名:Althaea rosea
 別名:唐葵(からあおい)、梅雨葵(つゆあおい)、ホリホック(園芸種)
   平安時代は「唐葵」と呼ばれ、江戸時代から「立葵」と呼ばれる
 多年草、1~2年草(扱い)
 丈は1.5m~2m、長く真っ直ぐに伸びた花茎に沿ってアオイに似た花が咲く
 開花時期は6月~8月
 花は一重、八重もある
 花径は10cm前後、花色は赤・黄・白・紫・桃と様々


シベリアの永久凍土から3万年前のホラアナライオンの赤ちゃんを発見

2019-06-05 | 歴史・考古
 東京慈恵会医大の鈴木直樹客員教授とロシア科学アカデミーなどのチームは、北東シベリアの永久凍土の中から約3万年前のオオカミの頭部を発見したと発表した(6月3日)。
 鈴木客員教授によると、ホラアナライオンは昨年7月、シベリア北東部のサハ共和国で見つかった。体長約40cm、体重約800gで、生まれたばかりのメスの赤ちゃんとみられる。年代測定の結果、生息していたのは約3万年前で、コンピューター断層撮影装置(CT)での分析から、筋肉のほか、脳や肺、心臓などの臓器も残っていることがわかった。
 同研究チームは、2015年と2017年にも、シベリアで計3頭のホラアナライオンを発見している。今回の個体はさらに保存状態が良く、臓器まではっきり確認できたのは初めてという。鈴木客員教授は「今後、現在のライオンとの比較や成長過程の推定、DNAの解読も試みたい」と話す。
 このほか、近くの永久凍土から、約3万年前のものとみられるオオカミの頭部も見つかった。こちらも極めて保存状態が良く、筋肉や脳などが残った古代のオオカミが発見されたのは初めてという。
 因みに、ホラアナライオンは約1万年前に絶滅したとされる。

 今日の天気は晴れ。夕方に雨の予想。早朝の畑作業は、ズッキーニの受粉作業、土おこしん、雑草取り。
 歩道の横に広がる空き地に””ニワゼキショウ”の小さな花が咲いている。花は、径1.0cm前後と小さい。花茎先端に咲き、花被片は6枚で先端は尖り、筒状の花中心部と葯の色は黄色。
 名(ニワゼキショウ:庭石菖)の由来は、庭に良く生え、葉がサトイモ科の石菖(せきしょう)に似ているから、と言う。
 ニワゼキショウ(庭石菖)
 別名:南京文目(なんきんあやめ)
 アヤメ科ニワゼキショウ属
 学名:Sisyrinchium rosulatum
 多年草(草丈は10cm~20cm)
 原産地は北米南東部(テキサス州等) 、明治初め(1890年頃)に渡来
 開花時期:5月~6月
 花色:紅紫・白、六弁花(6個の花被片の花)
 両性花で、雄しべは3本、雌しべ花柱先端は糸状に3裂
 花は受精すると、一日で萎む(一日花)


