さて今日は色々と考える事の出来る教室内容なので、参考になれば・・・と。
まずみどりから・・・。最後のアイテムになろうものの下絵を持って来た。
前回は金魚。

単なる絵としてなら十分である。ただ問題はこの作品には合っていない・・・・
何故にゾウに金魚そしてカ-ネ-ションに金魚・・・もしこの取り合わせをしたいのなら、
俺が考えるには、マンダラのような模様と考えて、例えばみんな中心を向いていて、
体まで全部は入れずに何だろう・・・これ?って見る人が不思議に見える魔方陣とか、
抽象的に描いた方がつじつまが合わなくても、不思議・・・これつながりなんて事も
あるかも知れ無いが、何だか夢オチっ感じなのね・・・。
ちなみに夢オチって言うのは、小説、漫画なんでも良いが、こんな事がありました・・・
あっ夢だったのか・・・こんなもの。これなら何でも最後は夢でした・・・って出来る。
勿論色々と作ってしまって、いよいよ・・・って言うのなら、それも1つの作戦。
何しろ金田一探偵の横溝さんでも本陣殺人事件と銘打って結果は・・・大どんでん返し。
えぇぇぇそれありなのぉ?って、あれだけ殺人事件を書いたからこそのオチ・・・。
そんな事も確かに効果的だろうが、まだまだみどりには関係の無い話・・・。
何しろ構想の基本は、いかにBEHAPPYに繋げて行くか?だと思うのだけれど。
そんな中で前回は、金魚を飼っていて・・・そんな事も幸せの一部と考えたんだろうが、
大事なのはそうじゃなくて、作ってしまったゾウ達に合うアイテムであって、
単に思いついた事じゃないのね。それでは浅過ぎる。
そう言う作り方をしたいのなら、さっきのような抽象的な感じに・・・であって、
今現状は、カ-ネ-ションにピントを合わせて、向こうにいる親子のゾウをカメラで
撮って見た・・・そんなひとコマになっている。となると金魚は入れづらい。
それが大きな理由。さてではどうなったのか・・・?

今度はこの左端に金魚からバナナの木になって来た・・・おおお-い。
まず構図って話。・・・さっきの金魚と何ら変わっていない・・・・
もしバナナの木を入れたいのなら、ここでしょ?

つまり先日のさくらのせがれのキリンと同じで、親のゾウがバナナを取って子ゾウに
渡そうとしているシ-ンになったりすれば、高さ、場所等言う事無しになる。がしかし、
それでは一番大事な事・・・。それは子ゾウもカ-ネ-ションも自分の娘としての比喩に
使っている事・・・じゃあ聞こう。バナナをカ-ネ-ションは餌にするかい?
おかしくない?これを見た娘はどんな気分なのだろうか・・・?
まず何故子ゾウには色々と母からの恩恵みたいなものが沢山あるように見えるのに、
カ-ネ-ションには何も無く、1人きりに見えるのは俺だけだろうか?・・・・
そこで質問をした。植物に必要なものは?・・・すると、水と光と言うのね。
それで・・・そこに何かあるかい?と聞くと、何も無い・・・と言う・・・。だね。
ならば何とかしてみ・・・となるが、最初から光もかろうじて通る位置・・・・
しかも水は恐らく届かない・・・もし届いたら余りにも不自然過ぎる・・・さてどうする?要はこの絵は子ゾウでは無く、いつしか大人になった娘はカ-ネ-ションに見立てた
それは段々と母から離れて行く、親離れ、子離れのようなものの比喩となる。
方やまだまだ親を必要とし、方や大人になって母としての存在感が薄くなった事で、
届かないような状況・・・それなら、足りないものは第三者に・・・つまりこの場合、
花がカ-ネ-ション・・・つまりお母さんになって貰うものだったりする訳で・・・
それならば、そんな時には水をくれる人は母では無く、旦那さんになる人な訳で。
けれど母じゃない人としても、いすれにせよ水と光は無いと生きられない植物・・・
自分で歩ける動物とは違うのね。そう考えれば、そこに欲しいアイテムはジョウロの
ような水を掛ける為の道具・・・それで水を掛けてくれる・・・そんな比喩。
いかに母とは違う何か?誰か?そんな事を連想させるようなアイテムであり、尚且つ
水に関係するもの・・・所がそれだとさっきの金魚は水物じゃん・・・と言いたくなるが
さっきも言ったように、写真で撮ったように・・・となると、金魚を入れると、
卒業アルバムで当日休んだ○で囲まれた写真みたいに別物にも見える・・・・
今までの構図から考えても、そこにあってしっくりするものじゃないとね・・・
難しいのは良く判るけれど、そもそもがチャッチャと作る作品じゃ無かった・・・
それがこうなった原因・・・。娘が嫁ぐ時に持たせるようなものが、そんなに軽いものなら、大した育て方じゃなかったって事なんじゃない?・・・・
あんな事、こんな事あったはずで、子供がいないお前に何が判る・・・その位の気迫は
必要で、どんな思いが詰まっているのか?どんなに手放すのが切ないのか?
それをはいどうぞ・・・では余りに軽い。良く考える事・・・そんな重いテ-マなのに
・・・・今、彼女は嫁ぎます・・・長い間・・・ってそんなシ-ンにこれを出す・・・
それがもし今までのようなみどりのリアルな作品達だったとしたら・・・・・・
それはそれは映像として良いアイテムな感じがするだろうが、この作品はと言うと?
デフォルメだらけ・・・見た目は単に可愛いだけ。そんな場合、いかに内容を濃く・・
そうしないと、そこは単に有難う、どうもねぇぇぇぇ・・・・・って軽いリアクションが
お似合いになってしまう・・・。そこはきちんと受け取る側の心にズシッと残る、
手渡しされた作品の実際の重みでは無く、それ以上の重さを感じるような・・・・
その位、伝わるようなそんな作品にしないと、デフォルメしてしまった作品と言うのは
軽視されがちなのである。映画を思い出せばとても簡単。
緊迫するようなリアルなものは当然凄いぃぃ・・・素直に泣けちゃった・・・となるが
アニメのようなもので、通常緊張感も無いおふざけ満載のもの・・・ん・・・
まるちゃんやしんちゃんだったりして、場合に寄っては内容でウルッと来る事がある。
あれ、あれ。つまりデフォルメであっても、きちんとした内容であれば、同じキャラでも
格式は上がる。つまりこう言ったデフォルメの作品を腕の上がった人が作る場合、
いかにテ-マだけはしっかりする・・・ここだけはしっかり・・・それを持ってして
きちんとおふざけをする・・・それが成立すると、場合に寄っては心を揺さぶる事が
出来る・・・そんな勉強だと思えば、苦労はするだろうけれど、何かを掴むきっかけに
なるとは思うのだけれど・・・・。
そんな中、プチと書いたのは、さくらがプチって感じにやって来たから・・・。

