まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

急ぎ足 散歩の主婦の 手に蓮花

2018年03月16日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 昨日夕方、胸部X線検査のとき、心電図を外したが、その後、心電図が不調。何度も看護師さんが場所を変えたり修正したのだが、夜中の10:30分頃、コード交換作業をやったため、11:30、0:00、1:00、1:30・・・、あとは4時前まで寝て・・・朝は5時前起き。

 

 朝イチで、中川Drが胸水穿刺作業。約1.2l、体重64.4Kgまで減少。

 

 中川Drは手際よく、簡単に作業をやってのけるが・・。

 

 こういう、ポイントを狙っての「穿刺」である。13:00より、術衣に着替え、尿管挿入、点滴開始、1F移動・・・。

 

 もちろん、私は車いすでの移動。

 

 1Fの造影室でのオペ。聞けば、私の二度目だと仰る。だとしたら、最初の心臓のオペもここでやったのか・・。

 

 イメージ写真。局所麻酔とは言わずに「痛み止め」を針で刺しまわる。針で刺したら痛い痛い・・・。「勘弁してよ、痛いがな」と言うと、「あら、まだ、効いてないんか。もっとやな・・」と、どんどんと針を刺す・・・。

 

 そんなことで、およそ3時間。胸の上部を切り裂いて、「ポケット」を作り、そこへペースメーカー本体を納め、血管の中を通して、二本のリードを心臓内部へ送り込む。

 

 「まだですか・・・」と私。「・・・。まだ、半分やな・・」「へ・・、まだ、半分・・・。かなんな・・。」と、約3時間。

 

 最後はX線撮影して、位置などを確認しておしまい。最後の点滴は、「ビーバーみずほ」が外してくれた模様。

 

 夕食は右腕だけで食べられるように串刺しになっている食事。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生はやりなおしはできないが、出なおしはいまからできます」という、久々の「荒 了寛」さんの言葉から。私も60数年間生きてきて、もう一度人生をやり直したいと思うことは多々あるけれど、時計の針を戻すことはできないし、パソコンのようにリセットしたり初期化したりもできないもの。人は失敗して、落ち込んだり、ときには心に傷を負うこともあるけれど、過去を後悔しても仕方ないことだ。だから、ほんの少しだけ勇気を持って、出直すことばかり。人生とは、やり直すことはできないけれど、出直すことは今からでもできるものなのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


退屈を 春の香りの アテにする

2018年03月15日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 ようやくにして、病院の夜にも、計量トイレにも、夜の過ごし方にも慣れてきたように思うが、その日、その日によっても違うことが多い。

 

 今朝の回診で、お茶の量がコントロールされていること。身体が引き締まってきたこと。電池を入れることの話があった。

 

 お茶を控えているために身体が引き締まったとか、体重が減ったとかの感想はないし、おなかがすっきりとしたとも思えないが、足のムクミは眼に見えて消えてきたように思う。

 

 午後、循環器のドクターがやってきて、オペの日決定、電池の件、注意点などについてお話があった。IH調理器とか電子レンジとかのお話や海外旅行などの、盛りだくさんのお話。

 

 これが私の書斎だが、この環境の中でも大丈夫なのか・・というのが一番の関心事。ここにほぼ、12時間以上はいるわけで、これらの影響がペースメ-カーに大丈夫なのかということ。大丈夫とは言ってくれたのだけれど。

 

 ここに来た以上は「無抵抗」。「全ては、なすがままに ありのままに 受け入れる」と決めてきた。緊張も、不安もない。ようやく、出口も見えてきたよう。

 

 例年だと、引田ひなまつりだ、善通寺の彼岸桜だ、福成寺の寒桜だ、湊川の河津桜だ、大川ダムの桜のつぼみだのと、春を追いかけてきたのだが、今年はまるきり春を知らずに寝てばかりいる。

 

 孫のはやて君は高校を卒業したというし、

 

 孫のなぎちゃんも中学を卒業し、高校生になるというので、東京ディズニーランドへ母親と向かったようで、はやて君一人が留守番のよう。

 

 世の中は少しずつ動いているのに、私の身体の方は停滞したまんま。ま、あれだけ、アクセクしてきたのだから、10日か20日くらいはのんびりしていても良いことにしよう。

 

 今日の掲示板はこれ。「一生の中で誰かひとりの人生を変えられるのなら、自分の人生を変えようじゃないか。」という、ラス・カセーの言葉から。人生を変えるって言うと、大それたことのように聞こえるかもしれない。けっしてそんなことはない。ちょっとだけ前向きに行動するということをすれば、自ずと自分の人生も変わっていくということなのである。まずは、自分自身としっかりと向き合うことだ。どうなりたいのか。それはなんのためなのか。考えてみても正解はない・・・だから自分で決めようと努力するのだ。この言葉、巷にはあふれているけれど、「ラス・カセー」がどのような人なのか、どのような絵を描く人なのか、そういうことには少しも興味がないらしい。

 

