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アルバム『COYOTE』考

2007-09-15 16:40:01 | 佐野元春
先日、書庫を整理していたら、むかし読んだ懐かしい本たちに再会した。
それら本の中に、ヘルマン・ヘッセの長編小説『荒野のおおかみ』をみつけた。
目から鱗が落ちるとはまさにこのことで、
その刹那、僕は佐野元春の最新アルバム『COYOTE』の謎がイッキに解けた。


荒野のおおかみ (新潮文庫) 荒野のおおかみ (新潮文庫)

 ヘルマン・ヘッセ (Hermann Hesse)
 価格:¥ 540(税込)
 発売日:1971-02


ヘルマン・ヘッセは、20世紀前半のドイツを代表する作家(詩人・小説家)の一人である。
父親がかつて牧師だったこともあって神学校に入学したが、やがて、
「詩人になるか、でなければ、何にもなりたくない」
と、逃げだすように退学した。
その後、もっぱら読書をとおして独学し、
さまざまな職業(本屋の店員など)を転々としながらつぎつぎと作品を発表した。


その作風は、第1次世界大戦を境に大いに変化した。
当初は、ロマンティシズムに溢れた牧歌的な作品が多かった。

やがて第1次大戦を体験し、ヘッセは深くその精神を病んだ。
このころから、ヘッセの作風は一変する。
現代文明への強烈な批判と洞察および精神的な問題点が多く描かれるようになった。

さらに第2次大戦後は、自我をもとめてくるしむ若者、
とくに芸術家の姿を描いた多くの作品が、若い世代の共感をよんだ。

戦争は、ヘッセのような過敏すぎる神経と多すぎる感情の量をもった
作家には如何にしても耐えがたく、
その精神を蝕んでいったにちがいない。


そのヘッセの作品に、第1次大戦直後に発表された小説
『荒野のおおかみ』 (Der Steppenwolf)
というのがある。


ここで僕は、論証なしに、ある仮説を述べたい。
アルバム『COYOTE』の下敷きになっている架空のロードムービーは、
ヘッセの『荒野のおおかみ』にインスパイアされて構成されたのではないか。


『荒野のおおかみ』は、ヘッセの小説のうちで、もっとも革新的な作品であるといえる。

主人公の放浪する芸術家ハリー・ハラーは生まれついてのアウトサイダー(ボヘミアン)で、
二面的な本性(人間的なものと狼的なもの)をもつがゆえに、
悪夢のような迷宮にまよいこんでしまう。
ハリーは自殺をひとつの(あるいは唯一の)逃げ道としてかろうじて精神の均衡を保ち、
自分のことを“荒野のおおかみ”だと規定して絶望のうちに暮らしていたが、
ある少女との出会いをキッカケに生きる希望を取り戻そうとする。
…というストーリーだ。


つまり、この作品は、反逆しようとする個人と、
ブルジョワ的伝統との間に横たわる亀裂を、
象徴的に描こうとする試みであった。


佐野元春がはじめて作曲したのは11歳のとき、
ヘルマン・ヘッセの『赤いブナの木』という詩に自作の曲をつけた
という逸話は、ファンのあいだでは有名な話だ。
それから40年ちかい月日が流れたが、
新アルバム制作にあたり、佐野さんのなかで"Younger"というキーワードが浮かび、
必然的にヘッセ的マインドに本卦還りしたんだと思う。


この仮説が正しければ、『COYOTE』は『荒野のおおかみ』同様、
相も変わらず戦争に向かおうとする社会状況や、
性急に発達する文明に翻弄され自分自身や社会に対して
無反省に日々の生活を送っている同時代の人びとを、
アウトサイダーの視点から痛烈に批判した作品ということになる。


ヘッセの『荒野のおおかみ』は、佐野元春によって『荒地を往くCOYOTE』となって、
今まさに現代に蘇ったのだ。


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23 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
なるほど・・・。 (daisymoon)
2007-09-15 17:31:01
なるほど・・・。
『 COYOTE 』が『 荒野のおおかみ 』にインスパイアされた作品だとしたら『 荒野のおおかみ 』を読まないと!
『 荒野のおおかみ 』のカバーイラストも共通する点がありますね。
『 荒野のおおかみ 』・・・『 荒地を往く COYOTE 』ですか。
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ヘッセってそうやって創作をしていたのですね。す... (ichinisan123)
2007-09-16 16:09:24
ヘッセってそうやって創作をしていたのですね。すごい。でなければ、何にもなりたくない、っていう決意。ものすごい決意と勇気ですよね。