さくらはやってます・・・かなり意地で・・・そうね・・・病気にならないとさくらには
なれないから、本当の意味では分かり合える事は無い・・・俺はそう思う。
しかし、何とかこっちも・・・見守る方も結構きついんだよ・・・と伝えないと、
こっちの気持ちも伝わらないし・・・そもそも本気で付き合うって言うのは、楽なはずは
無い。増して病気を抱えて生きているような人を、普通に・・・と言う態度で・・・
勿論、いつも通り位の症状なら、ほらやれよっ・・・って態度でも良いだろうが、
具合が悪い状況では、いつもでもきつい言い方をしていたとしたら・・・これ以上は
きつい言い方はしたくない・・・けれど、辞めればとは言うつもりは無い。
楽にさせるのが正しいとは思わないから。意地を張ってやっていてバランスが取れている
のなら、本人がそうしている以上、そうさせる・・・それも1つの考え。
では俺も受け入れているのなら、1つくらいは受け入れろ・・・目がぶれて見える・・・
モノが二重に見える・・・そんな言葉を聞いた指導・・・
昔、俺の親父が近視で老眼になり立ての頃に、同じような表現をした事がある。
その時に、良く仕事中に片目を閉じる事があった・・・・。
両目で焦点が合わないのなら、無理して両目なんか使うな・・・・張る所まで意地で
両目でも構わない・・・みんなと同じように・・・元気な人達と同じように・・・と
やりたいのだろうから・・・けれど、そうでないのは事実。なら、プチ妥協とでも考えて
片目を閉じろ・・・そうすれば、焦点は合わせなくても良いのだから、確実に今よりも
マシになる。しかもこのときのル-ルはいずれの目に決めうちして、あっちこっちの目に
変えない事。変えてしまうと全く違う位置になってしまうから。
そして最後に俺の目を使え。確認して・・・と。大城選手は見えない分、目になる
パ-トナ-と2人で走っていたのだから、俺達もそうすれば良い。
そうしないか?と言って見た・・・・奴のプライドは傷付いているだろうが・・・
そしてもう1つの提案は、こう言う張り方をして・・・って言うテクニック。
そして自分自身の取り締まりを優しくして、少し進行する・・・どうしてこんな程度しか
出来ないんだろう・・・と責めるのではなく、ここまでやれたのか・・・今日は。
位に・・・。最初の頃に戻って、できたぁ・・・ってね。出来て楽しかった頃に戻って。
そうすれば、何かが変わるはずである・・・・何かが。
いずれにせよ、頑張っているってよりも頑張り過ぎている・・・そんな感じ。
まっそれもさくららしいと言えば、らしいけど。
さてそんな中、俺は・・・