じゃぁ、また、明日、会えると、いいね。


迷い道 春の日暮れの はやいこと

2018年03月14日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 昨夜も22時前に目が覚め、11:30、0:30、1:30、2:30・・・とトイレに向かった。さりとて多くの量が出るわけでもない。19mlとか21mlとかの少量だが、そのままでは寝られない。

 

 3時からはNHK-TVをつけてみるが、まるで意味がわからず、また、寝てしまう。で、また、30分後に起きる。夜中に起きていようが、昼間に寝ていようが、ここでは全く、問題ない。

 

 なんだかよくわからん生活だが、ここでは日が暮れていればいいようだ。

 

 朝の回診で、0.5Kgほど体重が減ったらしいが、早速に教授が、「もっと、身体を引き締めてください」というが、しかしのかかし、ここの環境で身体を引き締めるというのは難しい。

 

 ここには自販機もなく、あるのは無料のお茶だけだ。これを控えろ・・というのは難しいお話。アルコールははなからないし、食堂も自販機もない。ご飯は七部がゆだし、おかずだって多くない。食事を残せば看護師さんがにらみつける。

 

 「電池、入れますから・・・」と言われたが、実に重い言葉だった。「生活が制限される・・」という思いからだった。あれは危険、これもダメ、これには近づかないように・・などという制限がまだまだ多い。

 

 今日は、この学校の中身について勉強してみた。看護学部とか救命救急センターとか心臓血管センターなどの概要を調べていた。この闘病記の参考になるかなぁ・・という思いからだった。

 

 CCUにいる時、頭の下で、たくさんの救急車のサイレンや信号音を聞いた。あれは夢だったのか、思い違いだったのかと考えていたが、南棟一階は全て、この救命級センターが占めていて、たくさんの救急車が来ることを知った。「あ、あれは幻ではなかったんだ」と知らされた。

 

 お昼からは、ご近所のおばちゃんがわざわざ、お見舞いに来てくれた。「あんた、まだなん・・?」という。誰に聞いたのか、電池を植え込むのを知っていた様子だった。だって、今日、教授に話を聞いたばっかりなのに・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「思い通りにしようとする心が苦しみを生む」というもので、町内の善楽寺さんにあったものから。私たちは自我があるので皆、思い通りにしたいという心を抱いている。この思いが強ければ強いほど、思い通りにいかなかったとき、腹が立ち、怒りがわき起こる。苦しみもわき起こる。苦しみの原因は、自分の思い通りにならない自我が起こしているのである。そのことに気づいていたら、苦しみの原因がわかれば対応できるのである。自分が正しい、お前は間違っていると強 く言えば、相手は傷つく。そういうときは控えめに話した方がいい。少しでも相手を思いやる心があった方がいい。「正しいことをいうときは少しひかえめにするほうがいい、正しいことをいうときは相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい。」吉野弘「祝婚歌」より

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


突き抜けて 青空のある 俳句帳

2018年03月13日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 もう、20日近く入院していると、さすがに飽きてくる。あ、今朝、ウグイスが啼いているのを聞いた。

 

 さて、これも、この病院で聞いた話だが、この病院の隣町の農業のおじさんである。若い頃から登山が大好きだったそうな。

 

 若い頃から「日本百名山」とかを渡り歩いたり、今も里山散歩を楽しんでいる。

 

 その日も「健康増進」ということで気軽に山に入ったそうだが、人間に確かなことないということらしい。こんな、慣れた道だからと歩き詰めていたところ・・。

 

 ふと、見慣れぬ場所に迷い込んだ。「ありゃ、こんなとこ、知らんな、どこやったやろ・・。」

 

 どうしたことか、いつしか、携帯電話機も使えなくなっていた。今まで、こんなことは一度もなかったことだ。すこしばかり、気味が悪くもなり、不安もわき上がってきた。

 

 「そんなことがあるもんか・・」「どうして、こんなことになるんや・・」思わぬ事態にパニックになり、どこかに知った道がある筈やと歩き回ってしまった。

 

 冷静になれば沢は下って海に入り、どこかに四国の道やらへんろ道の道標があった筈。

 

 かくして、このおじさんは、家の近くをキツネにだまされたように歩き回り、三日後に捜索に来た消防団に発見されたという。

 

 「ほんでものぉ、おらが村の嫌われ者やったら、『ほら、あいつが寝よるわ、ほっとけ、ほっとけ・・』と言われてしょうがないけんのぉ・・」と、相変わらずの強気で話したそうである。

 

 今日の掲示板はこれ。「傲慢になったり卑屈になったり 一喜一憂している我が人生」というもの。いつもお世話になっている町内の善楽寺さんの掲示板にあったことばから。あの人の奥さんはきれいで優しそうだから幸せな家庭だろうなぁとうらやんでみたり、あの人は大きな会社の社長さんだから優雅な生活をしているんだろうなぁと考えてみたりするけれど、他人より優れている人が幸せか・・・というとそうでもない。その人たちも自分と同じで、傲慢になったり卑屈になったり一喜一憂してるのである。世の中に幸せだけの人なんていないのだし、不幸だけの人もまたいないのだ。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


