あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

タイミング

2010-09-14 | 日記
全ての物事にはタイミングがあり偶然という事はなにもない。
人は会うべき時に会うし、会うべき時ではない時はどうやっても会えない。
起こるべき時に物事は起きるし、そうでないときは何も起こらない。
人々は偶然という言葉で全て片づけてしまうが、ボクは全て意味があるととらえる。
大きな事は今回の地震から、小さな事はうちのニワトリが卵を産んだことまで、全てはタイミングである。

先日、タイとガールフレンドのキミが家に遊びに来た。
タイは今さらくどくど書かないが、スーパーポジティブ、一点の曇りもない輝く存在で、ヤツは天気さえも変えることが出来る。
雪が欲しい時に雪が降るし、晴れて欲しい時にヤツのいる所は晴れる。
とてつもなく強い力を持った男で、こういうヤツの周りにはイヤな人が寄ってこない。
イヤな人とは、人からエネルギーを奪うような人で、暗い何かを心の奥に持っている。
そういう人はタイの明るい光がまぶしすぎて近寄って来れない。
逆に明るい光を持った人、地球からエネルギーを受け取り他の人にエネルギーを廻せる人、明るく楽しく正しく生きる人、こういった人はタイの所へ寄ってくる。
引き寄せの法則である。
ガールフレンドのキミも同じく明るい光を持っている。
『そうだな、これぐらいじゃないとタイの彼女にはなれないな』というぐらいの女の子だ。
強いイメージを持って現実化できる人である。
スキーを始めて3日めにブロークンリバーのメイントーに乗ってしまった強者だ。
内面からにじみ出るブスというのはたまにいるが、彼女は間違いなく内面からにじみでる美人である。
その二人が我が家に遊びに来た。

ブロークンリバーでインストラクターをやっていたサムと彼女のユーコ、この二人も素敵な人でボクはよく彼らを家に招く。
タイとキミ、サムとユーコ、そして我が家の3人で一緒に中華を食べに行った。
料理は美味く、酒は進み、会話は楽しくはずみ、全員腹一杯食べ、満足満足の晩であった。
翌日はブロークンリバーへ滑りに行こうか、などと話していたが天気もぱっとしないのでタイ達二人は、クライストチャーチの地震の後の様子を見がてら買い物に行くことになった。
できたて納豆と庭の野菜の味噌汁の朝飯を食べ終え、庭でボクとタイは話をしていた。
エネルギーのこと、自然のこと、人間のこと、野グソの話などなど、話は尽きない。
タイとは100%本音で話ができる。年の差はボクの方が上だが、魂の年齢はタイの方が上かもしれない。
「いやあ、ひっぢさん。地震の日はテンプルにいたんですけど、良かったですわ。山全体が幸せのバイブレーションに包まれていてね。会う人会う人、みんなニコニコしてて。最高の一日でしたよ」
「そうか、良かったな。それはオマエがそうさせたんだよ。オマエの強い明るい光がそういう状況を作ったんだよ」
「そうかあ」
「オマエ、楽しいことだらけだろ?」
「そうですね。楽しいことばかりです」
「悩みはあるか?」
「う~ん、・・・・・・・・ないなあ」
「それでよい。時々こういう人がいるだろ?『君ねえ、人生楽しいことばかりじゃないんだよ。そうやって楽しい楽しいって言っているとそのうちに足元をすくわれるよ』こういう人いない?」
「いるいる。たまにいますね。」
「大間違いだね。楽しいことばかりの人も世の中にはいるんだよ。それがオマエだ。楽しいというのは自分がやるべきことをやり、いかなる出来事も肯定的に受けとめる覚悟をもって、その瞬間を生きることを楽しいというんだよな。何もしないで流されるだけで楽しいと言っているのと訳が違うよな」
「そうっすねえ」
こんなことボクに言われなくてもタイは分かっているはずだ。だが時には言葉に出すことも大切だ。数年前からボクがタイに言う言葉は「どんどんやりなさい」これだけである。
片づけを終えたキミも庭に出てきて話の輪に加わった。
こういうスーパーポジティブな人が集まると常に面白いことが起こる。
ニワトリ小屋の前でニワトリの話をしていると、ふと庭の片隅に目が行った。
次の瞬間、ボクは思わず叫びだした。
「やったあ、ついに産んでくれたぞ」
ニワトリエリアの隅、ポロポロの木の下に小さな茶色の卵が一つ。
待ちに待った初卵である。
なんというタイミング。タイもキミも大爆笑だ。
「ありがとう、ヒネ、ミカン、そうかお前達もタイとキミのエネルギーを感じて卵を産んでくれたんだな。ありがとう。お祝いしなくちゃな」
ボクは家の中からヤツらのお気に入りのソーセージを持ってきて、小さくちぎり分け与えた。
二羽とも喜んでつつく。
「タンパク質は必要だからな。たくさん食ってくれ」
こういう人が集まる時、1+1=2ではなくなる。1+1が10にも20にもなる。
まして3人集まるとその数は加速度的に増加する。10万にも1億にもなる。
こうしてボク達の普通では見えない明るい光はこの世を照らす。
庭の野菜達はエネルギーを感じ葉を生い茂らせる。その葉をニワトリが食べる。ニワトリの糞は肥料となり次の世代の野菜を育てる。
理想的なサイクルが生まれる。人間は不完全な存在なので、こういう良いサイクルができると嬉しくなる。
嬉しいという想いは良いエネルギーとなり野菜やニワトリを育てる。好循環である。
ボクは庭で瞑想しながら、ニワトリが大きくなって健全な卵を産むのを念じていたが、タイとキミの影響でそれが実現した。
このタイミングは偶然ではない。
「さあさあ、肉の後は野菜だな」
ボクは畑の白菜をちぎると二羽にさしだした。喜んで食う。
「美味いか?もっと食え。それで美味しい卵を産んでくれ」
タイが笑いながら言った。
「あ~あ、ひっぢさん、もうこの鶏食えないね」
タイは以前自分の所で飼っていた鶏が隣りの犬にかみ殺された時に、自分で捌いて食った。強い男でもある。
「そうだな、こうなっちゃったら食えないな。でもそれでもいいかな。お前達、オレはオマエを食わないから安心して育ってくれ。寿命が来たら庭に埋めてあげるから、それまで元気に美味しい卵を産んでくれ」
二羽とも、何を言ってるのか分からない、という顔で野菜をついばむ。



