長く続く雨、そこでふっと思い出した彦根の昔話とその舞台をご紹介しましょう。
『絵から抜け出した仏様』
むかしむかしの事、犬上川は、大雨が降る度に堤防が切れて、近くの家だけではなく田んぼや畑の作物も被害を受けて、人々は大変困っていました。
村人は、なんとか大水から村を守ろうと、
「堤防がきれないように」
「大雨が降らないように」
と、仏様に一心に祈りました。
そして、今の開出今町にある覚勝寺(かくしょうじ)のお坊様の永尊(えいそん)や、庄屋の西空(さいくう)が中心になって、頑丈な堤防を作る事になったのです。
工事が始ると、永尊や西空は村人の先頭に立って、一生懸命働きました。そのお蔭で工事は順調に進み、堤防が完成したのです。
「これで大雨が降っても、大丈夫」
と、村人達は安心しました。
ところが、ある年、幾日も幾日も大雨が続き、犬上川の水は、どんどん増えていきました。今にも堤防が切れそうです。
村人は、慌てて大雨の中を、蓑や笠を被って、土嚢や大きな石を積んで、村を守るために頑張りました。
するとその時、どこから現れたのか見慣れないお坊様が二人、雨の中をずぶ濡れになりながら一生懸命働いていらっしゃいました。
しかし、村人達は、堤防をま守る事に夢中で、二人の存在をあまり心に止めませんでした。
日が明ける頃、ひどかった大雨も、段々と小降りになりました。そして、堤防は切れずに済みました。
「よかった。よかった」
と、村人達は喜び合いました。
やがて、一人の村人が、不思議な光景を目にしました。
覚勝寺の縁側に草鞋の跡が点々と続いていたのです。
「これは、一体どうした事だ?」
草鞋の跡を辿って行くと、それは、
二人の仏様の絵の所まで続いていました。
そして不思議な事に、その絵はしっとりと濡れていました。
「夕べの雨の中、自分達を助けて働いて下さったお坊様は、この絵から抜け出したお二人だったんだ」
「ありがたいことだ」
と、村人は、お二人の絵の前に膝を着き、手を合わせて深く祈りお礼を言いました。
それからも、犬上川は何度も堤防が切れるような被害を出す事がありましたが、この辺りは、あまり酷い被害を受けずに済みました。
人々は、その度に、絵から抜け出た仏様のお蔭だと言って、心からの感謝を忘れませんでした。
彦根の市街地から巡礼街道を南に向かい、犬上川の橋を越えて一つ目の信号を琵琶湖方面に向かってすぐに覚勝寺があります。境内はこんな昔話を残しているとは思えないほど清閑な空間に、親鸞上人の像が参拝者を迎えてくれます。
本当に静かなお寺ですが、地元の人が心の拠り所にしてきた歴史を感じられるかもしれません、また境内に昔使われていたと思える大きな鬼瓦が置かれているのですが、普段屋根に乗って大きさが分からない物なだけに、目の前にあるとその大きさに驚きます
彦根市内のでも犬上川は特に水害の多かった川だったらしく、少し上流の甘呂町でも『お丸』という女性が人柱になった話が残り、江州音頭の一節にもなっているので、またここに書いてみたいと思います。
『絵から抜け出した仏様』
むかしむかしの事、犬上川は、大雨が降る度に堤防が切れて、近くの家だけではなく田んぼや畑の作物も被害を受けて、人々は大変困っていました。
村人は、なんとか大水から村を守ろうと、
「堤防がきれないように」
「大雨が降らないように」
と、仏様に一心に祈りました。
そして、今の開出今町にある覚勝寺(かくしょうじ)のお坊様の永尊(えいそん)や、庄屋の西空(さいくう)が中心になって、頑丈な堤防を作る事になったのです。
工事が始ると、永尊や西空は村人の先頭に立って、一生懸命働きました。そのお蔭で工事は順調に進み、堤防が完成したのです。
「これで大雨が降っても、大丈夫」
と、村人達は安心しました。
ところが、ある年、幾日も幾日も大雨が続き、犬上川の水は、どんどん増えていきました。今にも堤防が切れそうです。
村人は、慌てて大雨の中を、蓑や笠を被って、土嚢や大きな石を積んで、村を守るために頑張りました。
するとその時、どこから現れたのか見慣れないお坊様が二人、雨の中をずぶ濡れになりながら一生懸命働いていらっしゃいました。
しかし、村人達は、堤防をま守る事に夢中で、二人の存在をあまり心に止めませんでした。
日が明ける頃、ひどかった大雨も、段々と小降りになりました。そして、堤防は切れずに済みました。
「よかった。よかった」
と、村人達は喜び合いました。
やがて、一人の村人が、不思議な光景を目にしました。
覚勝寺の縁側に草鞋の跡が点々と続いていたのです。
「これは、一体どうした事だ?」
草鞋の跡を辿って行くと、それは、
二人の仏様の絵の所まで続いていました。
そして不思議な事に、その絵はしっとりと濡れていました。
「夕べの雨の中、自分達を助けて働いて下さったお坊様は、この絵から抜け出したお二人だったんだ」
「ありがたいことだ」
と、村人は、お二人の絵の前に膝を着き、手を合わせて深く祈りお礼を言いました。
それからも、犬上川は何度も堤防が切れるような被害を出す事がありましたが、この辺りは、あまり酷い被害を受けずに済みました。
人々は、その度に、絵から抜け出た仏様のお蔭だと言って、心からの感謝を忘れませんでした。
彦根の市街地から巡礼街道を南に向かい、犬上川の橋を越えて一つ目の信号を琵琶湖方面に向かってすぐに覚勝寺があります。境内はこんな昔話を残しているとは思えないほど清閑な空間に、親鸞上人の像が参拝者を迎えてくれます。
本当に静かなお寺ですが、地元の人が心の拠り所にしてきた歴史を感じられるかもしれません、また境内に昔使われていたと思える大きな鬼瓦が置かれているのですが、普段屋根に乗って大きさが分からない物なだけに、目の前にあるとその大きさに驚きます
彦根市内のでも犬上川は特に水害の多かった川だったらしく、少し上流の甘呂町でも『お丸』という女性が人柱になった話が残り、江州音頭の一節にもなっているので、またここに書いてみたいと思います。