川本ちょっとメモ

★所感は、「手ざわり生活実感的」に目線を低く心がけています。
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二条城お堀端にて 十八歳、夏の夜

2016-07-11 15:41:41 | Weblog


きょうは永六輔さんの訃報を知りました。

♪見上げてごらん 夜の星を
 小さな星の 小さな光りが
 ささやかな幸せを うたってる

♪上を向いて歩こう
 にじんだ星をかぞえて
 思い出す夏の日
 一人ぽっちの夜

うろ覚えのこんな歌を1フレーズか2フレーズ、ちょっと口ずさんでみて、手を腰の後ろにまわして、胸を張って上を向いてみました。その時代にはよく口ずさんだ歌ですが、夜の星を見てささやかな幸せを感じたことって、あったやろか? しまりのないスタイルで、しまりのないことをぼんやり思っていると、ふいと二条城お堀端のできごとを思い出しました。

その夏、毎晩のようにして野口君と連れだって、二条城のお堀端を歩いていました。当時、彼は東堀川二条辺りに住んでいて、同志社商学部の1年生。ぼくは二条から200メートル北の竹屋町辺りに住んでいて、立命館の法学部1年生。二人は、京都府庁南西端向かいの滋野中学、二条城裏のお堀に面した朱雀高校の同級生でした。こう書くだけでもなつかしい。

なんでそんなに夜ごと会っていたのか覚えていません。どんな話をしていたのか、さっぱり覚えていません。二人の共通点は下駄ばきが好きだったことでした。暑い夏の夜に下駄でぶらぶら歩く感覚が、二人ともそんな下駄ばき散歩の味わいそのものが好きだったように思います。

そんなある夜のこと、南側の堀端を西から東に向いてぶらぶら歩いていました。帰り道です。堀川通が近くなってきた辺りにさしかかったとき、堀端の生垣から外へ出ている人の足らしいものが遠目に見えました。「?」 夜目遠目のことでしたが、靴をはいていたので「足?」と思いました。それでも「?」の方が勝っていて、人の足という認知感覚がありません。

二人とも「?」感覚のままで近づき、足が出ている所で立ち止まりました。足を見下ろして観察しました。ちょっと怖気づいて立ちすくんだまま、目いっぱい力を入れて観察しました。

まちがいなく足2本です。革靴をはいていてズボンもはいていて、それらは乾いた土をまぶしたようになっていました。

見えているのは、ふくらはぎから足先まで。すねではなく、ふくらはぎの側が見えているのですから、その姿勢はうつ伏せです。

お堀は生垣で囲まれていて、その葉が下から上まで密集していて、生垣の内側が見えません。両手を地に着けて顔を地面にすりつけるようにして、ふくらはぎのその先を覗きこみました。それでも足の向こうは見えません。

死んでいると思いました。携帯電話がなくコンビニもない時代でした。警察に110番通報するのは家に帰りついてからのことになります。そうするには少し距離がありました。

それで二人で相談をして、足を引っぱってみようということになりました。死んでいるとは思いましたが、そのことを確かめるために引っぱることにしました。死体を引っぱるために、勇気をふりしぼりました。

生垣には焼木杭を打って鉄条網を巡らしてありました。いちばん下の鉄条網の位置が低すぎて、生垣に潜りこんでいる体にひっかかる恐れがありました。いちばん下にある鉄条網を持ち上げるようにして、二人で引っぱりました。そのときです。足が動きました。二人ともびっくりして、手を離しました。

動かない死体のように見えていたものが急に動きだし、ぐいぐいと後ずさりをして、腹這いの姿が見えて、その姿のままで後ずさりをつづけて、その人は生垣から抜け出てきました。ぼくら二人は、びっくりして、あっけにとられて、立ちすくんだまま見ていました。鉄条網にひっかからずに抜け出てきたのが不思議でした。

その人はぼくら二人より年上で勤め人風の、学生だったぼくらから見れば社会人の男性でした。三十代であったようにも思いますし、四十代であったようにも思います。そこのところは忘れてしまいました。

なんでこんなところに潜りこんで、しかもなんで足先だけ出したままになっていたのか。どうしたんですか? 聞いてもぼんやりした風情で答えてくれません。どうも酔いざめのような様子でした。体に異常はなさそうなのでその場を後にして、ぼくらは下駄の音を楽しみながら帰り道を歩きました。

  ――酔っぱろうてお堀の中へ入ろうとしたんやで、きっと。それで、鉄条網の下を腹這いになってかいくぐって、難儀してるうちに酔い疲れて、寝てしもうたんや。

 ――いや、もがいたんと違うやろか。それで疲れて寝てしもうたんと違うか。あほやなあ。
 
 ――二条城お堀端殺人事件? 一瞬そう思うて、どうしよう思うたなあ。びっくりしたなあ。
 
 …と、そんなことを話したように思います。
 
‥‥ぶらりぶらりと下駄の音を楽しみながら歩いた十八歳の夏の夜を、「♪見上げてごらん夜の星を」につれて思い出しました。
 



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