和子の記録 フォト&俳句

長い間ネイチャーフォトを楽しんで来ましたが最近これに俳句の趣味が加わりました。まだ不慣れですがブログに載せていきます。

達谷窟毘沙門堂 から厳美渓を訪ねて

2024-08-10 08:36:28 | 日記

達谷毘沙門堂



中は撮影禁止でも堂内に上がると清々しい空気が流れていました

弁財天

イチイの大木

金堂

左端に見えるのが摩崖仏

お寺なのに神社の鳥居があるのは何故?

厳美渓



カッコウ団子を注文するのに待っている人 

カッコウ団子が上から籠に入れられて降りてきます





温泉神社

世界遺産毛越寺を見学した後は地元のタクシー会社に電話して達谷毘沙門堂(たっこくびしゃもんどう)まで送ってもらいました。
「1200年前、この地に悪路王、赤頭、高丸と称する賊徒(蝦夷)がいて窟(いわや)に要塞を構 え、周囲の良民を苦しめ悪事・乱暴を極め、国府(中央政府の奥羽政庁・出先機関)では
彼 らを抑えることができなくなったとか。
そこで、桓武天皇(第50代天皇)は坂上田村麻呂に命じて、蝦夷征伐の勅(ちょく、天皇命 令)を下しました。
この報に接し、悪路王たちは達谷窟から3000の兵士(賊徒)を率いて駿河国清美関(するがのくに・きよみがせき、静岡県)に出張ったが、坂上田村麻呂が京を出発したと知ると、
恐れをなして窟に戻ってきました。延暦20年(801年)、坂上田村麻呂は、激戦の末に、窟に籠もって守りを固める蝦夷を打ち破り、悪路王、赤頭、高丸の首を刎ね、蝦夷平定を果た
したそうです。」この話しは乗ってきたタクシーの中でたっぷり聞かせてもらい(10分ぐらいかな)すっかり毘沙門堂のことを知りえての参拝はありがたかったです。
まるで語り部タクシーのようでした。
達谷毘沙門堂は岩手県西磐井郡平泉町にる天台宗の寺院で、坂上田村麻呂が創建した毘沙門天を祀っている懸崖造りの「達谷窟毘沙門堂」があり、国指定の史跡となっています。
また、寺院には珍しく鳥居があることでも有名なんですね。
-毘沙門堂を参拝して奥に進むと、岸壁に刻まれた摩崖仏「岩面大佛」があります。 前九年・後三年の役で亡くなった人々を供養するため、源義家が彫ったそうです。
不動堂は改築中ですが金堂は中に入って参拝出来ました。その後またタクシーに来てもらって(待つこと20分以上)厳美渓に向かいました。 バス路線は今では廃止になっていました。

厳美渓で有名なのはかっこう団子ですね。
創業明治40年。厳美渓名物「空飛ぶだんご」で知られております。名勝厳美渓の渓谷に腰を下ろしてゆったりと賞味できるのがだいご味です。
厳美渓の郭公屋(かっこうや)の反対側にある東屋の木片を木槌でこんこんと叩き、かごに人数分のお金をいれると、郭公屋にスルスルと登っていきます。
するとかごの中にお茶とお団子のセット(お釣り)が入って戻ってきます。
私達もやりたいねと話していましたが休日でもあり待ち人の長い行列があり今日は諦めました。
橋のたもとにあった美味しいお団子屋さんは8年前に行った時は営業していましたがご高齢でもありお店はすでにやめていました。厳美渓に来た時は必ず寄っていた店でもあったので残念でした。
住居はそのままで今でもご健在かな? 私たちはその家の前から出る一関行きバスに乗り帰宅しました。

