サリンジャーの小説は、30代になって読みかえしたほうがいい
と、最近感じている。
彼を第一級の作家の地位にまつりあげたもっとも重要な作品
『ライ麦畑でつかまえて』は、とくに思春期の若者たちの愛読書とされているが、
大人の世界のインチキを見抜く高校生ホールデン・コールフィールドの反抗的で混乱した精神は、
ティーンエイジャーにとって、致死量をこえる劇薬にもなりうるからだ。
若さゆえにその毒気にあてられて社会への反骨心ばかりが増幅され、
物語の本質をとらえられない危険性がある。
だれでもティーンエイジャーのころは、社会にたいする反抗心みたいなものが多少はあって、
ちょっとした言葉や音楽、小説などによって、その反骨心が敏感に化学反応をおこしやすい。
もちろん、それはそれで好ましいことなんだけど、
サリンジャーの本質を感じるには、ある程度の年齢になってからのほうが、さらにいい。
最近、読みかえしてみて、オッサンはそう感じている。
ちなみに僕のオススメは、短編集『九つの物語』(NINE STORIES)かな。
とくに『バナナフィッシュに最適な日』は、『ライ麦畑で…』以上に、サリンジャー的だと思う。
このエントリーの要旨と矛盾するけど、
サリンジャーはティーンエイジャーのハングリー・ハートにこそ必要な作家
という認識も、僕のなかには強くあるんだよな。
と、最近感じている。
彼を第一級の作家の地位にまつりあげたもっとも重要な作品
『ライ麦畑でつかまえて』は、とくに思春期の若者たちの愛読書とされているが、
大人の世界のインチキを見抜く高校生ホールデン・コールフィールドの反抗的で混乱した精神は、
ティーンエイジャーにとって、致死量をこえる劇薬にもなりうるからだ。
若さゆえにその毒気にあてられて社会への反骨心ばかりが増幅され、
物語の本質をとらえられない危険性がある。
だれでもティーンエイジャーのころは、社会にたいする反抗心みたいなものが多少はあって、
ちょっとした言葉や音楽、小説などによって、その反骨心が敏感に化学反応をおこしやすい。
もちろん、それはそれで好ましいことなんだけど、
サリンジャーの本質を感じるには、ある程度の年齢になってからのほうが、さらにいい。
最近、読みかえしてみて、オッサンはそう感じている。
ちなみに僕のオススメは、短編集『九つの物語』(NINE STORIES)かな。
とくに『バナナフィッシュに最適な日』は、『ライ麦畑で…』以上に、サリンジャー的だと思う。
このエントリーの要旨と矛盾するけど、
サリンジャーはティーンエイジャーのハングリー・ハートにこそ必要な作家
という認識も、僕のなかには強くあるんだよな。
庄司薫は「赤ずきんちゃん気をつけて」が大ヒットした作家です。1970年代中ごろからすっかりなりをひそめてしまい。まるでサリンジャーみたいな人です。
クリスマスといえば、「ライ麦」もクリスマス頃のお話。というこで、竹内康浩さんの受け売りだけど「ライ麦」に出てきた「リトル・シャリー・ビーンズ」の原曲とされる「オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマス」をここをご覧のみなさんにお勧めします。スパイク・ジョーンズという僕も知らなかったけど、コミックソングを得意にした方の歌です。屋根からずり落ちてしまって、前歯をなくしてしまった少女が、悲壮感たっぷりに(そこがユーモラスなんだけど)歌ってくれます。よそではたぶん聴くことのできない歌でしょう。機会があったらぜひ!
エンデ同様、庄司薫も守備範囲外です。
三島由紀夫関連の何かで名前を目にしたことがあるような気がしますが、
うーん、思い出せませんね。
なるほど、
「きれいな恋」
ですか、
話を広げても仕方ないけど、庄司薫という作家が、全共闘世代の次の世代として 「やさしさ」
をキーワードにしてベストセラーを書きますが、何となく、逆にそっちの方が生々しいのかもな?とか思ったりしますが、どうでしょうか?