俺も頑張っている・・・・のね・・・
まずみどりから・・・。最後のアイテムになろうものの下絵を持って来た。
前回は金魚。

単なる絵としてなら十分である。ただ問題はこの作品には合っていない・・・・
何故にゾウに金魚そしてカ-ネ-ションに金魚・・・もしこの取り合わせをしたいのなら、
俺が考えるには、マンダラのような模様と考えて、例えばみんな中心を向いていて、
体まで全部は入れずに何だろう・・・これ?って見る人が不思議に見える魔方陣とか、
抽象的に描いた方がつじつまが合わなくても、不思議・・・これつながりなんて事も
あるかも知れ無いが、何だか夢オチっ感じなのね・・・。
ちなみに夢オチって言うのは、小説、漫画なんでも良いが、こんな事がありました・・・
あっ夢だったのか・・・こんなもの。これなら何でも最後は夢でした・・・って出来る。
勿論色々と作ってしまって、いよいよ・・・って言うのなら、それも1つの作戦。
何しろ金田一探偵の横溝さんでも本陣殺人事件と銘打って結果は・・・大どんでん返し。
えぇぇぇそれありなのぉ?って、あれだけ殺人事件を書いたからこそのオチ・・・。
そんな事も確かに効果的だろうが、まだまだみどりには関係の無い話・・・。
何しろ構想の基本は、いかにBEHAPPYに繋げて行くか?だと思うのだけれど。
そんな中で前回は、金魚を飼っていて・・・そんな事も幸せの一部と考えたんだろうが、
大事なのはそうじゃなくて、作ってしまったゾウ達に合うアイテムであって、
単に思いついた事じゃないのね。それでは浅過ぎる。
そう言う作り方をしたいのなら、さっきのような抽象的な感じに・・・であって、
今現状は、カ-ネ-ションにピントを合わせて、向こうにいる親子のゾウをカメラで
撮って見た・・・そんなひとコマになっている。となると金魚は入れづらい。
それが大きな理由。さてではどうなったのか・・・?

今度はこの左端に金魚からバナナの木になって来た・・・おおお-い。
まず構図って話。・・・さっきの金魚と何ら変わっていない・・・・
もしバナナの木を入れたいのなら、ここでしょ?

つまり先日のさくらのせがれのキリンと同じで、親のゾウがバナナを取って子ゾウに
渡そうとしているシ-ンになったりすれば、高さ、場所等言う事無しになる。がしかし、
それでは一番大事な事・・・。それは子ゾウもカ-ネ-ションも自分の娘としての比喩に
使っている事・・・じゃあ聞こう。バナナをカ-ネ-ションは餌にするかい?
おかしくない?これを見た娘はどんな気分なのだろうか・・・?
まず何故子ゾウには色々と母からの恩恵みたいなものが沢山あるように見えるのに、
カ-ネ-ションには何も無く、1人きりに見えるのは俺だけだろうか?・・・・
そこで質問をした。植物に必要なものは?・・・すると、水と光と言うのね。
それで・・・そこに何かあるかい?と聞くと、何も無い・・・と言う・・・。だね。
ならば何とかしてみ・・・となるが、最初から光もかろうじて通る位置・・・・
しかも水は恐らく届かない・・・もし届いたら余りにも不自然過ぎる・・・さてどうする?要はこの絵は子ゾウでは無く、いつしか大人になった娘はカ-ネ-ションに見立てた
それは段々と母から離れて行く、親離れ、子離れのようなものの比喩となる。
方やまだまだ親を必要とし、方や大人になって母としての存在感が薄くなった事で、
届かないような状況・・・それなら、足りないものは第三者に・・・つまりこの場合、
花がカ-ネ-ション・・・つまりお母さんになって貰うものだったりする訳で・・・
それならば、そんな時には水をくれる人は母では無く、旦那さんになる人な訳で。
けれど母じゃない人としても、いすれにせよ水と光は無いと生きられない植物・・・
自分で歩ける動物とは違うのね。そう考えれば、そこに欲しいアイテムはジョウロの
ような水を掛ける為の道具・・・それで水を掛けてくれる・・・そんな比喩。
いかに母とは違う何か?誰か?そんな事を連想させるようなアイテムであり、尚且つ
水に関係するもの・・・所がそれだとさっきの金魚は水物じゃん・・・と言いたくなるが
さっきも言ったように、写真で撮ったように・・・となると、金魚を入れると、
卒業アルバムで当日休んだ○で囲まれた写真みたいに別物にも見える・・・・
今までの構図から考えても、そこにあってしっくりするものじゃないとね・・・
難しいのは良く判るけれど、そもそもがチャッチャと作る作品じゃ無かった・・・
それがこうなった原因・・・。娘が嫁ぐ時に持たせるようなものが、そんなに軽いものなら、大した育て方じゃなかったって事なんじゃない?・・・・
あんな事、こんな事あったはずで、子供がいないお前に何が判る・・・その位の気迫は
必要で、どんな思いが詰まっているのか?どんなに手放すのが切ないのか?
それをはいどうぞ・・・では余りに軽い。良く考える事・・・そんな重いテ-マなのに
・・・・今、彼女は嫁ぎます・・・長い間・・・ってそんなシ-ンにこれを出す・・・
それがもし今までのようなみどりのリアルな作品達だったとしたら・・・・・・
それはそれは映像として良いアイテムな感じがするだろうが、この作品はと言うと?
デフォルメだらけ・・・見た目は単に可愛いだけ。そんな場合、いかに内容を濃く・・
そうしないと、そこは単に有難う、どうもねぇぇぇぇ・・・・・って軽いリアクションが
お似合いになってしまう・・・。そこはきちんと受け取る側の心にズシッと残る、
手渡しされた作品の実際の重みでは無く、それ以上の重さを感じるような・・・・
その位、伝わるようなそんな作品にしないと、デフォルメしてしまった作品と言うのは
軽視されがちなのである。映画を思い出せばとても簡単。
緊迫するようなリアルなものは当然凄いぃぃ・・・素直に泣けちゃった・・・となるが
アニメのようなもので、通常緊張感も無いおふざけ満載のもの・・・ん・・・
まるちゃんやしんちゃんだったりして、場合に寄っては内容でウルッと来る事がある。
あれ、あれ。つまりデフォルメであっても、きちんとした内容であれば、同じキャラでも
格式は上がる。つまりこう言ったデフォルメの作品を腕の上がった人が作る場合、
いかにテ-マだけはしっかりする・・・ここだけはしっかり・・・それを持ってして
きちんとおふざけをする・・・それが成立すると、場合に寄っては心を揺さぶる事が
出来る・・・そんな勉強だと思えば、苦労はするだろうけれど、何かを掴むきっかけに
なるとは思うのだけれど・・・・。
そんな中、プチと書いたのは、さくらがプチって感じにやって来たから・・・。

