散日拾遺

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アフガニスタン

2019-12-05 09:42:44 | 日記
2019年12月5日(木)
 医師ワトソンがシャーロック・ホームズに初めて出会ったとき、いきなり「アフガニスタンからお帰りですか?」と図星を指されて呆気にとられる場面がある。後に明かされる推論の過程はホームズに言わせればごく単純なもので、「英国軍医がこんな苦難と腕の傷を被るとしたら、その場所は一体どこか? 明らかにアフガニスタンだ(Clearly in Afghanistan.)」というのであった。
 アメリカがベトナムの泥沼からようよう手を引いたのもつかの間、1979年に今度はソ連がアフガニスタンに侵攻して10年越しの泥沼に陥り、あげくに失敗した。宿敵アメリカの失敗に学ばぬ「第二のベトナム」と揶揄されたが、その頃のたぶん天声人語に上記の場面が紹介されたことがある。ベトナムどころではない、19世紀から難しい地域だったというのである。
 中村哲医師はそのアフガニスタンで腰を据えて活動し続け、そして殉じた。先に亡くなった緒方禎子さん(元・国連難民高等弁務官)と並べ、「アフガニスタンをいかに良くすべきか考え(て行動し)ていた二人を同時期に失った」との評が新聞の片隅に載っている。
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 中村さんらの拓いた水路は、1万6千ヘクタール余の土地と65万人の命を支え続けているという。「薬よりも、まず清潔な水」という主張はあまりにも正しく、だからこそ水の確保が医者の仕事かどうかがあらためて問題になる。誰かがそれをしっかりやってくれるなら、医者は狭義の医者の仕事に専念しておれば良いし、そうすべきであろう。しかし現実はそんな状況にないことを自分の目で確かめ、中村さんは命がけで「水」を求めた。
 同種のことは至るところにあり、日本の日々の現実の中にもある。身体の健康を守ろうとする場合に、薬よりも何よりも水が優先とするなら、心の健康を守るために不可欠の、向精神薬より何より大事な心のインフラとは何か。それを確保するために、医者のできることは何なのか。
 中村さんの勇気と行動力は希有のものだが、その志は広く張った見えない根に支えられている。不滅の足跡に合掌。
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