花寒の 庭で手を振る 人がいる

2018年03月12日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 すっかりと春になった。昨夜も0:30から14:30までトイレに行って夜を過ごした。昨日から利尿剤を減らしたからか、体重が若干、増加している。

 

 食前の散歩。散歩たって、三階のフロアーを徘徊するくらいなもの。

 

 通路から見た、CCUの内部。こうしてみれば、ただのお部屋。この左手に、オペ後の患者さんがお休みしている。右側がドクターや看護師が待機している場所。正式には、正面の大きな自動ドアで出入りする。こちらは臨時の作業用ドア。

 

 最近は朝食が待ち遠しい。朝食は8時前にやってくる。やってくるが、最近は自分で受け取りに行くようになった。

 

 今日のメニューである。

 

 昼からは歯科で、歯磨きの指導。歯間ブラシやベロの掃除についてレクチャーを受けた。

 

 その足で・・・と言っても、職員さんの押す、車いすでの移動である。その足で、心電図検査と・・・

 

 胸部X線検査。最近は、胸水の溜まり具合をチェックしているらしい。

 

 検査から戻ると、同室の前のベッドに新人さんが入っていた。週末と月曜日には移動が多いらしい。

 

 髪を洗う予定が身体を拭くだけになり、着替えもそこそこに看護師さんは消えた。基本は勉強したんだろうが、看護師さんによってやり方はまちまち。今日の看護師さんは、温めたタオルを渡してくれただけ。

 

 今日はデイルームに人が大勢だと思ったら、今日は月曜日、オペのある日だ。だから、新患さんがぞくぞくとやってきたし、家族が大勢、詰めかけていた。

 

 X線検査後、中川Drが来室、背中から胸水を抜いてくれた。約、1,000ml。よく、貯まるものだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「自信とは自分を信じることじゃない。自分のしてきた事を信じることだ。」というもの。

自信とは自分を信じることじゃない
自信とは『自分のしてきたことを信じる』ことだ
自分のしてきた唯一無二の、成り行きを持ち
人生を迎え撃て
ーー
人間、志を立てるのに
遅すぎるということはない。
負けたら終わりなのではない。
やめたら終わりなのである。
この道より、われを生かす道なし。
この道を歩く。
いつかできることは、今日もできる。
笑って暮らすも一生、泣いて暮らすも一生。
人生の節目となる瞬間は、
自分でそれとはわからない。
自分が立っている所を深く掘れ。
そこからきっと泉が湧いてくる。
何もかも失われた時にも、
未来はまだ残っている。
人生の半分はトラブルで、
あとの半分はそれを乗り越えるためにある。
退屈すれば長く、充実すれば短い。
昨日から学び、今日を生き、明日へ繋いでいこう。
幸福になりたいのだったら、 人を喜ばすこと。
寝床につく時、翌朝起きることを
楽しみにしている人は幸福である。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


草萌えて 旅の支度を 夢に見る

2018年03月11日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 今日は全国的に日曜日。だからして、今日のオーダーはなし。木田郡三木町はきれいな晴れの空。

 

 朝の食後に飲む薬には「利尿剤」が入っているので、午前中から昼過ぎにはトイレに向かう回数が増える。しかしのかかし、夜には利尿剤を飲まないのに、夜中から朝方に掛けてはよくトイレに起きる。

 

 「まずは、明くんの分・・・」「次に雅之くんの分・・・」などと、分割された袋からおしっこを取り出して捨てるようなものでもない。みんな、私のものなのだから・・・。

 

 昨夜のことである。「おかげ回しをしますから」と、白拍子のような女の子が現れた。で、白い「おふだ」を手渡してくれた。

 

 「中崎の太平さん・・・240ml・・・」と、お札を読み上げるので、そのお札を持ってトイレに入り、待っていると・・・240mlの尿が流れた。

 

 「中森のジュウシマツ二匹で2.2ml・・・」というお札を頂いた。

 

 そんな具合にして、0時半、1時半、2時半、3時半と、朝の四枚は終わった。

 これは「夢」である。

 

 病院の食事は、このようなもの。11日日曜日の朝食である。

 

 白鳥病院に比べて、心臓食ながら味がしっかりとしていておいしい。今日は日曜日なので、何の検査もルーティーンもない。一人の見舞客もなかったので、13時過ぎから14時過ぎまで寝てしまっていた。奥方だけが、朝・夕、顔見せに来てくれて、洗濯物を交換してくれる。

 

 今日のお昼はこのようなもの。

 

 ご飯の上には、「ノンオイル香味ゆず」をふりかけている。

 

  今日の掲示板はこれ。「あなたを待つ時間の長いこと あなたといる時間の短いこと 計れば同じ時間なのに」というもの。相田みつをさんの言葉らしい。「時間が過ぎ去っていくのではない。われわれが過ぎ去って行くのだ」これは西洋のことわざである。「時は流れない。それは積み重なる・・・・」と、これはウィスキーのテレビコマーシャルの一節。これもなかなかうまい。しかしのかかし、耳に心地良く響き、なるほどと思わせるがよく考えてみるとこの二つの言葉の意味は正直言って、あまりよく分からない。が、このような言葉に惹かれるのは「時」という不思議さのせいなのかもしれない。もう少し「時」について考えてみよう。「時の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように早く飛び去り、過去は永久に静かに立っている」ードイツの詩人シラー。これぞ、名言中の名言ではあるまいか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


