散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
コメント歓迎、ただし仕事関連のお問い合わせには対応していません。

真白斑の鷹

2019-02-04 12:27:24 | 日記

2019年2月4日(月)

 万葉集 巻19は大伴家持の歌が大半を占めるという。「いきどほる」の語義①用例にあった 4154、全文は下記。

 https://star.ap.teacup.com/yakamochi/579.html より拝借、短歌部分のみ一部改変。

【天平勝宝2年(西暦750)年3月8日、白い大鷹を詠んだ歌一首(並びに短歌)】

安志比奇乃 山坂超而 去更 年緒奈我久 科坂在 故志尓之須米婆 大王之 敷座國者 京師乎母 此間毛於夜自等 心尓波 念毛能可良 語左氣 見左久流人眼 乏等 於毛比志繁 曽己由恵尓 情奈具也等 秋附婆 芽子開尓保布 石瀬野尓 馬太伎由吉□ 乎知許知尓 鳥布美立 白塗之 小鈴毛由良尓 安波勢也理 布里左氣見都追 伊伎騰保流 許己呂能宇知乎 思延 宇礼之備奈我良 枕附 都麻屋之内尓 鳥座由比 須恵弖曽我飼 真白部乃多可

あしひきの 山坂越えて 行きかはる 年の緒長く しなざかる 越(こし)にし住めば 大君の 敷きます国は 都をも ここも同じと 心には 思ふものから 語り放(さ)け 見放(みさ)くる人目 乏(とも)しみと 思ひし繁し そこゆゑに 心なぐやと 秋づけば 萩咲きにほふ 石瀬野(いはせの)に 馬だき行きて をちこちに 鳥踏み立て 白塗りの 小鈴(をすず)もゆらに あはせ遣(や)り 振り放け見つつ いきどほる 心のうちを 思ひ延べ 嬉しびながら 枕付く 妻屋のうちに 鳥座結(とぐらゆ)ひ 据えてぞ我が飼ふ 真白斑(ましらふ)の鷹

 あしひきの山の坂を越えるように、時が過ぎて改まってから年月も長く、しなざかる越中に住んでいる。大君の支配する国は都もここも同じであると、心では思うのだが、語らっては心を晴らし、顔をあわせて気持ちを晴らせる人が少ないため、ついあれこれと思い悩む。
 それ故に心が慰めばと、秋めいてくれば、ハギの花が咲き匂う石瀬野まで、鷹狩りを楽しもうと馬の手綱をたぐって出かけた。あちらこちらで野鳥をとびたたせ、銀メッキした小さな鈴をちりりんと鳴らして鷹が追う、その様子を仰ぎ見てつつ、鬱々と悩み苦しむこの胸のうちを、思い晴らして喜びたいよ。

 まくらづく夫婦の寝室に止まり木を立て、鳥小屋を設けて私が飼うのは、真っ白なまだら模様がいとおしいタカなのだ。

【反歌】

 矢形尾の眞白の鷹を屋戸にすゑかきなで見つつ飼はくし好しも

https://feely.jp/61456/ より拝借

Ω


「いきどほる」と εμβριμαομαι

2019-02-04 09:27:16 | 日記

2019年2月2日(土)

 「いきどほる」は「息が滞る」の意。なので・・・

① 心が晴れない、不平を抱く

 「いきどほる心の内を思ひ延べ」(万・4154)

② 憂える

 「日夜いきどほりて」(垂仁紀・五年)

③ はげしく腹を立てる。憤慨する。

 「わが所にこそ置くべけれとて、いきどほり申しける」(今物語)

(新選古語辞典・改訂新版、小学館 昭和46年)

***

 原義は抑うつ・鬱屈で、憤慨は遅れて生じた第三の用法だったのだ。「息が滞る」から意味が徐々に拡がるとともに、重心の在り処が移っていくのは、言葉の生き物らしさが感じられて面白い。

 似た言葉でも「息詰まる」には「スリリング」という今日の用法が示されず、自動詞「息詰む」に、

① 息をこめてぐっとはりきる。力む。

 「尿(しと)を息詰まば一定もろともにいでぬべし」(著聞集・興言利口)