ヘッセの項拝見させていただきました。また下らぬページ汚しをさせていただきました。色々教えてください。
プロレタリア世代との決別宣言という視点で解釈すると、
恋をしようぜ Baby
きれいな恋を Maybe
本当のことを 知りたいだけ
君はどうにも変わらない
悲しいけれど
このフレーズは生き生きと解釈できるんじゃないでしょうか 。
またまた過去のエントリーですが、佐野さんと文学(ヘッセ)についての記事です。
【 Go URL 】----> http://kiribako.blogzine.jp/go/2007/09/_coyote__bbb2.html
なるほど、「ガラスのジェネレーション」は学生運動世代の大人たちに対する批判が込められていたんですか、なるほどなるほど、そう教えていただくと、確かに「さよならレヴォリューション」という歌詞もとってつけられたように挿入されているわけではないことがわかります。なるほどねえ。勉強になりました。
佐野元春ってお話うかがっているとどんどん奥の深い方だなと思います。もちろん今まで馬鹿にしてたわけじゃないけど、何となくポップスター的に見ていたのだけど、文学などにも造詣の深い方なんですね。
またいろいろ教えてください。
『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』というアルバム・タイトルは、
『バナナフィッシュ…』からのインスパイアでしょう。
「ガラスのジェネレーション」の「つまらない大人にはなりたくない」というフックは、
ホールデン・コールフィールドのアンチ・アダルトなエッセンスもあるでしょうが、
それ以上に僕が前述した安保運動に狂奔した全共闘世代への決別宣言だと思います。
当時 KIDS の僕らを「ガラスのジェネレーション」と呼び、
「さよならレヴォリューション」とあの世代との決別を高らかに謳っているんでしょう。
プロレタリアートに心酔した学生運動は、所詮モラトリアムの暇つぶしでしかなく、
運動に関わったほとんどの人が大学を特例で卒業し、熱病から覚めたかのように企業戦士として社会に迎合するか、
その後、思想を貫いた人たちは、赤軍になったりして、日本だけじゃなく、世界中に未だに迷惑をかけ続けている。
当時も今も、市民感覚とどうしようもなく乖離している。
こういう人たちを「つまらない大人」と、佐野さんは規定してるんだと思います。
またまた酔って書いてるんで、ちょっと支離滅裂です。
またの機会にちゃんとレスしますね。
書名は「ライ麦畑の正しい読み方」(凄いタイトルだなと思いますが)で、その本のおまけみたいな終わりに、「ライ麦畑小事典」というコーナーがあり、そこの「さ」行に「佐野元春」の項目が出ています。
まるっと写すと、
「アメリカ文学からの影響がみられる佐野だが、アルバム「No Damage」(83)の「It's Alright」の中に「ライ麦畑でついに迷子」というフレーズが、また「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」(89)のライナーにはサリンジャーの「エズメのために-愛と汚れ」の一部が引用されている。下村誠著の佐野元春バイオ本「路上のイノセンス」にも「ライ麦」の引用多数。
「僕がホールデン・コールフィールドと出会ったのは、ちょうどそのころだ。年齢も近かった。しかし彼は、小説の主人公だった。作家が作り出した、想像上の、架空のキャラクターにすぎなかった、ハズダッタ」
「冬になったら、一体このあひるたちはどこへ行くのだろう?それは、ある種のメッセージだった。人々が無意識のうちに分かっていながらもなかなか口にすることのできないメッセージだ」(佐野元春「ハートランドからの手紙」#20)
以上です。
確か「ガラスのジェネレーション」の歌詞
「つまらない大人にはなりたくない」
も大人批判のサリンジャーと通じて云々。とかいう文章も読んだ気がしたけど、出てきませんでした。失礼しました。
週末の晩は僕は酒であります。これから飲みまーす。
そうですか、ジェーン・オースティン自身の恋愛映画ですか。知りませんでした。
男性アーティストがお好きというのは、何となくわかる気がします。女性モノって何となくチャラチャラしてる感じというか、本質からわざとずれた所で話が成立してしまったりとかありますもんね。なんとなくわかる気がします。
「プライドと偏見」でしょうかね。題名から推測するとそれみたいですが、要は田舎の家庭小説で、次女の娘が主人公になっていて、その娘が年頃になって、いろんな社交の場で、いろいろ経験し、女性だからおしゃべりはよくするわけですが、そして結局は大金持ちの貴族の男性と結婚するという、まあ、ありがちな話といえばそれまでなのですが、なかなかひきつけるもののある小説という感じでした。
ああ!こういう交流って僕は大好きだし、嬉しいし楽しいので、いつまでも続いてほしいです。
話飛びますが、女性で行くとアイザック・ディーネセンの「アフリカの日々」これは「ライ麦」に面白い本として出てきてますが、確かに面白かったです。此方もどっちかというと、女性女性してなくて、真摯に生きる人のことを真面目に描いた感じです。
ちょっとバタバタしてたもので(←言い訳)。
ジェイン・オースティンも未体験です。
文学にしろ、音楽にしろ、絵画にしろ、
なぜか僕は男性アーティストが好きなんですよね。
察するに「高慢と偏見」は、
ちょっと前、キーラ・ナイトレイ主演で映画化された「プライドと偏見」の原作でしょうか?
