kenharuの日記

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日本人の心

2012-02-25 | その他
今朝のNHKテレビが、原発事故対応について、日米の違いを取り上げていた。
メルトダウンの可能性について、米国が日本に何度電話しても、日本側はそれを認めなかったと言う。
日本人は戦前と全く変わっていない、とつくづく思った。

昔読んだ、山本七平の「空気の研究」を思い出す。
要旨は、日本人の行動や意思決定を支配するのは、場の「空気」だというもの。
日本人は、自分が属している集団や社会の「空気」には逆らえず、時として、科学的な事実さえも無視する。
そしてこの「空気」こそが、日本をして、勝ち目のない太平洋戦争に突入させた真犯人だという。

政府や原発の組織に属する立場の人は、彼が科学者であっても、「メルトダウン?それを言っちゃオシマイだよ」という、非科学的な態度をとったのではないか。
みんなが内心で「メルトダウンは確実」と思う状況に至っても、誰も言おうとしない。
そんな「空気」の中では、自分一人が言い出しても、仲間に評価されないからだ。
それでも真実を言い張るのは異端であり、「ひとりだけ良い子になろうとした」というそしりを受けかねない。
「空気」の支配によって、対策は後手後手に回ってしまうのである。

しかし、「空気」は悪いことばかりではない。
世界中が、大災害でも略奪や暴行が発生せず、整然と行列を作る「日本人の道徳心」を賞賛したのは、誇らしいことだが、その根っこにも「空気」の原理が潜んでいるように思う。
家族を守るために、物資の確保に走りたくなる心を、「空気」が抑制する。
自分ひとりが浮き上がることを恐れるのだ。

山本七平によれば、日本人の行動を支配しているのは、倫理観や信仰心といった内発的なものではなく、外発的なもの、自分が所属する人間集団の「空気」である。
日本人に独特な「旅の恥はかき捨て」という乱行は、日頃「空気」に支配抑圧されていることへの反作用だともいう。
小人閑居して不善をなす・・・個人としての価値観が確立していないのである。
法よりもムラ社会の「空気」を優先する日本人・・・オリンパス問題もこれだ。

震災のガレキ受け入れが進まないのはどうしてだろう。
被災地で見られた相互扶助の精神が、全国区になると見えなくなる。
自分が属する地域社会の「空気」にのみ、支配されているのだろうか。

大震災を契機に、考えなければならないのは、震災対策だけではない。
我々日本人の「心」も、見直す必要がある。
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