下鈎遺跡で、弥生時代の青銅品がリング状分銅「環権」である可能性が高い

2019-05-24 | 歴史・考古
 滋賀県栗東(りっとう)市の市教育委員会が5月23日発表した、「栗東市の弥生時代の集落跡である下鈎(しもまがり)遺跡で20年前に出土したものの、用途が分からず、「銅環(どうかん)」と仮称されてきた青銅製のリング(弥生時代後期後半;2世紀後半)がある。これがてんびんを使って重さを量る「環権(かんけん)」と呼ばれる分銅だった可能性の高いことが分かった」。青銅製環権は中国や韓国では墓に副葬された例があるが国内で見つかるのは初めて。
 下鈎の青銅品は1999年に見つかり、腕輪の「銅釧(どうくしろ)」としては大きすぎるため、用途は不明だった。福岡大研究員だった輪内遼さん(佐賀県嬉野市職員)らが2017年ごろから調査し、韓国南部の茶戸里遺跡1号墓(紀元前1世紀)で出土した青銅製環権と重さを比較した。青銅品は重さが89.3グラム。茶戸里で出土した最大の環権(22.73グラム)の約4倍に当たるという。これまで見つかっている古代の分銅は質量が2の累乗倍という法則性があり、環権の可能性が高いと判断した。外径12.7cm、内径11.25cmで厚さ0.7cm。平たん面もあり、積み重ねに適した形状。集落跡の川底から弥生後期の土器と出土した。下鈎では中国の前漢鏡(紀元前1世紀ごろ)の破片もあり、鏡とともに弥生中期にもたらされた可能性もあるという。
 輪内さんは「大陸から計量技術とともに伝わってきたとみられる。今回は単独での出土だが、ほかの重さの環権が国内で見つかる可能性は高い」としている。
 下鈎遺跡では青銅器や祭祀に使う赤色顔料「朱」を生産しており、市教委は「中国か朝鮮半島からの渡来品と考えられる。他地域との交易や、青銅の配合、朱の計量など精密な計量に用いたのだろう」としており、弥生時代に度量衡制度が伝わっていたことを示す史料として注目されそうだ。

 天気は晴れ。最高気温28℃と夏日となった。
  ◆日最高気温によって、夏日、真夏日、猛暑日と日最高気温によって決められる。
  最高気温が25℃を超えた日を夏日、30℃を超えた日を真夏日、35℃を超えた日を猛暑日と言い夏の暑さの目安としている。
 暑い日に見つけた”シラー”の花。小さな花に囲まれて咲きだした。シラーは属名(ユリ科シラー属)で、およそ80種程と沢山の種類がある。中でも、良く見られるのが星型の花を沢山付ける”シラー・ペルビアナ(学名:Scilla peruviana)”で、これをシラー(又は、スキラ)と呼ぶことがある。和名は”大蔓穂(おおつるぼ)”だが、”シラー”の名が知られている・・らしい。
 小さな花が花茎の先端にまとまり、花色は濃い青紫色。葉は線形や帯状で地際から出ている。因みに、地下茎部分が有毒、と言う。
 シラー(シラー・ペルビアナ)
 別名:大蔓穂(おおつるぼ)
 英名:Cuban lily、Peruvian lily
 学名:Scilla peruviana
 ユリ科ツルボ属(シラー属またはスキラ属)
 秋植え球根
 原産地はポルトガルなど
 日本へは明治中期に観賞用として渡来
 開花時期は4月~6月
 花色は濃い青紫色や白色



