6月21~25日、久しぶりに千葉県の家に帰省しました。
正確には週末は家で過ごし、24、25日の2日間は東京の得意先を訪問する仕事の予定でした。
予定だったというのは、その通りにならなかったという事です。
東京での仕事はすべてキャンセルした挙句、
もう1日延長して26日の昼まで千葉県の家にいました。
21日の深夜に帰省し、22日土曜日は奥さんと二人で筑波山へ。
別にタナゴ釣り道具を持って霞ヶ浦に寄ろうとか、
邪な考えで行ったわけではありません。
暑くなりそうだったので少し標高の高いところに行こう、と。
道路状況や混雑具合から考えて、筑波山あたりが妥当かな、と。
今回はロープウェイで登ることにしました。
ちなみに筑波山は3回目で、
3回目の今回は夫婦でロープウェイというわけです。
筑波山と言えばけんちんそばとけんちんうどん、というイメージ。
というわけで昼ごはんはけんちんそばをチョイス。
ロープウェイは筑波山最高峰の女体山のすぐ下まで行っているので、
あっという間に頂上へ。
でも、凄い人でした。
写真撮影の順番列ができていて、少し怖い岩の上での撮影になるので、
全然進まず、奥さんは写真要らないというので、
今回は写真無し。
前回写真撮っているからいいかな、と。
これは登山道にあるガマ石。確かにガマガエルに見えなくもない。
金運、出世のパワースポットだそうです。
眼下には良く走り回った霞ヶ浦が見えますし、
3度目ともなれば慣れたものです。
ちなみに今回は登山に適した靴ではなかったので、
急斜面を登らなければいけない男体山には登りませんでした。
思ったよりも時間がかかったので、
予定していた日帰り温泉はパスして帰宅。
こゆきと散歩して、夕食を摂り、
夜の22:00近くになって庭でこゆきと遊んでいたら、
暗がりで柵に足を引っ掛け、転びそうになって、
慌てて体制を崩しながらかかとをついて耐えようとしました。
ぐっちゃんは以前より足の裏の筋繊維が炎症を起こして痛む、
「足底筋膜炎」をちょくちょく起こすのですが、
このところその症状は右足のかかとに出ていました。
そこに全体重を預けて、変な格好でかかとを地面に打ち付けるような形になりました。
「ズキンッ!」
なんてもんじゃありませんでした。
「グシャッ!」
とかかとが崩壊したような感覚と共に、超激痛が襲いました。
そこからが大変。
立とうにも歩こうにも、かかとに少しでも体重を乗せると激痛!
何かにつかまって片足で歩くしかできない、最悪の状態になりました。
翌23日の日曜日は、予定をすべて変更して、
日曜日でも診察してくれる整形外科病院へ。
レントゲンの結果骨は折れたりしていなかったのですが、
前述の足底筋膜炎が長く続いたことによって、
かかとの骨に骨棘ができてしまっていて、
そこに激しい力が加わって、筋膜や健を痛めてしまったのでは、という診断。
この包帯の下には、かかとが地面に直接当たらないように整形したクッションが入っています。
それでも、足をつけないほど痛いのには変わりなく、
松葉杖が唯一の頼りでした。
結局、24、25日の東京の仕事もすべてキャンセル。
通院と安静の日々。
この状態では電車に乗ることもできないため、奈良に帰ることもできません。
痛みですが、24日の朝までは激痛で歩くこともほぼできませんでしたが、
その後徐々に地面に足をつけることができるようになり、
25日には松葉杖1本で歩けるほどに回復。
痛みは全くなくなったわけではありませんが、
日常生活やデスクワークには問題ないレベルになり、
26日にはハイキング用の杖だけで歩けるほどに回復しました。
ようやく電車と新幹線を乗り継いで、奈良に移動できたというわけです。
はじめての帰省がとんだ闘病記になってしまいました。
でも、同じことが1人暮らしの奈良で起こっていたら…、
笑えません。
とにかく、トイレに行くことすらままならない激痛、
1人だと買い物も家事も全部自分でやらなくちゃですが、
とてもそんな状態ではありませんでした。
家族のいる千葉で起きたことが不幸中の幸いでした。
また、今回の一件で自分の右足のかかとには爆弾があるということがわかりました。
もう数日もすれば痛みは完全に消失し、
足の爆弾を忘れてしまう可能性があります。
この記事はそのための備忘録のようなものです。
たくさん溜まっている観光記を飛ばして、先にこの件を記事にしたのはそのためです。
なんとか明日から日常生活に戻れそうです。
それではまた おやすみなさい