さくらはやってます・・・かなり意地で・・・そうね・・・病気にならないとさくらには
なれないから、本当の意味では分かり合える事は無い・・・俺はそう思う。
しかし、何とかこっちも・・・見守る方も結構きついんだよ・・・と伝えないと、
こっちの気持ちも伝わらないし・・・そもそも本気で付き合うって言うのは、楽なはずは
無い。増して病気を抱えて生きているような人を、普通に・・・と言う態度で・・・
勿論、いつも通り位の症状なら、ほらやれよっ・・・って態度でも良いだろうが、
具合が悪い状況では、いつもでもきつい言い方をしていたとしたら・・・これ以上は
きつい言い方はしたくない・・・けれど、辞めればとは言うつもりは無い。
楽にさせるのが正しいとは思わないから。意地を張ってやっていてバランスが取れている
のなら、本人がそうしている以上、そうさせる・・・それも1つの考え。
では俺も受け入れているのなら、1つくらいは受け入れろ・・・目がぶれて見える・・・
モノが二重に見える・・・そんな言葉を聞いた指導・・・
昔、俺の親父が近視で老眼になり立ての頃に、同じような表現をした事がある。
その時に、良く仕事中に片目を閉じる事があった・・・・。
両目で焦点が合わないのなら、無理して両目なんか使うな・・・・張る所まで意地で
両目でも構わない・・・みんなと同じように・・・元気な人達と同じように・・・と
やりたいのだろうから・・・けれど、そうでないのは事実。なら、プチ妥協とでも考えて
片目を閉じろ・・・そうすれば、焦点は合わせなくても良いのだから、確実に今よりも
マシになる。しかもこのときのル-ルはいずれの目に決めうちして、あっちこっちの目に
変えない事。変えてしまうと全く違う位置になってしまうから。
そして最後に俺の目を使え。確認して・・・と。大城選手は見えない分、目になる
パ-トナ-と2人で走っていたのだから、俺達もそうすれば良い。
そうしないか?と言って見た・・・・奴のプライドは傷付いているだろうが・・・
そしてもう1つの提案は、こう言う張り方をして・・・って言うテクニック。
そして自分自身の取り締まりを優しくして、少し進行する・・・どうしてこんな程度しか
出来ないんだろう・・・と責めるのではなく、ここまでやれたのか・・・今日は。
位に・・・。最初の頃に戻って、できたぁ・・・ってね。出来て楽しかった頃に戻って。
そうすれば、何かが変わるはずである・・・・何かが。
いずれにせよ、頑張っているってよりも頑張り過ぎている・・・そんな感じ。
まっそれもさくららしいと言えば、らしいけど。
さてそんな中、俺は・・・

俺も頑張っている・・・・のね・・・