あの・・・東日本震災で生き延びた人たちが・・・よく口にする・・「生かされた・・・」って言葉。あの災難の中で、あの津波の中で、あの火災の中で・・・この私が・・・生き残ったってことは、「私は・・・生かされたのだ・・」って・・・感じるらしい・・・。
そもそも・・・この地球上に・・この私が・・・人間として生きているってこと時自体が・・・「あり得ない=有難い」ことで、今、こうして生きること自体が・・・「生かされている」っていうことなんだと思う・・・。
そんな・・・難しい話はともかくとして・・、この「生かされている間」に、「私は私のお仕事をやらなくては・・・」ということで、またもや・・さぬき広島にやってきた・・。奥方は・・「そんな・・お金にもならないことを・・・」というけれど、私以外に、こんなばかばかしいことを誰がやるというのか・・・。
今日は・・・11時10分の高速艇で島に帰った・・・。高速艇は・・・海上わずかに・・20分弱で・・・さぬき広島の江の浦港に着く・・・。そこからマイカーで・・・わずか・・数分で我が家に着く・・。この時間帯が・・・私にはちょうどいい。港近くのスーパーが開店するのが九時半・・。そこで食材やら缶ビールやらを買って・・・。トイレ休憩やら本屋さんやらをうろついて・・、11時前に・・・乗船手続きをして・・。
で、島に着くと・・・荷物を片付けるのももどかしく・・・、今日のお昼は・・・例の・・「かまたまうどん」のお昼にした・・。これも簡単で素直でおなかにもちょうどいい・・・。おうどんをゆがいて、生卵を乗せるだけ・・・。そういうと・・みもふたもないか・・・。
もちろん・・、ネギもお醤油も入るんだけどもね・・・。でも、このまんま食べてもおいしいとは思う・・・。ま、いわゆる・・・「たまごかけうどん」ってことだから・・・おだしがおいしいこと、玉子が新鮮なこと、おうどんがおいしいことの三要素が大切かなぁ・・・。
で、昨日までの調査で・・・、この広島の札所、88か所のうち・・・65か所が判明してて、残りは・・23か所。それを少しでも解消しようと乗り込んだのだけれど・・・。私の予想では・・・60か所もわかっていれば上等やね・・と・・・自治会長さんにはいうてあったのだけれど、それ以上の成果はご褒美ものだね・・・。
家族から・・・単独で山道には入らないこと。一人ではお山に登らないこと・・・という条件をつけられたために・・・行動範囲はひどくせまくなる・・。それだし・・、旧道に入ろうとしても・・・藪ばかりだし、藪こぎをする勇気も元気もない・・・。ま、どんなに迷っても・・・島から外にこぼれるわけはないし、這ってあるいても県道までには出られそうな距離ばかりだし・・・。
で、比較的・・・道路沿いに見残している札所はないか、忘れている札所はないか・・と探してみたわけだ・・・。
たとえば・・こんなもの・・。道路から見れば・・普通の物置・・。でも、そこに・・・56番札所があったし・・。
これまた・・・民家の奥隅に・・・草にまみれた札所があった・・・。そんなんで、今日は・・・半日というても・・三時間ほどで・・・12か所を発見確認した・・。残りは・・・十一か所・・。これが大変だなぁ・・・。あとは・・山道というか、昔の・・・旧道だからね・・・。
ここも・・・少し前にはお参りしたことのある・・・城山(じょうやま)大師堂・・・。久々に訪ねたけれど・・・昔日の面影はなかった・・・。こういう機会でもないと入ってこられない山の中にある大師堂だ・・・。昔の人の信仰心を尊いなぁと思うばかりだった・・・。
その後は・・・「茂浦」という集落を歩いて・・・三つほどの札所を見つけた・・・。こういう作業も・・・集落ごとの古老に・・・聞いて訪ねて・・・歩いてみないとわからなくなってしまうなぁと思った・・・。
塩釜神社前の・・・「さくらんぼ」の実がおいしそうだったけれど、そういうものを食べる習慣がないもので、写真撮影だけでおいとまをした・・・。
じゃぁ、また、明日、会えるといいね・・。