夏旺かっこう団子に見入る人

毛越寺の曲水の宴とは

2024-08-07 10:17:41 | 日記

曲水の宴

鑓水










2024年5月 世界遺産平泉・毛越寺で「曲水の宴」が開催されたので詳しく調べてみました ..
5月26日(日)に、5年ぶりに平泉・毛越寺で「曲水の宴(きょくすいのえん/ごくすいのえん)」が開催されました。
遣水は山水を池に取り入れるための水路ですが、水底には玉石を敷き詰め、蛇行する流れに水切り、水越し、水分け等の石組を配し、水辺に咲く
四季の草花と相まって素晴らしい景観を作っています。「曲水の宴」は平安時代の宴を再現したもので、遣水に盃を浮かべその流れに合わせて和歌を
詠む優雅な遊びです。
奈良時代から平安時代中期にかけて宮中の年中行事として正式に行われた曲水の宴は、その後、藤原道長や藤原師通などの貴族が自邸で行うように
なります。そして、戦乱の世となり長く途絶えましたが、曲水の宴への関心は高く、江戸時代を通じて内裏の襖絵に和漢の曲水の宴が描かれています。
また江戸時代半ばの享保17年(1732年)に8代将軍徳川吉宗が故実を精査して曲水の宴を江戸城で再興、その5年後の元文2年(1717年)に
中御門上皇が仙洞御所で行われましたとかかれていました。
毛越寺の庭園では今は桔梗が咲き萩の花もこれから盛りになるでしょう。
今回はここで開かれたのねと想像しながらその場所を歩いて確認してきましたので来年も5月の第4日曜日に行われればぜひ来てみたいと思いました。
NHKの大河ドラマ「光る君へ」の第34話(9月放送)に「曲水の宴」のシーンがあるとドラマ先読み解説で見ました。どのように描かれるのかと
楽しみになってきました。

 毛越寺「曲水の宴」は、昭和61年5月18日藤原秀衡公八百年御遠忌特別大祭の記念行事として、藤原氏三代の栄華を偲び再現されました。
 曲水の宴とは、遣水の流れに盃を浮かべ、流れ来る間に和歌を詠み、終って盃を戴くという、中国から伝わった催しで平安時代に盛んに
 行われました。
 当時の曲水の宴で講師をつとめられた坊城俊民氏(堂上華族の嫡子・披講会会長)はその様子を、「桃の枝に羽觴みちびく童さび小袿狩衣おのおの歌詠む」
 と詠じられました。  一番初めの看板に乗っていたこと。


曲水の行事を思ゐ水辺ゆく

平泉の毛越寺 あやめ園 

2024-08-05 08:55:33 | 日記

本堂

芭蕉句碑  「夏草や 兵どもが 夢の跡」

開山堂













大泉が池

常行堂



池中立石


ニュースが古くなりましたが先月大人の休日5日間の切符で三陸を一泊して回ってきた翌日は一日ゆっくり休養日としました。
大人の休日切符三日目はまたもや大宮からはやぶさに乗り今度は一関で下車して東北本線に乗り継ぎ平泉まで行きました。 
改札口では大人の休日切符を握りしめている人達がぞろぞろ降りました。
平泉駅から歩いても20分のところにある毛越寺は、奥州藤原氏二代基衡、三代秀衡により造営されました。
後に『吾妻鏡』が「霊場荘厳吾朝無双(寺院の立派であること国内に並ぶもの無し)」と記すほどの素晴らしい伽藍でしたが、近世までに
すべての堂塔が消滅しました。境内には、全盛期の伽藍遺跡が良好な状態で残されているほか、その中心となる浄土庭園が往時の姿に修復・
再生されていました。
丁度あやめ祭りが開かれている時期でもあり近くの子供たちの写生会があり賑やかでした。
以前ここを訪れた時は池には氷が張り雪も残っていた頃でしたが。

あやめ咲く浄土庭園集う子等

川崎大師にお参りして

2024-08-02 16:58:50 | 日記



経蔵



不動堂





長十郎の碑















薩摩切子風鈴

江戸風鈴







先日川崎にある川崎大師に行って来ました。
川崎大師という通称で呼ばれている平間寺(へいけんじ)は、神奈川県川崎市川崎区にある、真言宗智山派の大本山です。
1128年(大治3年)建立されました。以前、小学校の同級生と訪ねたのが5年前で風鈴まつりでも15年前くらいに来たことがありました。
丁度全国風鈴まつりも開かれていました。 
川崎は長十郎梨発祥の地です。 
長十郎が発見されたのは、明治26年のことで、川崎市大師河原の梨農家であった当麻辰次郎が、自分の梨園で他とは違った品種を発見し、
自分の家の屋号をとって「長十郎」と命名したのが由来です。
長十郎は一斉を風靡しますが、「二十世紀」梨や新品種「幸水」に押され、最近はみかけなくなりました。
二十世紀ナシの発祥の地は私の住んでいる松戸です。
最近では鳥取県などが生産地で有名ですが、発祥の地は千葉県東葛飾郡八柱村大字大橋(現、千葉県松戸市二十世紀ヶ丘)で、明治に松戸覚之助翁が
発見・育成し全国で栽培されるようになりました。

江戸風鈴揺れる美文字のあるがまま