さぬき市地方は気圧の谷や寒気の影響で雲が広がっていたが、概ね晴れてはいた。気温は9度から14度、湿度は77%から46%、風は1mから3mの北の風がピューピューと賑やかだった。明日の25日は、高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。
この前に借りた本は何度も何度も読んだ本だったもので、新しい情報でも探そうか・・ということで、またしてもここにやってきた。高松市林町にある「香川県立図書館」である。着いたのが8時55分だったので、どんぴしゃで開館に間に合った。
今回、借りたのはこういう五冊。「櫃石島の歴史と民俗」、聞いたことのあるタイトルだなぁと思ったら、お友達の濱本敏広さんの作ったものではないか。「豊島のお大師さん、豊島の西国三十三ヶ所めぐり」、「さぬき市の遍路墓」、「四国遍路文化論」、「千社札かわら版」。
これが、島四国の中身を調べるのに良いし、櫃石島の本にも、島四国や三十三観音霊場の石仏資料が掲載されている。豊島の島四国の本は貸出禁止になっていた。一部しか寄贈しなかったんだな。
空気は冷たかったし、風もあったが、天候が良いものだから、高松市仏生山町にある、「法然寺」さんを訪問した。ここが、讃岐の浄土宗の総本山みたいなところだから、境内に「法然上人25遺跡(ゆいせき)巡拝所」があるかなぁと探してみたが、見当たらなかった。
涅槃堂にも参拝してきたが、「讃岐の寝釈迦」だけあって立派なものだ。
さまざまな動物たちも集まってきて嘆き悲しんでいる様子が面白いが、笑ってはいけないところ。静かに合掌、お念仏。
最頂部にある「般若台」まで上がってきたが、最近は完全に施錠をされているようで、中をうかがうことはできなかった。ここは、歴代藩主や夫人・子供や重臣の墓所である。最後の最後の時、藩主はここで切腹をする場だったが、幸いにも、誰一人として、ここで切腹をした藩主はいない。
ものはついで・・・ということで、境内にある、「本格手打ちさぬきうどん・竜雲」に入ってみた。高松藩・松平家代々の菩提寺(法然寺)を有する門前町として栄えた仏生山は、昔から麺作りも盛んだった地域。その歴史を継承した味わいに定評のある「竜雲」が、2009年にリニューアル。レストランに訪れたような、ワクワクするうどん店に生まれ変わっている。
で、このお店イチオシの「ネギと温泉たまごのつけうどん」を注文した。こういううどんは、ここにしかない味。おうどんを食べ終わると、この付け出しをご飯にかけて食べる。これで530円。
午後からは、またしてもダム一周のウォーキングになった。わが家からダムに向かって南下し、ダムを反時計回りに歩いて、帰りは県道二号線を北上して、鮎帰り橋から旧道に入ってわが家に戻る2時間コース。
関門は、この、109段の階段。堤高は36m。私たちが通学した道路は、このダムに突き当たっておしまい。そこから、この階段を昇るか、管理用階段を上がるか、遊歩道を上がるかして、ダムの堰堤上に登る。
ダムの桜は数輪が咲いている状態。香川の開花情報は、栗林公園内にある標準木によるらしい。でも、間もなくだろうなぁと思う。
ダムの湖畔に咲き出した、ムラサキツツジ(だと思う)が鮮やか。遠くでは白くぼんやりとしたヤマザクラが咲き出した。センバツが終わる頃には、山が真っ白く見えるようになる。
ワラビを、これの三倍ほど採ったのだが、写真に写すのを忘れてアクヌキ処理をしてしまった。ワラビが見えないと思って居たが、おばちゃんたちが朝早くに採って回っているらしい。折り取った茎から水分があふれているのを何本も見かけたものである。
今日の掲示板はこれ。「咲くときに 散るも覚悟の桜かな」というもの。いつもお世話になる善楽寺さんにあったものだと記憶しているのだけれど。いよいよこれからが桜の時期になるのだろうが、桜に限らず、花は咲いて散るのがお仕事。「咲いた花なら散るのは覚悟・・・」という歌もあったが、生 まれたものは死んでいくように、咲いた桜もまた、散って行くのがさだめというもの。私たちに「命の尊さ」、「今を大切に」と教えてくれているような言葉で ある。
昭和20年3月21日
陽光うららかな日 美しく立派に散るぞ
そう言って 一番機に向かう友の胸に
俺は まだつぼみだった桜の一枝を 飾って贈った
明日は俺の番だ
死ぬ時が別々になってしまったが
靖国神社で逢える
その時は きっと 桜の花も満開だろう
というセリフを思い出させるような、今日の掲示板であった。
じゃぁ、また、明日、会えるといいね。