
1.映画を見た理由
札幌にあるモエレ沼公園を基本設計した世界的彫刻家イサム・ノグチ(1904~88)。
その母親であるレオニー・ギルモアの生涯を題材に描いた作品とあっては、見ないわけにはいかない。
しかも、エンドロールを最後までご覧になった方はあるいはご記憶かもしれないが、レオニー投資事業有限責任組合に、北海道新聞が名を連ねているのである。
2.映画の概要
大学で西洋美術史などを学んでいた米国人レオニーは、編集者募集の新聞広告を見て、ニューヨークの場末に赴き、日本人の詩人ヨネ・ノグチ(野口米次郎)の著述を手伝うようになり、次第に恋に落ちる。結婚後、日露戦争を機にヨネは単身帰国、レオニーはカリフォルニアの母親のもとに帰り男児を出産する。これが、のちのイサム・ノグチである。
その後、レオニーとイサムは東京に行き、一軒家をあてがわれるが、ヨネは当時、日本人の妻も持っていた。
レオニーは、ヨネが紹介してくれた日本人男性に英語を教えながら、女手ひとつでイサムを育て上げる。
一見それほど奇矯な女性像として描かれているわけではないが、まだ女性がひとりで生きることの困難な時代、言葉もわからない日本の地で、きょうだいを育て上げた根性はすごい。
彼女は、父親のわからない、第二子(イサムの妹)も出産しているのだ。
イサムをひとりでアメリカの学校にやったり、まだ小学生のイサムに自宅を設計させたり、やることがけっこう突飛である。おまけに、医学部に進んだイサムを、本人の承諾もなしに芸術の道に転向させようとしたりする(最終的にイサムは自分の資質に目覚め、美術学校に転じる)。
彼女の伝記的事実そのままではないらしい。
あんなに絶妙のタイミングで、留学中の津田梅子に会ったりするのは、フィクションが交じっているんだろう。
派手なシーンがあるわけではないが、ひとりの自立した(independentな)女性像を描ききったところに、共感を抱いた。
3.キャストが豪華
中村獅童の英語がいまひとつだが、流暢であるよりもリアリティがあると思う。竹下恵子が、小泉八雲の妻を演じており、彼女より上手かったらおかしいだろう。
吉行和子と山野海がお手伝いさんを演じている。ひたすら尽くす役の吉行と、出産を手伝いながら悪態をつくけれど人間的な魅力のある山野。どちらもすばらしい。
大地康雄演じる大工の棟梁や、茶の先生の役で友情出演し日本文化を英語で語っている中村雅俊も、いい味を出している。
あと、ヨネが日本の家で文学者たちと宴会をしている短いシーンがあるが、温水洋一の役は岩野泡鳴だったのだな(このへんの名前は、パンフレットには出てこない)。
岩野は自然主義文学の小説家だが、「耽溺」などをいま読むと、身勝手で浮気性な主人公(作家自身)が女性に対して高圧的な態度をとるという、自然主義によくある話。
4.日本と日本人
明治から昭和にかけて、登場する日本人はみな好人物ばかり。
例外はヨネで、いまの基準で考えると、身重の妻をひとり残して日本に帰り別の妻をめとるという、とんでもない男なのだが、それでもレオニーがあれだけ惹かれたのを見ると、悪人とばかりもいいきれない。
美しいのは人物ばかりではない。
何より風景や家屋の美しさには目を見張る。
米国の風景と、光の具合が根本的に異なるように撮影されているのだ。乾いた米国(とくにカリフォルニア)と、しっとりと湿った日本。空気感の差が、ちゃんとフィルムに刻印されている。
日本は、なにか大切なものを失ってしまったような気がしてならない。
いま、ヨネの人物像についてふれたが、レオニーも100%良い主人公として描かれているわけではない。
日本で、父なし子を出産するというのは、当時の倫理観からすれば、ふしだらと言われても仕方ないし、何年も日本に住んでいながらまったく日本語を覚える気がないのは、頑固としか言いようがない(彼女の日本語のせりふはひとつしかない)。
人物の描き方が深いのも、この映画の魅力だろう。
これだけいろんな要素を詰め込んでおきながら、ごった煮になる一歩手前できちんと整理された脚本になっている。
5.好きなシーン
ヨネをひっぱたいて、彼が用意してくれた家を出たレオニー。
引越し先の小さな家で、雨の晩、月が見えないという幼いイサムを、レオニーが、紙と木の枠で覆った電燈スタンドを見せて「これがあなたの月よ」と言う。
なんでもない場面なのだが、後年イサム・ノグチがあかりの連作を手がけるきっかけになった思い出なのだろうか、と思って、心がほっこりした。
□公式サイト http://www.leoniethemovie.com/
□ツイッター http://twitter.com/myleonie
映画『レオニー』予告編
Voice of Leonie(レオニー) -01- 松井久子 1/3
Voice of Leonie(レオニー) -05- 中村獅童
イサム・ノグチについても、彫刻で知っているくらいです。
モエレ沼公園を設計していますが、映画を見た後では、見方も深まるように思います。
2009年のこちらのブログの記事に、素晴らしい、幻想的な写真が載っていましたね。(ピラミッド内でも、「馬橇組」のインスタレーション展示や、第1回以来の「スノースケープ・モエレ」の写真展示)
写真、これですね。
http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/bed9fbb15a0e1c8b05df72e2c55b5378
自分で言うのもなんですが、夕方のガラスのピラミッドがいい感じですね。えへへ。