奈良・纏向遺跡の”桃の種”、 年代は卑弥呼の時代と重なる

2018-05-15 | 歴史・考古
 奈良県桜井市の纒向遺跡で出土した桃の種について、放射性炭素(14C)年代測定を実施したところ、西暦135年~230年とみられることが分かった。邪馬台国の有力候補地とされる市纒向学研究センターの最新紀要「纒向学研究第6号」で報告された。
 種は遺跡の中枢部とみられる大型建物跡(3世紀前半)の近くで出土したもの。センターによれば、桃の種は2010年に大型建物跡(南北19.2メートル、東西12.4メートル)の南約5メートルにある穴から約2800個みつかった。祭祀(さいし)で使われた後に捨てられた可能性などが指摘されている。
 中村俊夫・名古屋大学名誉教授と、近藤玲(りょう)・徳島県教育委員会社会教育主事が、それぞれ加速器質量分析(AMS)による放射性炭素年代測定を実施した。中村さんは15個を測定し、数値の読み取れなかった3個を除いた12個について、135年~230年と分析した。近藤さんも桃の種2個で同様の結果が出たほか、土器に付着した炭化物やウリの種も分析し、100年~250年の範囲に収まる可能性が高いとした。
 邪馬台国の所在地をめぐっては、主に九州説と近畿説がある。九州説を主張する高島忠平・佐賀女子短大元学長(考古学)は「放射性炭素のデータが建物の実年代を指しているのかどうかは、まだ確実とは言えない。仮に正しい年代としても邪馬台国とは別の連合勢力がヤマトにいた、ということにしかならないのではないか」と言う。
 ◆纒向(まきむく)遺跡
 奈良県桜井市の三輪山西部に広がる東西約2キロ、南北約1.5キロの巨大集落跡。3世紀初め(弥生時代末期)~4世紀初め(古墳時代前期)に出現した。
 邪馬台国の有力候補地で、大和王権発祥の地とされる。卑弥呼(ひみこ)の墓との説がある箸墓(はしはか)古墳など最古級の前方後円墳6基が集中している。
 関東から九州まで各地の土器が出土し、運河が縦横に走るなど都市機能を備えていた。
 ◆邪馬台国
 中国の歴史書「魏志倭人伝」に記録。その時代は卑弥呼(ひみこ)が倭(日本)王に共立され、死去するまでの2世紀末~3世紀前半とされる。
 ◆炭素同位体の含有量
 自然界ではほとんどの炭素が12Cであり、宇宙線で生成された14Cは、極めて微量である。
 また、放射性元素は宇宙線で作られるので、照射量が変動すると元素量も変動する。
  炭素同位体    存在比
   12C       98.90%
   13C       1.10%
   14C(放射性)  約1兆分の1
 樹木年輪に記録される14C
 生成された14Cは大気中の酸素と結合して二酸化炭素となり、安定な炭素同位体(12C、13C)の二酸化炭素とともに地球大気内を循環する。二酸化炭素の一部は光合成により植物に取り込まれる。毎年形成される樹木年輪にその年に生成された14C濃度が記録・保存されることになる。
 14Cは、約5730年の半減期でβ崩壊をして減じていく。これを利用して試料中の炭素同位体12/14比から年代を推定することができる。測定限界が元の約1/1000である場合、約6万年前が炭素14法の理論的限界になる。

 朝から晴れ。
 Kさんのお庭の前を通ったら、Kさんが庭の手入れをしていた。声を掛けたら、「花が咲いているよ」との返事。
 お庭を見たら、可愛いお花が咲いている。松葉のような細い葉、長い花茎を立ち上げ、その先端に小さな花が纏まる集合花。・・花の姿がカンザシ(簪)に似ている。名は”マツバカンザシ(松葉簪)”とか”ハマカンザシ(浜簪)”と呼ばれる。ヨーロッパでは海岸に自生、英名は”アルメニア”、アルメリアはスペインの地中海岸のある都市。
 アルメリア
 別名:マツバカンザシ(松葉簪)、ハマカンザシ(浜簪)
 学名:Armeria maritima
 イソマツ科アルメリア属
 耐寒性常緑多年草
 原産地は中部ヨーロッパ(地中海沿岸)・北米
   日本には明治の中頃渡来、園芸種が多い
 開花時期は2月~5月
 長い花茎に頭状の花、芳香のあるピンク・白の5弁花が密集


遺跡から出土した臼歯のDNA情報から縄文人の顔を復元

2018-05-13 | 歴史・考古
 国立科学博物館は、約3800年前の縄文時代人の全ゲノム解析を行い、現代人と同じレベルで解析されたDNA情報から、顔の表現型に関係する遺伝子情報に基づいた縄文時代人女性の復顔像の作成に成功したと発表した(3月13日)。復元された顔は、同館特別展「人体-神秘への挑戦-」6月17日まで一般公開される。
 本成果は、国立科学博物館と金沢大学・山梨大学・国立遺伝学研究所の共同研究グループによるもの。
 復元されたのは1989年に北海道・礼文島の船泊(ふなどまり)遺跡から出土した、約3800年前の40代と推定される縄文人の女性。研究チームが臼歯約0.2グラムから抽出したDNAを分析し、全ゲノムを解析した。肌や瞳の色など顔の特徴は、ゲノムに含まれる遺伝子9個から得られ、顔の表現型に関する遺伝子の解析に成功した。
 これより、
 肌の色は濃く、シミができやすい
 毛髪は細くちぢれている
 瞳の色は明るい茶色
 その情報を従来の骨の形などを利用した復元方法に加え、より正確に女性の顔を復元した。
 ほかに、全ゲノムから、
 この縄文人女性は血液型がA型である
 アルコール分解酵素を持っている ことも分かった
 チームを主導した同館の篠田謙一副館長は「ほんの数グラムというわずかな骨からでも、DNAさえあれば古代人の顔の復元が可能となった。標本を見て、現在のゲノム研究のレベルを実感してほしい」と話している。

