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日本の滝100選に選ばれている
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壇鏡の滝の雄滝 高さ40メートルから流れていますがこのときは水量がほとんどありませんでした
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壇鏡の滝の雌滝
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那久岬
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旧那久岬灯台
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水若酢神社
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いぶり凧
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ローソク島に陽が落ちて
島根半島の北50キロに浮かぶ隠岐の島を旅行しました。隠岐諸島には人の住む四つの島(隠岐の島、知夫里島、中之島、西ノ島)の他、人が住んでいない小島が180あります。初日は一番大きい隠岐の島 島後(どうご)を観光しました。
羽田から伊丹空港を経由して隠岐の島の隠岐空港に降り立ち一番初めに行ったところは壇鏡の滝でした。この島々は政権中枢にあった人の中でもより罪が重い罪人を流刑にする遠流の地として知られています。今から1200年前、小野妹子の子孫で平安時代の闇のヒーロと言われた小野篁も嵯峨上皇の怒りを買ってこの島に流されました。彼はその後赦されて官職に復帰しますがこの島で無罪放免を願って一心不乱に滝に打たれて祈願したと伝えられているのがこの壇鏡の滝だそうです。あいにく雨が降らない日が続いていたので滝にはほとんど水量がありませんでした。
那久岬では明治43年地元漁民が建設したという代用灯台(救済灯)を見ました。これで毎日夕方には薪を燃やして火を焚き昭和初期まで島後水道を航行する船の安全を確保したそうです。
次に行ったのは国指定の重要文化財になっている水若酢神社でした。「隠岐造り」と呼ばれる隠岐の島独特の拝殿の屋根は茅葺でした。
いぶり凧は毎年3月、春一番が吹く頃に男の子の誕生祝と無病息災を願ってあげる凧で初めて生まれた子供全員の名前が書かれるそうです。小さなものは畳2~3枚。大きなもので7~8枚、中には12枚もある特大凧もあるそうです。こんな大凧を揚げるには20人もの人手がいるとのこと。
夕方5時近くになってから赤崎港から船に乗りローソク島の観光をしました。
高さ20メートルの奇岩の先端に太陽がくるようにベテランの船長が操船して太陽が岩の先端と重なりローソクに灯がともったように見える瞬間を撮影しましたがこの日は夕日が高い位置にあって上手く撮れませんでした。
小野篁 百人一首の歌 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