■■杉浦日向子の江戸塾 - 江戸情緒に学ぶ 大酒飲み大会 22
江戸のエコや風俗習慣などから、現代人は、エコという観点に絞っても学ぶところが多いと思っています。杉浦日向子の江戸塾から学ぶところは多く、話のネタとなります。エッセイ風というと大げさになりますが、独断と偏見で紹介してみたいと思います。
私がはじめて杉浦日向子女史を知ったのは、「お江戸でござる」というNHKの番組でした。お酒が好きで、飾らない人柄、江戸時代に生きていたかのような話しぶり、そこから江戸のことを知ると、われわれ現代人に反省の機会が増えるような気がします。
毎月第一水曜日号でお届けします。また、「杉浦日向子の江戸塾」というカテゴリーを作りましたので、一層ブログのバックナンバーが見やすくなりました。
■ 大酒飲み大会 22
江戸時代に「武蔵野」という大きな杯がありました。ススキを前景にした満月が描かれていました。この杯は一升以上もの酒が入るのです。満月にススキという図柄から「野見尽くせぬ」・・・・・「飲み尽くせぬ」というしゃれが込められているのです。
相撲取りが優勝したときに飲む大杯を連想して、その大きさをイメージしてください。
この大杯を使って、八升五合もの酒を飲んだという記録があります。ただし、真偽の程はわかりません。
日本酒だけではなく、焼酎もあり、実は「アラキ」今日では「アラック」と呼ばれているウォツカもありました。ロシアから北前船が運んできたのです。
北前船が運んだ昆布ですが、これはロシアでは海に生える雑草ですので、日本漁船が昆布を採るとそのお礼のようにしてウォツカが提供されてようです。当時は鎖国政策が採られていたので、ビジネスとしての代金は取れませんが、ウォツカが対価の一種であったといえます。すなわち、鎖国下での貿易が行われていたのです。
この酒のみ大会には、武士も町人も、誰もが参加できます。スポンサーが付いた催しものなので参加費などとみみっちいことは言わず、飲み放題です。当然スポンサーはその話題作りのためにお金を出すのですから、結果が発表されるときにはスポンサーの屋号が入ります。
ちなみに「北前船」は当ブログでも紹介したことがありますが、江戸時代の中期以降、明治時代初期にかけて日本海を廻ってのビジネスです。船主は、船を持った移動販売船といったところで、商品の仕入や船の運航など、全てのリスクを負っていました。すなわち、運輸業ではないということになるのです。
商品は主に北海道や北東北から調達し、途中寄港しながら、下関を回って「大坂」(今日の「大阪」)まで運んで売りさばきました。
帰りは、空船で変えるのではなく塩や酒など関西地方の物資を運んでビジネスをしたのです。
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