さて待ちに待ったこの初卵、どうやって食べようか。
この幸せは1人で味わってはいけない。家族が揃ったときに食べるべきだ。
娘も女房も帰ってきて、初卵のニュースを聞いて大喜びだ。
その日の晩は知り合いと外に食べに行く予定があったので、記念すべき初卵を味わうのは翌日となった。
次の朝、ニワトリを小屋から出すと二羽とも昨日の場所に走って行った。
これはひょっとすると、ひょっとするかな。
数十分後、庭に出てみるとあったあった。小さな卵が一つ転がっている。
「ありがとう、ヒネ、ミカン、どっちが産んだか知らないけど美味しく頂くよ」
ボクは二羽に話しかけ、卵を手に取った。
まだ暖かい卵を深雪に握らせる。
家の可愛いニワトリから産まれた命、それを食べる喜びを教える。『いただきます』とは『命をいただきます』なのだ。教育とはこういうことだ。
卵かけご飯も考えたが、今朝はご飯を炊かなかったのでパン食だ。それなら温泉タマゴだな。
2つの卵を3人で分ける。
ちょっと温度が高くて温泉タマゴというより半熟タマゴとなってしまったが、ボクはこれも好きなのでよしとしよう。
ヒネとミカン、二羽の人生というか鳥生というのか、とにかく産まれて数ヶ月のエネルギーの集大成である。
タマゴの味が濃い。味付けはしょうゆのみ。しょうゆのしょっぱさが黄身の甘さと調和する。白身のブヨブヨ感が全体を包む。
とんでもなく美味い。
幸せである。
幸せとは常にそこにあるもので、心がそれを感じるかどうかだ。
こうなればいいなと思ったことは実現する。
そうなる力を人間は持っている。
全ての物事にタイミングに感謝をして受け入れ、自分のやるべきことをやる。
そうすればほら、人生はバラ色さ。ワッハッハ~。



コメント (4)
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