 散歩道で、塀越しの”ベニバナトキワマンサク”の木の花を見る。冬でも落葉しない樹で、葉は赤紫色、花は紅色の細い紐状。早春の”マンサク”の花は黄色の細い紐状、この花は紅色の細い紐状、良く似ている。でも”マンサク”はマンサク科マンサク属で、”トキワマンサク”はマンサク科トキワマンサク属と属が異なる。”ベニバナトキワマンサク”は”トキワマンサク”の変種。
 ベニバナトキワマンサク(紅花常盤万作)
 別名:赤花常盤万作(あかばなときわまんさく)
 マンサク科トキワマンサク属(ロロペタルム属)
 耐寒性常緑小高木
 原産地は日本、中国南東部、インド北東部
 マンサク科トキワマンサク属の 「トキワマンサク(常盤万作)」の変種の紅花品種
 開花時期は4月~5月
 トキワマンサクは白花、ベニバナトキワマンサクは赤花


ネアンデルタール人はホモ・サピエンスより小脳が小さい

2018-05-08 | 歴史・考古
 慶應義塾大学理工学部の荻原直道教授、名古屋大学大学院情報学研究科の田邊宏樹教授を中心とする研究グループは、旧人ネアンデルタール(Neanderthal)人と新人ホモ・サピエンス(Homo sapiens)の化石頭骨の中に収まっていた脳の形態を、数理工学的手法に基づいて精密に復元する方法を開発し、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの脳形態の違いについて検討した。解析の結果、脳全体のサイズには大きな違いはないが、ネアンデルタール人の小脳は、その時代のホモ・サピエンスと比較して相対的に小さいことを世界で初めて明らかにした。研究成果は4月26日に英国科学誌「Scientific Reports」に掲載された。
 旧人・新人の学習能力差を、学習行動を司る神経基盤の形態差に基づいて比較解剖学的に検証するためには、化石頭蓋とその脳鋳型を精密に復元する必要がある。研究では、化石頭蓋とその脳鋳型を精密に復元する手法が開発された。
 研究では、ネアンデルタール人4個体と初期現生人類4個体の化石頭蓋骨の空洞の形状と大きさをモデル化するために、仮想の鋳型を使用した。次に、現代人1200人近くのMRIスキャンデータを使用して「平均的な」人間の脳をモデル化し、この平均的な脳モデルを古代人の頭蓋骨内にぴったり収まるよう「変形」させた。これにより、脳がどのような形状だったのか、またネアンデルタール人と現生人類との間で個々の脳部位がどのように異なっていたかを推定することが可能になった。
 小脳は、基本的に、運動機能に関わる部位と考えられている。研究グループは、小脳の相対容量が、言語生成や理解、ワーキングメモリ、認知的柔軟性などの高度な認知能力・社会能力とも関係することを現代人のデータを用いて明らかにした。近い近縁関係にあり、一時期共存したネアンデルタール人とホモ・サピエンスだが、両者の間には脳形態に違いがあり、その違いが環境に適応する能力の差を生み出した結果、両者の命運を分ける要因となったと考えられる。
 ◆ネアンデルタール人
 ネアンデルタール人は約20万年前に欧州・中央アジア・中東に出現した。アフリカを出た現生人類がこれらの地域に到達したのとほぼ同時期の約3万年前に姿を消した。
 ネアンデルタール人と現生人類は短期間共存し、交配した。そのためアフリカ系以外の現代人はネアンデルタール人由来のDNAを約1.5~2.1%保有している。