梅散って 三月十日を おもしろく

2018年03月10日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 まるで昨日とはまるきり違うのが今日の私だ。眠気などさらさらないし、気分もいい。

 

 私と不整脈のつきあいは永いが、それで困ったことは一つもない。それでも、不整脈を治そうとして、白鳥病院で電機ショック療法をやったことがある。それで、一時はきれいな脈になったけれど、数時間で元に戻ってしまった。

 

 今日も中川Drがオペ時にはきれいな脈になっていたのに、またぞろ、不整脈が現れた・・・というので、退治にかかったが、40年もの不整脈だから強者みたいで、不整脈は退治できなかったみたい。

 

 どの病院にも入院すると、担当医や担当ナースが決められて、ベッドサイド・メッセージカードが貼り付けられる。でも、担当医が変わることはまずないが、担当看護師はころころと変わる。日勤であったり夜勤であったり、泊まり勤務であったりして、誰が担当なのかはわからなくなってしまう。

 

 なにせ、全員が白装束で顔には大きなマスクをかけている。名前を言われても顔と名前が一致しないし、すぐに忘れ去ってしまう。名札もつけてはいるのだけれど、裏返しのことが多いし、ま、看護師の名前を覚えても意味はないし・・・。

 

 声でわかる人もいれば、顔と声、声と名前が結びつかない事も多いし、ま、用事が済めば名前も声も関係ないない話しだ。このフロアにも多くの看護師さんがいるから、実際的に名前などどうでもいいことでもある。だから、一人をのぞいて、ほかの方の名前なんぞ理解しようともしないし、はなから覚える積もりもなかった。

 

 その一人というのが、このブログにもたびたび登場する「ビーバーみずほ」である。本名はどうでもいいので、この名前で通している。奥方に、「みずほが・・」とか、「今日もみずほが・・」と、話をすると、「あの人はみずほじゃくて・・」と、

 

 と、ベッドサイド・メッセージカードを指さした。そこには、いつのまにか、「みずほ」の本名が印刷されていた。確か、入院した時は、そんな名前ではなかったのに。

 

 大きな声やにぎやかな声の多い看護師さんの中で、ぼそぼそと静かに、それでいて的確に話すその声はしっかりと覚えた。やさしい声が印象的だった。こんなに大きくはないが、前歯が印象的で、すぐさま、「ビーバー」が思い浮かんだ。

 

 「みずほ」は、この人にちなんでいる。この、ビーバーみずほだけは、私の大事なポイントには必ずうちの奥方と並んで立っていた。私には不思議としかいいようのない「菩薩さま」みたいな人のような気がする。

 

  今日の掲示板はこれ。「おもしろきこともなき世をおもしろく」という高杉晋作の言葉から。正式には、この後に、功山寺挙兵時に「すみなしものは心なりけり」と、勤王女流歌人の野村望東尼が付け加えたとされている。私達の周囲の世界はただの現象世界であり、そこにはどんな意味や価値判断、意図もない。あるのはただの無為自然でしかない。それにひとつひとつ意味付けをしていくのは、私達一人一人の感覚であり、解釈である、ということを詠んでいるのだと私は思っている。だからこそ彼は、自分のしていることもしてきたことも、世の中が変わろうとしていることも全て、所詮はその程度のものなのだ、と達観したのではなかろうか。例えば、出かけようとした時に雨が降ったからと言って、それで私達は不幸になるわけではない。雨は何も考えてもいないで、ただ降っているばかりなのである。それをどう受け止めるかは私達次第。自分だけに降っているように感じて、こんな時に限って・・と、不運な自分を惨めに思うか、何気なしに今日は家でのんびりせよ、という天の思し召しだなあ~と思って、のんびりとするのか。全く、自分の考え方一つなのである。雨を面白くないと思うか、雨を面白いと思うのかもまた、私たちしだいなのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


風受けて 枯れる葉もあり 芽吹く葉も

2018年03月09日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 病院の夜の不確かさ。昨日は安らかに寝られても、今夜もそうだとは限らない。

 

 当直の看護師さんにお願いして、喉の痛み止めと安定剤を処方して貰って、うとうとと眠りにつこうとする瞬間に、「血糖値の検査お願いしてもよろしいですかぁ」と、21時の検査で看護師の耳元での大きな爆発音。

 

 そのまま寝られずに21時から5時まで南3フロアを漂流。

 

 あちらのトイレでうとうと・・・。

 

 こちらのトイレでうとうと・・・。

 

 午後の23時あたりまではテレビでも見ていられるけれど、深夜になるとどうにもならぬ。トイレに30分も籠もれば、「どうしましたか」と疑われ、

 