本も曲もきいてみたくなりました。

「あばよ」のジャケットも、おもしろくていいですね!
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はじめまして (Unknown author)
2007-09-17 16:21:47
はじめまして
(荒野のおおかみ)が出版されたのはたしかヘッセが50歳の頃です。
(COYOTE)もほぼ同じ年齢ですね。
(佐野元春もたしか50か51くらい)
荒野のおおかみはまさにヘッセの魂の叫びとも言える作品ですね。
この作品は彼の作品の中で、唯一異彩を放っているし、彼の他の作品の下に見られるような妙に甘ったるい表現はこの作品には無いと思います。彼の内面的な飛躍にあったのであろうと思われますね。
主人公ハリーはヘルミーネ(教養のない天子)との突然の出会いに戸惑いながらも、再び思春期の少年ような心をとりもどせたのでしょう。
僕の見解として、おそらくCOYOTEもヘルミーネらしき少女との出会いがあったのだろうと。これほどまでに合致するのだから。おそらく僕は佐野元春はヘッセの生まれ変わりだと思います。
はじめてで、ながながとコメントを書いてしまい失礼しました。
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 しつれいします。 (milo)
2009-11-30 20:01:28
 しつれいします。
 佐野元春にも、ヘッセにも疎く、導かれるままにこのページを覗いて、
 「なるほど」
 「ふーん」
 と感心している次第です。
 「荒野のおおかみ」が読んでみたくなりました。新潮文庫ですね。何だか手に入りやすそうな感じがしますが、どうなんだろう?
 ヘッセですか。奥が深いんですね。ドイツ文学というと、エンデくらいしか手にしたことのない自分が、悔しいですね。
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エンデという作家は知りませんね。 (mf >> milo さん)
2009-12-02 12:35:49
エンデという作家は知りませんね。
どんな物語を書くんでしょうか?
  
ヘッセの代表作といえば、『車輪の下』でしょう。
自伝的作品といっていいかな?
結末は、現実のヘッセとは真逆ですが…。
  
ちなみにタイトルの「車輪」は、主人公の少年を押しつぶそうとしている
「社会のシステム」のことです。
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mfさんどうもありがとうございます。 (milo)
2009-12-02 12:48:29
mfさんどうもありがとうございます。
 確かに「車輪の下」有名ですね。しかし、僕はまだ読んだことがありません(恥)
 で、「車輪の下」はヘッセの代表作として、実際に作風なんかが、ほかの作品ときちんと似ているんでしょうか?ほかの作風の代償として、いえるだけの作品なんでしょうか?
 教えていただけると嬉しいです。

 エンデは「モモ」とか「はてしない物語」とかの童話作家です。
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童話作家ですか。 (mf >> milo さん)
2009-12-04 11:44:14
童話作家ですか。
この手のジャンルは心が清らかな人じゃないと、…ですね (^^;)
  
ヘッセはオススメできるかなぁ?
『車輪の下』の作風は、まさにヘッセ的作品ですよ。
ヘッセ的というのは、要する主人公の精神がとことん病んでいるってことです。
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mfさんこんにちは。 (milo)
2009-12-04 19:02:15
mfさんこんにちは。
 そうですか、「車輪の下」はヘッセの代表作足る作品であると…。機会があったら読んでみます。手に入りにくい本ではないと思うし。
 エンデは確かに心が清らか、な作品ですが、ある意味、mfさんのおっしゃる「心が清らか」と通じるものがないでしょうかね。現実社会への叫びに近いまでの弾劾。そして理想郷を目指してゆく主人公。エンデってそんな感じが僕は大好きです。

 ヘッセかあ。
 (昼間職場で、ここへ書き込みしようとしたら、上司に怒られたわけじゃないけど
 「会社にばれちゃうよ」
 とアドバイスされ、今書き込んでおります。少々のんどります、ごめんなさい)
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僕の場合は、基本、会社での書き込みです (^^;) (mf >> milo さん)
2009-12-05 10:30:45
僕の場合は、基本、会社での書き込みです (^^;)
時たま、ノート PC を家に持ち帰ったときのみ、
夜、酔っぱらって書き込んでます。
  
きょう(12/5)は、久しぶりの土曜出勤です。
今夜、PC を持ち帰るつもりです。
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mfさんこんにちは。 (milo)
2009-12-06 17:07:41
mfさんこんにちは。
 そうですか、会社で書き込みされるんですか。僕が上司から指摘されたのは、結局会社のサーバに、全部記録として残っちゃうよ。業務以外のことやってたらそこから指摘されて怒られるよ。というようなことでした。実際のところどうなるかわかりませんが、そう言われるとちょっと怖くなって、会社では書き込みはしないようにしようと思います。
 土曜出勤ごくろうさまです。
 僕は今日「車輪の下」購入しました。何となく少年時代に読んだことがあるような気もしてきましたが、記憶は定かではなく、とにかくきちんと読もうと思います。
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