② こらえる。しんぼうする。いきばる。りきむ。

 という大同小異の二義が上がっている。

 英語で breathtaking というにも感じの出た言葉だが、これは他動詞で「いきどほる」も「いきづまる」も自動詞だ。ここから何か言いたい人もあるだろうか。breathtaking はそれこそ thrillingly wonderful のことだろうから、現代語の「息詰まる」とほぼ同義とすれば、そちらが他動詞でこちらが自動詞なのは面白くはある。

***

 新約ギリシア語に εμβριμαομαι という動詞がある。エンブリマオマイという音からブリブリ怒ってる感じが伝わってくるが、これはまさにそのような由来で、「馬が鼻を鳴らして怒る」様をあらわす擬音から出ている。人ならぬ、馬の息である。よほど腹に据えかね、激しく怒る様をあらわすとされ、新約聖書中に2回 - 見方によってはたった1回しか出てこない。

 正確に言えば、εμβριμαομαι に ① 憤る、② 厳しく命じる、の二義があり。①が2回、②が3回である。

 ②のうち2回は、主が全盲の二人の目を開き(マタイ 9:30)、あるいは重い皮膚病を癒した(マルコ 1:43)際に、誰にも言ってはならないと「厳しくお命じになった」という例の話に関わっている。よほど怖い顔で「ゼッタイ言うなよ!」と緘口を命じられただろうに、癒された嬉しさはこれをやすやすと破らせ、癒しの奇跡はあっという間に衆人の知るところとなった。神学的な意味はさておき、こういう約束破りなら笑いもできようというものだ。

 あと1回は、女が香油の壺を割って髪でイエスの足を拭う場面(マルコ 14:5)に現れる。想像力を働かして読むなら、肉感性にいたたまれなくなる衝撃的な一場であること、以前話題にした。だからこそであろう、居合わせた何人かが「憤慨して互いに言」い、「厳しくとがめた」という、この「厳しくとがめた」が εμβριμαομαι である。

 マルコは、300デナリオンもの施しの種を無駄遣いしたことに人々が怒ったのだと書いているが、これはおそらく焦点を故意にずらしている。人々が怒った、というより、これほどまでに驚き慌てたのは、女の捨て身の接近に別の危険を感じたから・・・とはどの注釈書にも書かれていないが、リアルに読めば一目瞭然と僕には思われる。対する主の応答によって、危険が女の側にでなく、見る者の側にあることが示された。あるいは、危険が現実に女から取り除かれ、見る者と読者の中に投げ込また、のではなかっただろうか。マタイの並行箇所では「憤慨」は残っているが「厳しくとがめた」は削除されている(マタイ 26:8-9)。マタイらしいどんな忖度がそこにあったか。

 さて①である。この2回は一つの物語の中での反復使用であり、それで「見方によっては1回だけ」と書いた。該当箇所は下記。ラザロの復活、『罪と罰』の中で人殺しの主人公が「文字通り信じています」と予審判事に言ってのける、第四福音書固有の記事である。

**

 マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。イエスは涙を流された。
 ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。
 イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた。
 イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。

(ヨハネ 11:32-39 )

 **

 「心に憤りを覚え」(11:33)「再び心に憤りを覚え」(11:38)、これらが εμβριμαομαι だ。最大の奇跡を行う前に、イエスは涙を流し、怒りに怒ったのである。「心に憤りを覚え」というような行儀の良いものではない、馬が鼻を鳴らし脚で地面を打ち叩く、その激しさで怒りに怒ったのだ。何に対して?「死」に対してである。

 簡単に、ほとぼりをさますものではない、もっともっと、馬のように鼻を鳴らして、憤らなければ。

Ω 

 

 


イキドホリのイキドマリ

2019-02-02 07:56:35 | 日記

2019年2月1日(金)

 イチガツ イッタ ムナシク イッタ

 国中で怒り嘆きが吹き荒れて大渦を巻いている・・・どれ? どのこと?