 真っ暗なデイルームでは不審者がられ、仕方なく日記帳を持ってトイレに行くが、それも三ヶ所まで。私たちに居る場所はない。

 

 そして寝不足と空腹とで迎えた9日の朝、日記帳を整理していたら、頭の中で、「♪ピロ~~ン・・・」と緑のリボンが飛んだ。その瞬間に、私はベッドに叩きつけられていた。

 

 これを、「業務用語」で、「脈が延びた」というらしい。すぐに何人かの看護師やドクターが駆けつけて来て、心電図計やら何やらで、再び、私の心臓は動き出した。これで、私のペースメーカー植え込みが確定した。

 

 これまで、不整脈だと言われながらも実生活には支障がなかった。けれども、今回の二回もの「心臓停止」は現実のものとしての恐怖感を味わうのに十分だった。

 

 急遽、レントゲン検査が行われたが、そこから戻ると・・・。

 

 大窪寺観光ガイドグループの代表二人がお見舞いに見てくれた。3/21の、大窪寺柴燈大護摩供養の観光ガイドの計画だったが、あいにくと小雨で、このガイドイベントは中止になった。(大護摩供養はそのまま実行)

 

 今日の掲示板はこれ・・・。「他人と過去は変えられないが 自分と未来は変えられる」というもの。これはカナダ出身の精神科医であるエリックバーンの言葉として有名である。他人を変える事ができないこと、過去を変える事ができないことを悩むよりも、自分を変える事、自分の未来を変える事に目を向ける方が良いというのは、なんとなく「そうなんだろうな」と思えてくるもの。例えば自分の子供に向かって「勉 強しなさい」とか「部屋を片付けなさい」と言っても、簡単には聞いてはくれないし、職場で人に迷惑をかけているような人に対して注意をしてもそれが治らなかったりするもの。過去を変える事も、過去に起こった出来事を変えるという事は出来ないけれど、自分の受け取り方を変える事で、その出来事に対しての見方を変えることはできるけれど、その事実が変わる訳ではないし、過去に何があったのかを秘密にした所であなたの過去の出来事がなかったことになる訳でもない。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


黄水仙 名刺一枚 いただいて

2018年03月08日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 本来ならば、今日は白鳥病院での予約診察日だったが、こんな状況ではお出かけなんてできる訳がない。

 

 そこで、先日の3/6にキャンセルをお願いした。ここを退院するまでは、ここのお薬を飲ませていただいて、退院後にはまた、白鳥病院の日浦ドクターにお願いしたいもの。

 

 さて、10時半になると車いすのお迎えが来た。車いすだから人力車ではない。どういうわけだか、ここのフロアの人はみな、車いすに乗せられて移動する。自分で歩いていけそうなのに、まるで強制連行みたいだ。

 

 事前入院の際、歯の検査があったが、その後、夕食の豆腐を食べて前上の犬歯が折れた。その折れた歯にはブリッジが架かっていたためにかみ合わせがうまくいかず、そのままになっているのを、簡易的に補修してくれて、入れ歯で食事ができるようになった。

 

 お昼過ぎに、中川Drが、新しい小型のペースメーカーを用意してくれて、あの大きな弁当箱みたいなものと交換してくれた。

 

 これで移動やらトイレに行くのも楽になった。科学の進歩ってすごいものだ、と感激したものだった。

 

 こちらは「心電図計」。これで私たちは監視されているみたいなもので、このフロアから自動ドアを一歩でも超えたら、すぐに電波が途絶えて看護師さんが飛んでくる。これらを、袋に入れて、肩から首からかけて歩き回っているってことだ。

 

 夕方からは「心臓エコー」の検査があった。

 

 エコー検査から戻ると、2月分の入院診療明細が届いていた。手術代も含めて総額47万円余。三割負担で6,500円くらいにはなったのかな。

 

 今日の掲示板はこれ。「たとえどんなに辛くても 春を迎えぬ冬はない」というもの。同じような言葉に、「止まぬ風はない」、「あがらぬ雨はない」、「山よりでっかい獅子は出ぬ」、「明けない夜はない」、「来ない朝はない」などが思い出される。「秋が来ない夏はない」、「春が来ない冬はない」シリーズみたいなことだ。けれど、時計は逆回りはしないのだ。今夜もまた眠れない夜、辛い夜が来るのだろうけれど、退院を迎えぬ 患者はいない・・・と、信じていよう。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


晴れてよし 曇ってもよし 梅の花

2018年03月07日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 朝早くには曇っていた三木町だったが、午後からはきれいに晴れてきた。昨夜は看護師さんも泊まり勤務の人もいないために、自由に一般のトイレに行くことができた。で、21時からは痛み止めを飲んで、うとうととしながら4~5時間は寝た。

 

 中川Dr が朝早くにやってきて、病室移転の準備をしてくれた。まずは全ての点滴の撤去からである。それが落ち着くと「胸水」を抜いてくれたが、前回と同じように体重も減らず、おなかの水分も少しも変わらなかった。

 

 看護師さんが身体を拭いてくれ、パジャマも交換した。

 

