「深雪、今日の晩飯は何がいい?」
「うーん、ギョーザ!」
というわけで今日は餃子だ。
家では餃子は女房が作る。ボクはほとんど手出しはしない。
不器用なので餃子を上手く包めないという欠点があるが、なんといっても女房が作る餃子はウマイのだ。
どれくらいウマイか。
ニュージーランドで一番ウマイ。
「そんなバカな」という人は一歩前に出なさい。
そしてそのまま家に来なさい。
家に来たらビールを飲みながらギョーザを食べてみなさい。
納得するはずです。
日本だったらウマイ餃子はあるが、ニュージーランドに来て二十数年、これ以上にウマイ餃子を食べたことがない。
メニューが決まると買い出しである。
先ずは近所の肉屋へ行く。
最近はショッピングモール内にある肉屋がお気に入りだ。
行きつけの郊外にある肉屋のオーナーが店を売って、今はショッピングモール内にある店舗でやっている。
向こうもボクのことを覚えていて世間話を交わす。
「どうだ、最近は向こうの店に行ってるか?」
「まあ時々ね。娘の学校が近いからね」
親父は用があるらしく、店の奥に入っていった。
スタッフが声をかけてくれる。
「いらっしゃい、今日は何にします?」
「豚の挽肉が欲しいんだけど」
餃子には豚挽きだ。
「ハイよ、どれぐらい?」
「500g」
「ハイハイ、ちょっと待っててね」
彼女は豚肉をその場で挽肉にしてくれる。
店には活気があり、従業員が皆生き生きと働いている。
良い店というのは、お客さんが喜んでお金を払っていく店だ。
そういう店は雰囲気で分かる。ぼくも喜んで買い物をする。
ショッピングモール内にはスーパーマーケットもあるが、ボクはスーパーで生鮮品は買わない。
肉は肉屋で、魚は魚屋で、野菜は八百屋で買う。
大型スーパーの生鮮品は長期冷蔵されているからか、仕入れの場所が違うのか、食べ物自体が持っているエネルギーが低いような気がする。
何と言っても肉屋の肉は美味いのだ。
野菜を八百屋で買い、韓国のお店で餃子の皮とニラを買う。
庭にニラが植えてあるが場所が悪いのか育ちがあまり良くない。どこか良い場所に移し変えてやらなくては。
今日の餃子はおから入り餃子だ。
深雪はおからがあまり好きではないが、こうやって分からないようにすると食べる。
おからを入れすぎるとパサパサした感じになるが、少しぐらい入る分には何も分からない。
毎週土曜日の午後、深雪は日本語補習校へ行く。
そこへキウィの豆腐屋が豆腐を売りに来る。オーガニックの豆腐はなかなか美味く、きっちりと豆の味がする。
自分でいろいろやるボクだが豆腐は作らない。
やればできるだろうが、、それに費やすエネルギーは少なくない。
人間のエネルギーは限りがあるので、全ての物を自分で作るわけにはいかない。
それよりウマイ豆腐を作る豆腐屋があるのだからそれを買えば良い。ボクはここでも喜んでお金を払う。
モチはモチ屋なのだ。
以前何かの本で読んだが、今や豆腐は海外の方が美味いそうだ。
日本の大手メーカーでは生産を上げるために色々な混ぜ物を入れる。同じ量の大豆からたくさん豆腐ができる。おからのでない豆腐だ。
もちろん日本でも昔ながらにきっちりと作っている豆腐屋はある。もちろん美味い。新潟県能生町にある無人販売のおぼろ豆腐は絶品だ。
だが商売としては厳しいのではなかろうか。
スーパーで安く売っている豆腐が今の主流だろう。安ければ良い、という考えは食生活の根底を揺るがす。
それよりも海外の豆腐屋は昔ながらに大豆とにがりで豆腐を作る。結果、海外の豆腐は美味いとなる。
豆はネルソン産オーガニックの大豆。
豆腐屋が言うには、この農家はオーガニックの資格を取っていないけだけで、やりかたは有機農法でやっている。
厳密に言えばオーガニックとうたうのはダメなんだろう。
だが・・・オーガニックに資格?