 買物団地にはお庭(植栽地)があり、草花などが植えられている。今時分に咲いている花に、”シロシタン”がある。”シロシタン”は”ベニシタン”の花が白色の枝変わり品種だと言われる。両者の違いは花の色と花の開き方で、”シロシタン”は花色が白色で花は大きく開き、”ベニシタン”は花色が紅色で花は全開せず少し蕾んだ状態である。秋には”シロシタン”も”ベニシタン”も同じ小さな赤い実となる。
 バラ科コトネアステル属にも園芸植物が色々ある。その中で良く普及しているのは”ベニシタン”なので、ベニシタンをコトネアスターと呼ぶことがある。
 シロシタン(白紫壇)
   ベニシタン(紅紫壇)の枝変わり品種
 学名:Cotoneaster horizontalis
 バラ科コトネアスター属(シャリントウ属)
 常緑小低木
  関東以北では紅葉・落葉する
  枝は地上を水平に這うように伸びる
 原産地は中国西部の山岳地帯
  日本には大正時代~昭和初期に渡来
 開花時期:5月~6月
 葉脈に花を開き、秋に枝一面の小果(径5mm程)が赤く熟す
 花色は紅色(ベニシタン)、白色(シロシタン)


高緯度の寒い地域にも恐竜がおり、卵をかえしていた

2018-03-29 | 歴史・考古
 恐竜は今から6600万年ほど前に滅びた。巨大な隕石が地球に衝突したことが原因とされている。滅びたから、恐竜の生態を生きた状態で観察することはできない。だから、謎が多い。
 大きな謎のひとつは、かなり高緯度の寒い地域にも恐竜がいて、卵をかえしていたらしい。北極圏のシベリアで、卵の化石が見つかっている。そんな寒い気候の地域では、卵が冷えて死んでしまう。暖かい地域の恐竜と、卵のかえし方にも、なにか違いがある・・はずだ。
 名古屋大学博物館で研究している日本学術振興会特別研究員の田中康平さんらの国際研究グループは、ワニや、親鳥が抱卵しないツカツクリという鳥の仲間に関するこれまでの研究を調べた。ここで得られた現在のワニや鳥についての結果を、これまでに見つかっている恐竜の巣の化石に当てはめ、恐竜が自分の子を残す繁栄戦略の謎に迫った。
 今回の研究で推定された、恐竜が卵を温める方法
  竜脚形類     太陽光熱   温暖地域でのみ利用可能
           地熱     極域でも利用可能
           植物の発酵熱 極域でも利用可能
  ハドロサウルス類 植物の発酵熱 極域でも利用可能
  鳥類に近縁な恐竜 親の抱卵   極域でも利用可能
 ○植物の発酵熱
 土に有機物が交じっていると、発酵して熱が出る。田中さんらが調べたところ、この発酵熱を使うタイプの巣の温度は、平均すると周囲の気温より7.3度も高かった。
 ○地熱
 地中に穴を掘って埋める砂タイプの巣には、太陽熱や地熱を利用して温度を上げるものが多く、太陽熱を利用する場合だと、気温より平均で3.9度高かった。

 今日は暖かい。晴れて最高気温20℃超えとか。桜の開花が早まるかな。
 マンション横の庭で紅白の”ウメ”が満開だ。白花は一重、紅花は八重。
 ”ウメ”が満開となると、桜(吉野桜)も直に咲く。”ウメ”と”サクラ”、花見は良いね。
 奈良時代に「花」と言えば梅(の花)。別名も、風待草(かぜまちぐさ)・好文木(こうぶんぼく)・春告草(はるつげぐさ)・・などと多い。平安時代中頃から、梅より桜(の花)が好まれるようになり、江戸時代以降は花といえば「桜」となる。
 ウメ(梅)
  梅の果実も梅と言う
 学名:Prunus mume
 バラ科サクラ属、落葉高木
 原産地は中国、奈良時代の遣隋使か遣唐使が持って来たと言う
 開花時期は1月~4月
 種類により開花期が異なる
 梅には300種以上の品種があり、野梅系・紅梅系・豊後系の3系統に分類される