 奥方も九時半には病院について、荷物の整理をやってくれた。いよいよ、CCUからの解放である。

 

 昼前に先の376号室に戻ってきた。ここは、人が近づくと、このような画面が現れる。で、このパネルにタッチすると・・・、

 

 こういうことで在室者が表示できる。公開しない人は名前が表示されない。

 

 すると、また、中川Drがやってきて、またも胸水が貯まってきている・・といい、先に撤去したペースメーカーを持ってきて、これを身体に接続してしまった。こんな大きなものを提げて歩かねばならないのか・・・。

 

 その後、体重計で測ってみたが、67.9Kgで、少しも体重は変わらない。これはいったい、どうしたことだろう・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「何かをしたい者は手段を見つけ・したくない者は言い訳を見つける」というもの。アラビアのことわざであるらしい。あなたが今、何かをしようと思っているとしよう。その手段を考えているのなら、きっと上手くいくはずだ。仮に、失敗を繰り返したとしても、必ず解決する。けれど、出来ない理由を探しているのであれば、それは叶わないことになるだろう。なぜなら、「やりたくない」からできない理由を探しているからだ。「忙しい」「時間がない」「疲れそう」「やっても無駄」・・・どれももっともらしい理由だけれど、不可能というほどの理由ではない。どんなに忙しくても、24時間365日ずっと忙しいわけではないはず。必ず休息の時間や空き時間がたぁんとあるはず。時間がないと言うけれど、意識していないだけで時間はあちらこちらにあるものだ。やっても無駄だというのは、やっていない人の常套句。とりあえず、やってみるしかないではないか。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


梅日和 とぼけた味の お茶である

2018年03月06日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 Drが朝早くからやってきて、病室移転の準備をやってくれた。まずは、数本もある点滴台をゼロにしてしまう作業だった。

 

 明日からは、こういうものがいらなくなるのか。だと、トイレに行くのも楽になる。何をするにしても、点滴のチューブがつながっていると、注意が必要だし、煩わしい。

 

 昨夜は私の心臓アラームが鳴って大騒ぎになったそうだ。私の心臓が一時停止をしていたらしい。当の私は安定剤を飲んで高いびきで寝ていたらしい。心臓が止まっても寝ていられるのか・・・。

 

 だんだんと、少しずつホースやチューブや点滴台が外されていくと、蜘蛛の巣に縛り上げられていた昼間の蛾が、自由を得て羽ばたきしそうな空気が満ちる。

 

 たまには、お食事の様子なども。これはお昼のご飯。事前検査後、上の犬歯が折れて、入れ歯が合っていないので、七部がゆにしてもらっている。

 

 このころは、これが半分ほどしか食べられなかった。ま、寝てばかりいるせいもあって、食欲も湧かないというものだ。

 

 

 今日は食後のリハリビがあった。今回も本館二階の歯科診療室まで車いすで押して貰って行った。そういうシステムらしい。

 

 今回も、歯の間に食べ物カスが残っているとか、歯間ブラシを使うようにとか、いろいろと指導を受けた。特に「ベロ」の掃除が大事だと言われた。わかっちゃいるけど、やれてない。

 

 夕方、ドクターがやってきて、「明日の午前中に移動」を指示された。サラリーマンの異動はめでたいのだが、病人の病室移動では歓送迎会はない。ここには、あらかじめ準備するほどのものは持ち込んでいないので、私は徒歩での「スリッパ異動」。

 

 今日の掲示板はこれ。「気に入らぬ 風もあろうに 柳かな」という、仙崖和尚の言葉らしい。柳の木はしなやかである。東から風が吹けば西へなびき、西から風が吹けば東へなびく。でも「柳に雪折れなし」と言われるように、柳は決して折れないという。よく、表向き人や状況に「自分を合わせる」人は、「自分がない」とか「何事も気にしない」とかいったマイナスの評価を受けがちだ。そういうケースも多々あるだろうが、確かに、人や状況に「流される」人は、そういうこともあると思う。でもその中には、その「柔軟性」が、本当の強さゆえに発揮できる人もいる。表向きの風を切るチカラも素晴らしいけれど、「折れない」チカラ、それも本当に大切だと思うわけだ。懸命に、ひたむきに生きることも大切だけれども、ちょっと立ち止まって、「明日の風に吹かれて」みるのも大事かも。ここの看護師さんを傍観していて、ふと、思った言葉であった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


春の空 見えぬ諸仏を 載せていく

2018年03月05日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

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 肺臓に触れる手術をすると、空気中のゴミなどが混入して咳や痰になると聞かされた。そのためか、一向にセキやタンの数も量も減らない。

 

 あまりにもゆったりと眠れないのであれこれと考えてばかりいた。ま、考えるしかないのが病院かも知れない。安静だ、養生だとはいうけれど、そうそう、寝てばかりもいられない。

 

 私は、「人はなぜ眠れないか」を考えてみることにした。そこで思いついたのが、「PDCA手法」という考え方だった。PDCAサイクル(PDCA cycle、plan-do-check-act cycle)は、事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法の一つ。 Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善するもの。

