設備は古いが静かに眠れる、道の駅「みまき」で朝を迎えた。
今日は自宅へ向かう予定日である。
物味湯産手形で11ヶ所目の入浴は、佐久ホテル。
歴史の古い老舗旅館で、フロントには「100年時計」が誇らしげに飾ってある。
明治初年に嫁入りしてきた、3代目女将の持参品だという。
ボクが古時計に見入っている間に、カミさんがフロントで受付をした。
「お二人ご一緒に入るか、交代で入ってください」という受付嬢の声が聞こえた。
何らかの事情で大浴場が使えないから、家族風呂を使うように言われたのだろうと、ボクは思った。
若い女中さんに案内された風呂がこれ。
家族サイズの湯船に、緑がかった湯がたっぷり。
なかなか良い温泉である。
カラスの行水を済ませて、そろそろ上がろうかという頃合いに、ドアの外から声が聞こえてきた。
女中さんが「先客が入っているから、もう少し待ってください」と言っている。
フロントが次の入浴客を通したため、彼女は慌てているようだ。
ロビーで待たせれば良いものを、風呂の前は薄暗くて狭い廊下で、椅子なども無い。
ドアの外から女中さんとお客の立ち話が聞こえ続けている。
どうやらドジな対応をしたようだ。
ドライヤーで髪を乾かしていると、女中さんが「すみませーん!」と言いながら、ドアをコンコンとノックした。
「おいおい、ノックしてるよ」
「ノックしてどうするつもり?」
「入ってま~す、と返事しようか」
ノックを無視して身支度を終え、ドアを開けて廊下に出た。
40歳ぐらいの男性客と女中さんが立っていた。
笑いながら「早く出てくれと言うんでしょ?」と問えば、
「脱衣場の声が聞こえたものですから・・・」とうろたえている。
男性客もニヤニヤ笑っている。
「大浴場が使えないと苦労しますね」とねぎらうと、
「今お入りになったのが大浴場です」と言う。
「えっ、この風呂のどこが大浴場?」と驚いたら、
「小浴場はこちらにあるんですが、今日は使えないんです」と、向かい側のドアを開いて見せようとした。
温泉も良かったが、この出来事も面白かった。
思い出し笑いをしながら車を走らせ、佐久インターチェンジから長野道に乗った。
途中、横川SAで休憩。
ここには、昔懐かしい釜飯弁当と、短くカットした急行列車がある。
椅子が6組しかない車両である。
学生時代にこんな汽車に乗って、新潟経由で秋田に帰省したことを思い出した。車中では釜飯も食べたっけ。
ン十年前のことである。
あの時の釜飯は幾らだったのかと、係りの人に尋ねたら、早見表を見ながら「その年は200円でした」と教えてくれた。
懐かしがって尋ねる人が他にも居るらしい。
下仁田インターチェンジで一般道に出て、道草を食いながら埼玉まで走った。