39.5億年前の堆積岩から最古の生命痕跡を発見

2017-09-28 | 歴史・考古
 東京大の研究チームは、約39億5000万年前に生命が存在したことを示す痕跡をカナダで発見したと発表した(9月27日)。世界最古の生命の痕跡となる可能性がある。論文が英科学誌「ネイチャー」に掲載される。
 生命の痕跡を発見したのはカナダ東部のラブラドル半島にある39億5000万年前の堆積岩である。東大・小宮剛准教授(地質学)らのチームは、海底に砂や泥などが積み重なってできた約39億5000万年前とみられる岩石中の炭素の割合を分析した。この同位体を調べたところ、2種ある同位体のうち、生物が炭素を取り込むときに選ぶ炭素が、ほかの炭素よりも多く含まれていた。
 論文では、「炭素は当時の海底に降り積もった生物由来のものであると言え、地球上の初期の生命が活動していた証拠の可能性がある」としている。
 地球は約46億年前に誕生し、少なくとも42億年前に海が誕生したとされる。これまで見つかっている最古の痕跡は約38億年前で、今回の発見により、1億年以上さかのぼることになる。
 ◆炭素の同位体
 炭素の同位体には、炭素8から炭素22まで15種類(人工・自然)が知られており、そのうち2種類(C12:炭素12とC13:炭素13)が安定である。放射性同位体であるC:炭素14は長寿命で、半減期は5700年である。
 炭素12(C12)は、炭素全体の約98.89%と最も豊富に存在する炭素の安定同位体である。炭素13(C13)は、天然に存在する炭素の安定同位体で、地球上の全炭素の約1.1%を占める。
 質量分析を用いた代謝経路の解析では、炭素13を多く含んだ物質が用いられる。

 朝から雨。夕方には止む予想。気温は高くなく、最高気温が20℃以下とか。少し寒くなってきた。
 近所(歩くには少し遠い)の住宅地で、塀から顔を出した”ホトトギス”の花。茎の先に花が咲いている。ホトトギス(ホトトギス属)には幾つもの種があり、東アジア(日本・台湾・朝鮮半島)では19種が確認され、うち日本では 12種(13種説あり)が確認されていると言う。良く見かけるのは、タイワンホトトギス(台湾杜鵑)らしい。
 鳥のホトトギスは「不如帰」と書き、植物のホトトギスは「杜鵑草 、杜鵑」と書く。名(ホトトギス:杜鵑草)の由来は、花弁(はなびら)の斑点が鳥のホトトギスの胸の模様に似ているから、と言う。
 ホトトギス(杜鵑草、杜鵑)
 ユリ科ホトトギス属
 夏緑性多年草、雌雄同花
 原産地は日本・東アジア
 開花時期は8月~11月
 花は径数cm程で、上向きに咲き、花弁は6枚
 花弁の白地に濃紫の斑点が特徴的
 斑の入らない(純白)もの、紫色単色・黄色のものなどがある


白亜紀後期(9900万年前)の地層からの琥珀に花が見つかる

2017-08-22 | 歴史・考古
 米国のオレゴン州立大学の研究チームが専門誌(電子版)に発見論文を発表した。
 ミャンマーの白亜紀後期(約9900万年前)の地層から見つかった琥珀(こはく)に、森林で咲いていたとみられる花が見つかった。花びらのように見える五つの萼片(がくへん)を広げている。花は新種で、大きさは3~5mm程。五つの萼片があることから、「ペンタプテラ:五つの翼」が学名の一部につけられた。
 ◆琥珀(こはく、英: Amber)
 コハクは天然樹脂の化石であり、宝石でもある。色は、黄色を帯びたあめ色のものが多い。
 鉱物ではないが、硬度(モース硬度2~2.5)は鉱物に匹敵する。密度は1.05~1.096(g/cm3)。
 琥珀は大昔の松ヤニなどの樹脂が化石になったものであり、生きていた虫や花などが閉じ込められていることがある。
 主成分は高分子のイソプレノイド。これは、樹液に含まれるテルペンが天然樹脂やその化石となる過程の高温・高圧の下で、酸化、蒸発、重合などの化学変化を起こし、その結果として生じた重合体。

