何度も紹介させて頂いている朝日新聞静岡版に連載中の渡辺先生のコラム、今回も本当にそうなのだろうな、と思ったので、下記転載させて頂く。
※ ※ ※(転載開始)
がん内科医の独り言(2014.11.1)
患者にもルールとマナー
■転院
市民公開講座の休憩時間に、Yさんのご主人から「家内が1年前にA病院で乳がんの手術を受け、抗がん剤治療をしたけど肺に転移しました。先生のところで診てもらえませんか」と声をかけられました。
限られた時間だったので「構いませんよ、担当の先生に診療情報提供書を書いてもらってください」と答えました。
薬物療法なら当院が専門ですし、転院は断りません。ただ手術前後の検査結果や今までの治療内容をまとめた診療情報提供書と、MRIやCTなどの画像診断の情報が必要です。
翌日、Yさんが当院を受診しました。昨日の今日ですから診療情報提供書は持っていません。ご主人は思い立ったらすぐに行動する猪突猛進(ちょとつもうしん)型で、診察室に入るなり「今日から治療をお願いします」。Yさんもいっしょに頭をさげました。しかし情報もないので今日からというわけにはいきません。
A病院の担当医に手紙を書いて情報提供を依頼。先方も快く対応してくれたので、1週間後から治療を開始しました。効果と副作用をみながら抗がん剤を1剤ずつ順番に使って治療し、肺転移による息苦しさやせきもおさまり、Yさんは友人と温泉旅行や歌舞伎見物にも行けるようになりました。
3年経ち、抗がん剤治療もそろそろ使えるものがなくなり、痛みのある骨転移には放射線治療をし、痛み止めを飲みながら症状緩和を主体とした治療に移る時期になりました。
ある夜、Yさんのご主人から「C病院に放射線の新しい機械があると聞いた。電話したら主治医の了解を取るよう言われました」と電話がありました。翌日、C病院から「Yさんが受診し、今日から放射線治療を、と言っていますが……」と連絡があり、急いで診療情報提供書を送りました。
我々医師は患者の求めには精いっぱい応じます。でも患者、家族も常識的な対応をしてくれないと困ります。(浜松オンコロジーセンター・渡辺亨)
(転載終了)※ ※ ※
もちろん、かけがえのない大切な奥様の治療をなんとかしたい、なんとか治って元気になってもらいたいと必死になっているご主人の気持ちは痛いほど理解出来るつもりだ。けれど、さすがに昨日の今日、はないだろう、と思う。
何年も治療を続けていて、今日の明日で、という事態はそうそうはない。しかも、長い治療経過になる乳がんという病を抱えている患者にとって「転院」というのはとても大きな決断であると思う。何の治療情報もなく、口約束で飛び込んで無理をいう、というのはいい大人として、人として果たしてどうだろうか。切羽詰まった患者の家族だから何をやってもいい、などという論理は通用しないだろう。
ものには順序がある。必要な書類を依頼して、用意して頂くのを待って、それから予約の手配をして・・・(もしくは先に転院先の予約手配をして、それになんとか間に合うように書類を用意して頂くように依頼して・・・)。
もちろん皆、ある程度の時間がかかることは承知ではないか。大きい病院にかかっていれば尚更である。内心は気が気でない中、地団太踏みながら普通のステップを踏むわけである。が、今回のコラムのご主人は、とにかく電話だけして、行けば何とかしてくれるだろう、という感じがする。もう来てしまったんだから(このまま帰るわけにはいかない)、さあ、やってもらって当然だという態度にも見える。
大人なんだから、もうちょっと・・・と思う。当の患者のYさんご本人は本当にそれでよかったのだろうか、とも思う。夫のゴリ押しで先生との関係が気まずくなることだって十分考えられるからだ。そんな電話をしていることを知らなかったのか、止められなかったのか。
先生もよほど腹に据えかねてコラムに書かれたのだろうと思わざるを得ない。先生の肩ばかり持つつもりはないし、物分かりのいい患者を気取るわけでは決してないけれど、こういう患者さん(なりそのご家族なり)の無理なリクエストに応えるために医療者が疲弊してしまって、本来の求め-マナーやルールを守って静かに待っている沢山の患者さんたち-に応じられなくなっているとしたら、こうした自己中心的な行動は大きな罪ではないか。