 

 「なぜ、人は眠れないのか」、「私はなぜ、眠れないか」をCheckすると、「喉の痛みが激しくて眠れない」ということに突き当たった。ほかにも多くの要素があるのだけれど、とにかく今は、「喉の痛み」が最重要課題かも。

 

 では、どうすれば、喉の痛みをなくせるのかを考えてみると、「痛み止めを飲む」という、Action を思いつく。誰でも、そう、考えるはずだ。

 

 その思いつき、Do を、実際に実行するには・・・。「看護師さんにお願いして、痛み止めをください」という。これが、Plan であり、そして、安定剤と一緒にそれを飲んでみる。これが、Do である。

 

 効果はバッチリだった。あれだけ、苦しんで眠れない夜を過ごしていたのに、まるで魔法のように、22時から4時までの6時間の睡眠を得ることができた。さらに、それでもだめな場合には、さらにCheck を繰り返していく。

 

 でも、いつまでもは、痛み止めを飲み続けるわけにもいかないので、次のCheckなり、Planを考えねばならないかも。

 

 今日の掲示板はこれ。「苦しいのは自分を中心にしているからだ」というもの。平野修先生(真宗大谷派明証寺住職)の言葉から。平野先生は、1943年(昭和18年)石川県に生まれる。大谷大学大学院博士課程修了。九州大谷短期大学教授。石川県松任市(現白山市) 真宗大谷派明証寺住職。1995年9月27日示寂。著書に 『浄土の問題ー世界と聚りー』(金沢教区教化委員会)、 『鬼神からの解放ー化身土巻ー』(上・下)(難波別院)、 『浄土論註講義ー論註の基礎ー』(一・二)(六道会)、 『民衆の中の親鸞』(東本願寺)『教行信証に学ぶ』(東本願寺)など多数がある。

 

じゃぁ、また、明日、会えると、いいね。


花冷えの 山にのたうつ 山桜

2018年03月04日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 150-60-65 36.4 97% これが理解できる読者様でありますように。

 昨夜から今朝に掛けても夜が眠られずに、起きたまんま、まんじりともせずにCCU内に閉じこもっていた。計量トイレに行くのは自由。横になれば喉が詰まったようになって、苦しくて起きてしまう。たまに、看護師さんにお願いして、150mlのお水か、氷水をもらうのが楽しみだった。

 

 看護師さんから、「痰を出して下さい」、「痰を出して下さい・・」と言われるが、名門(?)通信会社では、「痰・唾・吐くな」と大書された看板があって、痰や唾を吐く者は礼儀いらずの無礼者とされていた。

 

 「手鼻をかむ」というのは素手や空気で鼻水を放出することを言ったが、天下に「TTS」の代紋を背負った私たちは決してすべき行為ではなかった。こういうことが第三者に知られて通報でもされたら大変なことになった。ちなみに、TTSというのは、Telegram & Telephone Service の略語だった。

 

 このマークの中に、TTS という字が隠されている。

 

 こういうのは、スポーツ選手に多かった。今でもピッチに唾を吐くサッカー選手はたんといるし、プロ野球の選手たちの中にも多い。だから、余計に朝の朝礼でも、そういうことがやかましく言われた時代があった。

 

 こういうのは今でもある光景。

 

 会社をやめて10年あまり。身についた習性は脱ぎ払えない。だから、こういう現象が起こっても、どうしようもなくなって苦しがっているしかない。これで案外と寝られないものだ。

 

 だから、痰を出せ、痰を出せ・・・というのも、私にとっては大きなストレスになる。それは、公衆の面前で裸になれというにも等しい。だから、風邪とストレスだけには気をつけていないととんでもないことになってしまう。病院の中だとは言え、人の居る場所や人の声の聞こえる場所では無理というもので、いつも、トイレに籠もって痰を出していた。

 

 今日の掲示板はこれ。「善し悪しの 写る姿の影法師 よくよく見れば 我が姿なりけり」というもの。自分の鏡に写る姿というのは、よくよく考えてみれば、自分の心の善悪を映しだしているようなものだということだと思う。影は実際の姿が地上に映ったもの だが、それは、かならずしも本当の姿ではないし、自分の心の姿が投影されたものとし、その影を、よくよく反省の材料として、見つめるべきであると教えてく れているのかも知れない。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


春風の 流れる音や 梅の紅

2018年03月03日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 150-60-62 36.5° 97%

 娑婆世界では雛祭りらしい。毎年、「ひけたひなまつり」を取材してきたが、今年は時期的に無理だったみたい・・・。

 

 検尿トイレで1日8回、1回が200ml、一日におよそ16リットル。少なめかも知れない。普通トイレで痰切りと痰廃棄が6回から8回。最近はそれがお仕事みたいなものだ。

 

 こんな、おじさんの話を聞いた。高松競輪が好きで、よく競輪場へ通っていた。

 

 ところがある日、突然のめまいがして、周りが真っ暗闇になりガードレールにぶつかって大けがをした。

 