 今日は曇、時々晴れ、時々小雨。最高気温30℃と暫くぶりの暑さ。
 近所の空地は雑草でジャングル状態。雑草を踏み分けて歩く、見つけた、黄色の花の”キンミズヒキ”。細長い細茎に沿って黄色の小さな五弁花が付いている。茎の上半分は花が付き、根本の下半分には実が沢山付いている。この果実の表面には鍵形の棘があり、小動物や衣類などに付着するので、ヒッツキグサ(引っ付き草)とも呼ばれる。
 名(キンミズヒキ:金水引)の由来は、草姿がミズヒキ(水引、タデ科タデ属)似ており、花の様子が黄金色の金糸に見えるからと言う。
 キンミズヒキ(金水引)
 別名:龍牙草(りゅうげそう)、仙鶴草(せんかくそう)
    引っ付き草
 英名:Hairy Agrimony
 バラ科キンミズヒキ属
 多年草
 原産地はアジア、日本など
 開花時期は7月~10月
 花は径数mm~10mm程、黄色の5弁花で細長い花穂に沢山付く
 花後に果実ができる
 果実は宿存咢の内側にでき、咢の縁には内側に曲がった刺毛があり、この刺毛が衣類などに附着する


ホモ・サピエンスの骨発見、30万年前と通説より古い?

2017-06-10 | 歴史・考古
 独マックス・プランク進化人類学研究所などの研究チームが、「アフリカ北部のモロッコで、約30万年前のものとみられる初期の現生人類ホモ・サピエンスの骨を発見した」。6月8日、英科学誌ネイチャーで発表した。
 研究チームは、モロッコにあるジェベル・イルード遺跡で、頭骨の一部や上顎などを見つけた。目の周りや上あごなどの形が現代人と似ているが、脳を包む部分の形は異なっており、初期のホモ・サピエンスのものと考えられる、と言う。同じ地層から見つかった石器や以前発掘された歯の年代測定すると、約30万年前のものと見られる。このほか、アフリカ南部でも、26万年前とされる初期ホモ・サピエンスとみられる化石が見つかっている。研究チームは「進化はアフリカ東部に限らず、全土で徐々に進んだ可能性がある」と結論づけている。
 ホモ・サピエンスは、旧人ホモ・ハイデルベルゲンシスなどから進化したと考えられている。アフリカ東部のエチオピアで、19万5千年前の化石が発見されており、この頃にアフリカ東部で出現したとする説が有力だ。
 松浦秀治・お茶の水女子大名誉教授(先史人類学)によると、「今回の発見は、現生人類の起源につながる最古級の化石にあたる。ただ、約30万年前という年代値の算出には不確な要素が多く、20万年前から35万年前くらいの間で動く可能性がある」としている。
 ◆ホモ・サピエンス(英語: Homo sapiens、ラテン語で「賢い人間」を意味する)
 ホモ・サピエンスは、現生人類の属する種の学名。ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)などのすでに絶滅した多くの旧人類もこれに含める。ヒト属の唯一の現存種である。

 朝は晴れ。昼頃より雲が多くなる。夕方から強い雨が予想。
 畑で紅い花弁が鮮やかな”ツバメスイセン”の花が咲いている。花の径は15cm程の大きさ。昨年には2輪咲いた、今年も2輪は咲きそうだ。一昨年に植えた球根で、一冬・二冬の越冬でヤット咲いた・・とても嬉しい。
 ”ツバメスイセン(燕水仙)”は水仙と名前が付いているが、ヒガンバナ科スイセン属ではなく、ヒガンバナ科スプレケリア属である。名(ツバメスイセン:燕水仙)の由来は、花の形がツバメの様に見えるから。原産地はメキシコなどで、日本には明治初期に渡来した。
 ツバメスイセン(燕水仙)
 別:ツバメアマリリス
   スプレケリア・フォルモシッシマ
 学名:Sprekelia formosissima
 ヒガンバナ科スプレケリア属
 球根植物
 開花時期は5月~6月
 花茎1本に着く花は一つ(単頂花序)
 花被片は6枚で、反り返っている
 花被片配列は等角でなく、下側3枚は重なり合って間隔が狭い
 花色は紅色