※ ※ ※(転載開始)
がん内科医の独り言(2014.11.1)
患者にもルールとマナー
■転院
市民公開講座の休憩時間に、Yさんのご主人から「家内が1年前にA病院で乳がんの手術を受け、抗がん剤治療をしたけど肺に転移しました。先生のところで診てもらえませんか」と声をかけられました。
限られた時間だったので「構いませんよ、担当の先生に診療情報提供書を書いてもらってください」と答えました。
薬物療法なら当院が専門ですし、転院は断りません。ただ手術前後の検査結果や今までの治療内容をまとめた診療情報提供書と、MRIやCTなどの画像診断の情報が必要です。
翌日、Yさんが当院を受診しました。昨日の今日ですから診療情報提供書は持っていません。ご主人は思い立ったらすぐに行動する猪突猛進(ちょとつもうしん)型で、診察室に入るなり「今日から治療をお願いします」。Yさんもいっしょに頭をさげました。しかし情報もないので今日からというわけにはいきません。
A病院の担当医に手紙を書いて情報提供を依頼。先方も快く対応してくれたので、1週間後から治療を開始しました。効果と副作用をみながら抗がん剤を1剤ずつ順番に使って治療し、肺転移による息苦しさやせきもおさまり、Yさんは友人と温泉旅行や歌舞伎見物にも行けるようになりました。
3年経ち、抗がん剤治療もそろそろ使えるものがなくなり、痛みのある骨転移には放射線治療をし、痛み止めを飲みながら症状緩和を主体とした治療に移る時期になりました。
ある夜、Yさんのご主人から「C病院に放射線の新しい機械があると聞いた。電話したら主治医の了解を取るよう言われました」と電話がありました。翌日、C病院から「Yさんが受診し、今日から放射線治療を、と言っていますが……」と連絡があり、急いで診療情報提供書を送りました。
我々医師は患者の求めには精いっぱい応じます。でも患者、家族も常識的な対応をしてくれないと困ります。(浜松オンコロジーセンター・渡辺亨)
(転載終了)※ ※ ※
もちろん、かけがえのない大切な奥様の治療をなんとかしたい、なんとか治って元気になってもらいたいと必死になっているご主人の気持ちは痛いほど理解出来るつもりだ。けれど、さすがに昨日の今日、はないだろう、と思う。
何年も治療を続けていて、今日の明日で、という事態はそうそうはない。しかも、長い治療経過になる乳がんという病を抱えている患者にとって「転院」というのはとても大きな決断であると思う。何の治療情報もなく、口約束で飛び込んで無理をいう、というのはいい大人として、人として果たしてどうだろうか。切羽詰まった患者の家族だから何をやってもいい、などという論理は通用しないだろう。
ものには順序がある。必要な書類を依頼して、用意して頂くのを待って、それから予約の手配をして・・・(もしくは先に転院先の予約手配をして、それになんとか間に合うように書類を用意して頂くように依頼して・・・)。
もちろん皆、ある程度の時間がかかることは承知ではないか。大きい病院にかかっていれば尚更である。内心は気が気でない中、地団太踏みながら普通のステップを踏むわけである。が、今回のコラムのご主人は、とにかく電話だけして、行けば何とかしてくれるだろう、という感じがする。もう来てしまったんだから(このまま帰るわけにはいかない)、さあ、やってもらって当然だという態度にも見える。
大人なんだから、もうちょっと・・・と思う。当の患者のYさんご本人は本当にそれでよかったのだろうか、とも思う。夫のゴリ押しで先生との関係が気まずくなることだって十分考えられるからだ。そんな電話をしていることを知らなかったのか、止められなかったのか。
先生もよほど腹に据えかねてコラムに書かれたのだろうと思わざるを得ない。先生の肩ばかり持つつもりはないし、物分かりのいい患者を気取るわけでは決してないけれど、こういう患者さん(なりそのご家族なり)の無理なリクエストに応えるために医療者が疲弊してしまって、本来の求め-マナーやルールを守って静かに待っている沢山の患者さんたち-に応じられなくなっているとしたら、こうした自己中心的な行動は大きな罪ではないか。