北海道美術ネット別館

アート、写真、書など展覧会の情報や紹介、批評、日記etc。毎日更新しています

菊池一雄「五島慶太氏之像」(揮毫は吉田茂) 寒い連休(17)

2021年05月31日 18時18分18秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 5月2日、まず見に行ったのが、北見工業大学キャンパスの中にある五島慶太氏の像。

 北見市内にはさまざまな人物の胸像や立像がありますが、一般的な知名度という点では、この像がナンバーワンかもしれません。

 作者の菊池一雄(1908~85年)については、コトバンクのサイトに略歴が載っているので、引用します。

 昭和期の彫刻家 東京芸術大学名誉教授。

日本画家・菊池契月の長男。東大美術史学科卒後、パリに留学して彫刻の道に。帰国後、新制作協会の会員として指導的な立場で活躍するとともに、東京芸大教授や京都市立美大教授として約30年間美術教育に携わった。昭和24年に毎日美術賞を受賞した「青年像」をはじめ、「自由の群像」(東京・千鳥ケ淵)、「原爆の子の像」(広島・平和公園)など数々の記念像を制作、戦後の具象彫刻の代表的存在となった。とくに東京・三宅坂の「平和の群像」は“ヌードが初めて街頭に”と大きな話題を呼んだ。


 この「平和の群像」については、彫刻家で批評家の小田原のどかさんが着目し、2019年のあいちトリエンナーレでも、関連する作品を出品しています。

 さすがに具象彫刻の大家とあって、意志の強そうな実業家の風貌を、しっかりととらえています。


 ところで、東急電鉄の社長として、戦後の経済界に重きをなした五島慶太(1882~1959)の像が、なぜ北見工大にあるのでしょうか。

 当時の北見市長、伊谷半次郎は、国立大学の設置に向けて奔走していましたが、せっかく文部省の認可が下りたものの、建設資金が足りずに困っていました。
 そこで、五島慶太に相談したところ、1億円を寄附してくれ、北見工業短大(現在の北見工大)を1960年に開設することができたというのです。

 五島慶太は慶應義塾に日吉キャンパスの土地を提供するなど、大学への篤志家として知られていたためかもしれません。


 東急グループは、以前は北見市や道東とのかかわりも非常に強かったです。

 北見駅前には東急百貨店と東急インがありましたし、常呂にはサロマ湖東急リゾートがたっていました。
 また、北見バスやじょうてつ(定山渓鉄道)をはじめ数多くの路線バス会社も傘下に収めていましたし、北見市内には系列のゴルフ場もあったのです。
(かつて、じょうてつは札幌東急ストアを経営していました)

 その後、東急百貨店と東急インは閉店し、サロマ湖東急リゾートは別の会社が引き継いでいます。
 北見バスも東急グループから離れ北海道北見バスとして再出発しているなど、北見からは東急グループの影はすっかり薄くなってしまった感があります。



 この題字は、戦後日本の復興に力のあった吉田茂首相の手になるものです。

 ところで、ネット検索してみると、この胸像は昨年(2020)に現在地に移設したもののようです。

 5枚目の画像にも「令和二年」とあります。

 それまでは、どこにあったのでしょうか。
(筆者は記憶にありません)

 なお、5枚目の画像にある銘文は、像の台座の背面にある文章と同じものです。


 さて、同じ路線バスで北見駅まで戻りました。
 北見駅から、勝山温泉行きの11:05発に乗りました。

 目指すは、勝山温泉(置戸町)よりはかなり手前の訓子府町市街です。






最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。