 「このオラがどうしたんかのぉ~」と、薄れて行く記憶の中でおじさんは自分の人生を振り返ってみた。「オラが死んだら、あの神山の田圃はどうなるのか」息子や娘も山奥に田圃があることを知らない。

 

 そこで、息子を呼びつけて、「神山の36番地から98番地までと、東谷の6枚の田圃も見ておいてくれ。それと、オラが死んだら、全国会議員がお悔やみに来てくれるので粗相の無いように・・・。

 

 ま、そんな調子では、当分、葬式も必要有るまいなぁと思ったことだった。

 

 つまり、心不全になると水がおなかにたまってくるらしい。昨夜(今朝方か)の夢は怖かった。何のストレスがかかったのだろうか。で、何度も説明するが、おなかに水がたまると、心臓や肺を圧迫するから血圧が上がり、呼吸困難になって心拍数も上昇する。

 

 心不全では心臓ポンプが古くなり、ポンプ作用が低下し、肺うっ血が起こってくる。実は一ヶ月ほど前から体調が優れないのだ。おなかが張るし、食事が半分ほどしか食べられない。また、椅子や座布団に座ると全く飲食ができない。つまり、おなかがつかえて食べ物が入らないのである。だから立って食べないといけない。

 

 で、こういう手帳を頂いたのだが、これでは面倒で記入が面倒だ。

 

 今では、こういうものを使っている。

 

 今日の掲示板はこれ。「往き先がわかれば 生き方がわかる」というもの。いつもの、町内にある善楽寺さんの掲示板にあったもの。

行き先が分かれば 行き方が分かる
 往き先が分かれば 生き方が分かる (仏光寺)

 「いきさきがわかれば、いきかたがわかる」上段、下段、どちらも読み方は同じだが、使われる漢字が違うために表現されていることが少々違う。「行く」という「行」の字は、十字路をかたどった象形文字で、道の事を表現している。「行き先が分かれば、行き方が分かる」という事は、例えれば、体の調子が悪かったら、病院へ行こうと決める。病院という行き先が決まれば、いつ行こうか、どの道を行こうか、歩いて行こうか、車で行こうか等々、日々の生活の中で考えながら決断し、行動に移している。今月の言葉の通り、行き先(目的地)が分かれば、行き方(どの道路を行くか)が分かるというもの。次の往く先の「往」の字は、「むかし」「いにしえ」「いま」「むかう」「のち」「それからあと」という様々な意味がある。これは、過去・未来・現在の三世の歩みを表す言葉である。私達がどこから来て、どこにいて、どこに向かうのかという、人生の往く道を表現しているのだという。

 

じゃぁ、また、明日、会えれば、いいね。


春が来て 病院脇を 過ぎる鳥

2018年03月02日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 現実の娑婆世界へ戻って来た。そのことを如実に感じられるのが「苦痛」の世界であろう。釈尊は、苦について悩まれ、苦から脱する法こそ悟りの世界だとされた。

 

 胸の痛み、器具を挿入された喉の痛み。それらが今の私の苦であった。その苦のために、眠れない、食べられない、横になりたくない。でも、それが許されないのが現世であり、穢土であり、娑婆である。

 

 今日のお昼から七部かゆ、バナナ、牛乳などが出されたが、何日も食べていない分、皆目食べる食欲も元気もなかった。歯磨きの練習をして、靴をはいて、南3フロアを歩いてみた。このドアの向こうが、私の居るccuである。ここから出て・・・。

 

 途中にある計尿トイレにも寄ってみた。CCU内に置かれたポータブルトイレではなく、南3フロアにある計量トイレを使うことを許可してくれた。これだと靴を履いて、ウォーキングのリハビリにもなるし、何よりポータブルトイレの後処理を看護師さんにお願いするのが面倒臭い。

 

 ここだと、自動で後処理までやってくれるので気持ちがいい。

 

 それだし、食事もし、寝たり起きたりする頭先に、これがあるのはなんとも気分がいらついて仕方がない。

 

 さて、肝心の手術のことについては触れていなかった。と言うのも、私はまるきり、何をされたのかを知らないからだ。ということで、ドクターからの「手術説明書」からの要約で。「胸骨を正中で切開し、人工心肺装置を使用し心臓を停止させ、僧帽弁を人工弁に交換し、三尖弁は形成する」

 

 僧帽弁というのは、カトリックのお坊さんがかむっている帽子の形に似ているのでこの名があるらしい。

 

 この、僧帽弁を人工弁に取り替えている。三尖弁は形成すみ。

 

 これが今回のメインの手術で、これでおしまいと思われていたのだが・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「同じことでも「なんだこれしかできない」と不満に思う人「これだけはできた」と喜ぶ人 喜ぶ人が幸せへ」というもの。「3歩しか歩けない」と嘆くのか、「3歩も歩けた」と喜ぶかの違い。それが人生には大きなことで、1,000Kmしか歩けないのか、1,000Kmも歩けたと喜ぶのかみたいな差になって来る。人生は、そんな少しの差が大きな喜びに実って来るものだ。今回の入院で、しみじみとかみしめたことだった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


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