少年カメラ・クラブ

子供心を失わない大人であり続けたいと思います。

フィクションとノンフィクション

2005-03-14 22:00:03 | 哲学
フィクションとノンフィクションは違う。(最近、こういう書き出しが多いね)

フィクションはバーチャルで、ノンフィクションはリアルである。

しかし、ものごとはそれほど単純だろうか?今、現在に起こっていることはリアルだというかもしれないが、それが過去になった瞬間からその絶対性は揺らぎ始める。

つまり、人の記憶はあやふやだから、過去の出来事が本当だったかどうかははっきりしなくなるではないか。ものすごく時間が経つと、人はリアルな出来事を演劇というかたちでフィクションに変えてしまう。そうなってしまうと、過去の出来事がリアルだったのかフィクションだったのかはもうどうでもいい。人が見て面白いと思うか、それだけが重要だ。時間というものは、リアルとバーチャルの区別をあいまいにする効果があるのだ。

実は時間だけがリアルとバーチャルの距離を縮めるわけではない。リアルとバーチャルを理解する人の心それ自身さえ、リアルとバーチャルの区別をあいまいにしている。

つまり、あること(リアリティ)をある人が認識したからといって、もう一人の人が隣にいたとしてもそのリアリティに気がついているとは限らない。気がついていない以上、その人にとっては、それはリアリティといえるのだろうか。多分いえないだろう。

別の視点から考えてみよう。フィクションって一体なんだろう。フィクションというのはリアルではないものだから、心の中で生まれたものであるはずである。

ここまでの話をまとめると、リアリティと心の区別はあいまいであるという結論に至る。普通は、リアルな存在と夢のような心の中の出来事は、全く異なるものということになっている。しかし、よくよく考えてみるとこの二つはどうみても同じことでしかない。

この話は、別に僕が初めて言い出したことでは勿論ない。たとえば心理学者のユングなども同じようなことを言っている。そのことを読んだのは大分昔のことなのだが、それが理解できるようになったのはつい最近のことだ。ものごとを理解するということは、本を読むということと等価ではない。少なくとも僕の場合は。