そんなの作っている物を食べてみれば分かるじゃねえか。
農薬や化学肥料を使わない野菜はウマイんだよ。不味かったらそこで買わないだけだ。
そんなことでゴタゴタ言ってるから物事の本質が見えてこない。エネルギーをもっとマシな方へ使え。
ともあれボクはその豆腐屋から大豆を業務用で買い込み、納豆を作っている。
納豆はウマイと評判が良く、売ってくれと家に買いに来る人もいる。
豆腐が美味ければおからも美味い。
大豆のしぼりかすとはいえ、体に良い植物性タンパク質の健康食品である。タダ同然に安いというのが何より良い。
人に良ければニワトリにも良い。ヒネとミカンのエサには常におからが入っている。ムダにしないというのは実に気持ちが良いことだ。
野菜は本来は庭のシルバービートを入れる。
シルバービートは日本に無い野菜で、ほうれん草と白菜の中間のようなものだ。鉄分が豊富でヘルシーなのだ。
今年のシルバービートはまだ芽が出たばかりで小さいので、買ってきたキャベツを使う。
ちなみに庭のシルバービート入り餃子はオセアニア地区で一番ウマイ餃子に格上げされる。
「餃子と言えばビール、ビールと言えば餃子」
餃子の時のお決まり文句を言いながらビールを開ける。
女房殿が最初の一皿を持ってきた。こういう時だけ殿を付ける。
そうそう餃子はひっくり返して盛りつけるんだよね。
誰が最初にやったんだろう。これも文化。
「いっただきま~す」
底辺はカリっと焼け、上の皮はモチモチ。具の量と皮の厚みのバランスも良い。野菜と肉の割合も二重丸。
肉は入れすぎたらダメなんだと、親戚のラーメン屋のおじさんも言っていた。
皮だって買ってきたままだと厚いので、ちょうどいい薄さまで麺棒でのぼしたものだ。
材料自体は安いけど手間がかかる料理なのだ。一個一個に愛がたっぷり詰まっている。本当のご馳走である。
皮だって、自分で麦を栽培して収穫して粉にしてその粉で皮を作ったりとか、豚を育ててその肉で作ったらもっとウマイだろうが、そこまでやったら世界一ウマイ餃子になってしまう。
ボクはニュージランドで一番ウマイ餃子で充分満足である。
皮に包まれていた、蒸し焼きにされた具の旨みが、皮をかみ切ると口の中で広がる。
濃厚な味の後のビールの爽快感がたまらない。
深雪が親指を立ててウマイというサインを出している。
嗚呼この世はかくも素晴らしきものかな。
「うーん、ギョーザ!」
というわけで今日は餃子だ。
家では餃子は女房が作る。ボクはほとんど手出しはしない。
不器用なので餃子を上手く包めないという欠点があるが、なんといっても女房が作る餃子はウマイのだ。
どれくらいウマイか。
ニュージーランドで一番ウマイ。
「そんなバカな」という人は一歩前に出なさい。
そしてそのまま家に来なさい。
家に来たらビールを飲みながらギョーザを食べてみなさい。
納得するはずです。
日本だったらウマイ餃子はあるが、ニュージーランドに来て二十数年、これ以上にウマイ餃子を食べたことがない。
メニューが決まると買い出しである。
先ずは近所の肉屋へ行く。
最近はショッピングモール内にある肉屋がお気に入りだ。
行きつけの郊外にある肉屋のオーナーが店を売って、今はショッピングモール内にある店舗でやっている。
向こうもボクのことを覚えていて世間話を交わす。
「どうだ、最近は向こうの店に行ってるか?」
「まあ時々ね。娘の学校が近いからね」
親父は用があるらしく、店の奥に入っていった。
スタッフが声をかけてくれる。
「いらっしゃい、今日は何にします?」
「豚の挽肉が欲しいんだけど」
餃子には豚挽きだ。
「ハイよ、どれぐらい?」
「500g」
「ハイハイ、ちょっと待っててね」
彼女は豚肉をその場で挽肉にしてくれる。
店には活気があり、従業員が皆生き生きと働いている。
良い店というのは、お客さんが喜んでお金を払っていく店だ。
そういう店は雰囲気で分かる。ぼくも喜んで買い物をする。
ショッピングモール内にはスーパーマーケットもあるが、ボクはスーパーで生鮮品は買わない。
肉は肉屋で、魚は魚屋で、野菜は八百屋で買う。
大型スーパーの生鮮品は長期冷蔵されているからか、仕入れの場所が違うのか、食べ物自体が持っているエネルギーが低いような気がする。