 何よりも塚原心愛(みあ)さんの件、こともあろうに本人の書いたアンケートが父親の手にわたっていた - ℕ市教育委員会が要求に応じて渡していたことが判明。「虐待の危険性を増す、きわめて不適切な対応」と国の担当者。

 それはその通りだが、ややこしい理屈以前に「ひみつはまもります」というアンケートの大看板が少しも守られなかったことが、素朴にやりきれない。秘密は守られず、秘密を守るという約束も守られなかった。子どもとの約束を弊履のごとくおとなが破り、後始末も手当てもしない。『禁じられた遊び』の悲しい顛末を思い出す。

 「お父さんに、ぼう力をふるわれている」とアンケートで打ち明けた子どもは、その時点では秘密が守られることをつゆ疑わず、無記名でもよいところを堂々と記名した。約束はあっけなく破られ、その後まちがいなく「ぼう力」は激化した。転校後、この子が父親の虐待を訴えることは二度となかったというが、あたりまえだ。秘密が守られないこと、おとなが約束を守らないことを、この子は正しくも学習したのである。

 おとなへの不信を固く身にまとって、この子は短い命を終えた。アンケートを唯々諾々と加害者に手渡し、必要な手立てを講じなかった面々は、この子の死に明確な責任を負っている。約束を頼りに打ち明けた者の信頼を裏切って「ぼう力」を激化させ、被害者の死への道を開いたという意味で、その責任の重さは直接の加害者に必ずしも劣らない。

  「強い威圧を感じ、やむにやまれず手渡した」と苦境を察するような解説を加えた仁があったが、「やむにやまれず」は使い方が間違ってますよ、「そんなに渡したかったんですか」と揚げ足をとられるところ。もちろん、聞くに耐えない悪罵や震え上がるような恫喝があったことだろう。それがどうした?「その場にいたものでなければ、怖さはわからない」とでも反論されるだろうか。

 当方も医療職の端くれである。守備義務を犯して情報を漏らすようコワモテの人に執拗に迫られ、「私の手が後ろへ回りますので、そればかりはヒラに御容赦」とブザマに逃げ回った経験は人並みにあるし、それで良かったのだと確信する。なぜそれができないのか?これは規則であって自分の裁量外、したくてもできないのですと繰り返すだけのこと。規則は急場でこそ身を守ってくれるものだ。善良温順な要請は規則をタテに袖にするのに、悪質な恫喝に対しては簡単に曲げてしまうのなら、何のための規則だろうか。

 殴られそうな勢いだった?好機ですよね、少しでも手を出したら警察を呼べばいいんだから。だからゼッタイ殴りませんよ、父親は。手を出したら警察を呼ばれ、目的を果たせないばかりか自分の暴力性を証明するだけだと、よっく承知しているもの。担当者はどんなに怖くとも決して殴られない。その間、子どもは現実に殴られ続けていたのである。「その場にいた者でなければわからない」は、子どもこそ云いたかったことだろう。訴えられる?規則を守って訴えられるなら、少しも恐くはないでしょう、顧問弁護士に即刻連絡とればいいことだ。

  それより何より、震え上がるほどの怖さを感じたその後で、なるほど該児はこんな風に怒鳴られ、こういう怖さを感じているのかと悟る心がナゼ働かないか。あんな風に怒号したあの親があのアンケートを見たら子どもに何をしでかすか、これは大変だとせめて後知恵でも考えないか。アタマって何のためにあるんでしょうね。

  ***

 1994年に渡米した頃、現地の邦人の間で警告混じりに言い交わされた逸話があった。ニューヨークかどこかで日本人の女の子が「お父さんとお風呂に入ってる」と学校で嬉しそうに話したところ、その情報を受けた公的機関が女の子を「保護」してしまい、事情を説明して子どもを取り戻すのに大変な苦労をしたというのである。

 やり過ぎだと当時は思ったし、アメリカ人のエスノセントリズムを苦々しく垣間見る気もしたが、今は少し感じ方が違う。少なくとも彼地の制度とその運用者は、子どもの命と人権を守るという目的に向けて、滑稽なほど真剣だった。アンケートをやすやすと手渡すような間抜け腰抜けは一人もいなかったはずである。

 教育委員会だけを責められないのは承知している。激しい怒号と女の子の泣き叫ぶ声が聞こえていたのに、近隣からは通報がなかった。近隣住民とは僕ら自身のこと、おとなの共同責任である。約束は守ろう、SOSは見過ごすまいとあらためて思うが、それにつけても日本のおとなの劣化の深刻、水道管の比ではない。

 どれ? どのこと?

Ω