注意はすぐれて内的な認知資源ではあるが、ヒューマンエラーとの関係を考えるとき、注意を個人の中だけに閉じ込めて考えてしまうと、話がうさんくさくなる---とは言ってもあとでこの話をすることになるのだが---。事故が起こると、当時者の「たるみによる」うっかりミスが原因との報道がしばしばなされ、それで誰しもが納得して事は治まってしまうようなことになりがちでる。しかし、これでは、次の事故防止につながる有効な対策は生み出されないままになってしまう。注意管理をもっと「場」の中でも考えてみる必要がある。
最新の画像[もっと見る]
- 危険情報活用力 4年前
- 私たちは交友のために生きているのではない」名言の心理学 4年前
- 朝8時。排便コントロール不安のため、デイケアおやすみ。うっすら晴天。野菜スープを流し込む 4年前
- 朝7時。薄曇り。心身共に薄曇り。朝食、食べたくないなー 4年前
- 民主主義では、相対的多数支持者、議員がいれば、どんな悪法でも作れてしまう怖さがある 4年前
- 朝6時半。晴れそうな曇天。可燃ごみ3個、ごみ捨て場まで。重労働。ここ1月ぐらい、心身の状況、最悪。明日で抗がん剤、1週間休みにちょっぴり期待。 4年前
- 朝6時。小雨。体力、気力、食欲、最低。スチバーガ―減薬効果なし。 4年前
- アメリカは、民主主義の戦場だ 4年前
- 朝7時半。晴。ぐっすり寝た感があり、気持ちよし。 4年前
- デイケアは、人助け、それとも、ビジネス? 4年前
火のもと『注意』
より
火の『用心』
がいいとおもふです
まちがひをする可能性がある
ひとの心をみつめ
気を配る
さういふ語感がするです
ご記事とは
離れてしまひますがm(_ _)m
と
ゆひつつ
いつも
とんでもなく
かけはなれているですf^_^;