何と言っても肉屋の肉は美味いのだ。
野菜を八百屋で買い、韓国のお店で餃子の皮とニラを買う。
庭にニラが植えてあるが場所が悪いのか育ちがあまり良くない。どこか良い場所に移し変えてやらなくては。
今日の餃子はおから入り餃子だ。
深雪はおからがあまり好きではないが、こうやって分からないようにすると食べる。
おからを入れすぎるとパサパサした感じになるが、少しぐらい入る分には何も分からない。
毎週土曜日の午後、深雪は日本語補習校へ行く。
そこへキウィの豆腐屋が豆腐を売りに来る。オーガニックの豆腐はなかなか美味く、きっちりと豆の味がする。
自分でいろいろやるボクだが豆腐は作らない。
やればできるだろうが、、それに費やすエネルギーは少なくない。
人間のエネルギーは限りがあるので、全ての物を自分で作るわけにはいかない。
それよりウマイ豆腐を作る豆腐屋があるのだからそれを買えば良い。ボクはここでも喜んでお金を払う。
モチはモチ屋なのだ。
以前何かの本で読んだが、今や豆腐は海外の方が美味いそうだ。
日本の大手メーカーでは生産を上げるために色々な混ぜ物を入れる。同じ量の大豆からたくさん豆腐ができる。おからのでない豆腐だ。
もちろん日本でも昔ながらにきっちりと作っている豆腐屋はある。もちろん美味い。新潟県能生町にある無人販売のおぼろ豆腐は絶品だ。
だが商売としては厳しいのではなかろうか。
スーパーで安く売っている豆腐が今の主流だろう。安ければ良い、という考えは食生活の根底を揺るがす。
それよりも海外の豆腐屋は昔ながらに大豆とにがりで豆腐を作る。結果、海外の豆腐は美味いとなる。
豆はネルソン産オーガニックの大豆。
豆腐屋が言うには、この農家はオーガニックの資格を取っていないけだけで、やりかたは有機農法でやっている。
厳密に言えばオーガニックとうたうのはダメなんだろう。
だが・・・オーガニックに資格?
そんなの作っている物を食べてみれば分かるじゃねえか。
農薬や化学肥料を使わない野菜はウマイんだよ。不味かったらそこで買わないだけだ。
そんなことでゴタゴタ言ってるから物事の本質が見えてこない。エネルギーをもっとマシな方へ使え。
ともあれボクはその豆腐屋から大豆を業務用で買い込み、納豆を作っている。
納豆はウマイと評判が良く、売ってくれと家に買いに来る人もいる。
豆腐が美味ければおからも美味い。
大豆のしぼりかすとはいえ、体に良い植物性タンパク質の健康食品である。タダ同然に安いというのが何より良い。
人に良ければニワトリにも良い。ヒネとミカンのエサには常におからが入っている。ムダにしないというのは実に気持ちが良いことだ。
野菜は本来は庭のシルバービートを入れる。
シルバービートは日本に無い野菜で、ほうれん草と白菜の中間のようなものだ。鉄分が豊富でヘルシーなのだ。
今年のシルバービートはまだ芽が出たばかりで小さいので、買ってきたキャベツを使う。
ちなみに庭のシルバービート入り餃子はオセアニア地区で一番ウマイ餃子に格上げされる。
「餃子と言えばビール、ビールと言えば餃子」
餃子の時のお決まり文句を言いながらビールを開ける。
女房殿が最初の一皿を持ってきた。こういう時だけ殿を付ける。
そうそう餃子はひっくり返して盛りつけるんだよね。
誰が最初にやったんだろう。これも文化。
「いっただきま~す」
底辺はカリっと焼け、上の皮はモチモチ。具の量と皮の厚みのバランスも良い。野菜と肉の割合も二重丸。
肉は入れすぎたらダメなんだと、親戚のラーメン屋のおじさんも言っていた。
皮だって買ってきたままだと厚いので、ちょうどいい薄さまで麺棒でのぼしたものだ。
材料自体は安いけど手間がかかる料理なのだ。一個一個に愛がたっぷり詰まっている。本当のご馳走である。
皮だって、自分で麦を栽培して収穫して粉にしてその粉で皮を作ったりとか、豚を育ててその肉で作ったらもっとウマイだろうが、そこまでやったら世界一ウマイ餃子になってしまう。
ボクはニュージランドで一番ウマイ餃子で充分満足である。
皮に包まれていた、蒸し焼きにされた具の旨みが、皮をかみ切ると口の中で広がる。
濃厚な味の後のビールの爽快感がたまらない。
深雪が親指を立ててウマイというサインを出している。
嗚呼この世はかくも素晴らしきものかな。