室温は、27.2度。
夕べから雨が降り続いていて、随分涼しくなって目が覚める。
図書館で借りてきた原田マハさんの「奇跡の人」を読む。
明治4年、去場安(さりばあん)は弱視で生まれ、9歳で岩倉具視使節団の女子留学生として渡米し、22歳になるまでの13年間をアメリカで過ごし、英語、英文学、ピアノ、心理学などを学び帰国する。
伊藤博文から友人の介良貞彦氏の3重苦(目が見えない、口が聞けない、耳が聞こえない)の長女れんの教育を頼まれる。
青森の介良家の大邸宅にやって来た安は、6歳のれんが蔵に押し込まれ、ただ食物を与えるだけの獣のようなくらしをしていて驚く。
れんは11ヶ月の時に病で3日3晩高熱だったが、何とか一命は取り止めたが、視覚、聴覚を失うことになり話すことも出来なかった。
そのために6歳になるまで蔵の中で育てられた。
凄い臭いの蔵の中でれんと暮らすが、叫ぶ、暴れて手に負えないので、蔵の中を綺麗に片付けさせて、いやなことは首を振り、欲しいときにはうんと頷くくように、手を頬に当てて、根気よく何度も繰り返して、食物を与えることから始める。
しかし、兄の婚礼が妹のために破談になっていることで、れんのご飯に毒を盛られることがあり、老婆ひさが一人住む別邸で、安とれんのくらしが始まると、みるみるうちにれんが落ち着いてきた。
ある日ボサマという盲目の旅芸人の親子が、津軽三味線で歌を歌いにやって来た。
キレイな声で三味線を引く娘のキワにしばらくれんの遊び相手になって、指文字を覚え、物には名前があることを覚えていく。
突然父親が別宅にやって来て、正座をして、挨拶できるれんの様変わりの姿に驚いて、直ぐに本宅に連れて帰ると言い出す。
キワを寺に預けて、本宅に帰って来たれんだが、甘えさす母親に以前のように食物を手で食べようとして暴れるので、安が叱りつけて、しばらく修羅場となる。
二人だけでうんうんイヤイヤを繰り返して、キチンと座って箸で食事が出来るようになる。
水という言葉を初めて口から出るようになると感動で言葉にならなかった。
重要無形文化財の演芸部門の認定者としてキワが舞台で津軽三味線を演奏するとこになって、「奇跡の人」となったれんと70年ぶりに出会うことになって物語は終了する。
ヘレン・ケラーの「奇跡の人」を彷彿させる話ではあるが、なかなか読みごたえがあって、一気に読んでしまった。
何歳になっても、子育ては難しいものですね。何事も根気よく優しく育てることが大切なことを学びました。
今日の万歩計は、6,707歩でした。