映画繋がりでいえば、
今、ジェイン・オースティン自身の恋話をアン・ハサウェイ主演で上映中ですね。
おそらくフィクションでしょうけど。
スタインベックの最後の作品ですか、なるほど、アメリカを外側から眺めているんですね。「アメリカとアメリカ人」ですか。手に取る機会があったら開いてみたいと思います。アメリカ人が描くアメリカか、どんな感じなんでしょうかねえ。
確かにスタインベックというと、ちょっとベタな感じはしますね。でも、ヘミングウェイですらサリンジャーの俎上に乗っているんだから、ちょっとくらい触れてくれてもよかったんじゃないかと思ったりします。
他にサリンジャーがらみの本のお話をさせていただくと、ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」これはおもしろかったです。
出版されたのはヴェトナム戦争のまっただなかで、まだアメリカの敗色が米国内に知らされてない時期です。
その辺を踏まえて読むと、さらにスタインベックの慧眼に驚かされます。
米国と米国人のもつ、
多様性と統一性、
人種差別、
フロンティア・スピリッツ、
政治
などをテーマ別に解説しています。
日本人の僕にとっては、
アメリカとどう付き合うのか?
を示唆してくれているような気がしています。
サリンジャー作品にスタインベックがでてこないのは、
大御所過ぎるというか、ベタすぎるからじゃないでしょうか。
私見ですが、サリンジャーはオルタナティヴやカウンターカルチャーを目指していて、
スタインベックのようなメインストリームは可視範囲じゃなかったんじゃないでしょうか?
リング・ラードナーは『アリバイ・アイク』という作品を知ってるくらいです。
読んだことはないです。
「アメリカとアメリカ人」ですか、初耳です。スタインベックって評論もされてたんですね。知りませんでした。おもしろいですか?面白いとしたらどんなところですか?
サリンジャーに強引に話を移すと、サリンジャーは、スタインベックについては作中ふれてませんね、リング・ラードナーとか、フィッツジェラルドとか、ディケンズとか、サリンジャーがふれている作家は多いけど、スタインベックはなぜでないんでしょうかねえ?
リング・ラードナーお読みに成られましたか?アメリカンユーモアという感じの、きりりと射し込む感じのきついユーモアが何ともいえませんよね。
いま読んでるスタインベックは小説じゃなく、
『アメリカとアメリカ人』という論評(エッセイかな?)のようなモノです。
スタインベックの説く「アメリカ論」、とでもいいましょうか…。
ギンズバーグについては、
やはりそのことに触れたエントリーがありますので、
そっちでレスポンスさせていただきます。
かりそめボヘミアン
【 Go URL 】----> http://kiribako.blogzine.jp/go/2006/04/post_2b77.html
そうですね、メル友でもないし、何と名づければいいのか?コメ友ですか、おかしいですね。でもありがたいです。
いいですねえ書庫があってそこからほんの引っ張り出しては読めるなんて。
スタインベックは「二十日鼠と~」ですか?大昔も大昔、中学3生の時に受験勉強もせずに「怒りの葡萄」を読んだ記憶があります。凄くリアリティのある小説だったと記憶しています。
ヒョイと右を見たら、また気になる本が出てますね。アレン・ギンズバーグですか。これは僕は高校生の時に読みました。とてつもなく感動しました。原書を挙げておられるようですが、原文を読まれたんですか?凄いですね。僕は高校の時の初体験はもちろん翻訳で、それでも雷に打たれたように感動したんだから大した詩だと思います。
mfさんはギンズバーグはどこで知られたんですか?やはり書庫ですか?
「メル友」でもないし、「ペンフレンド」でもないし。
「コメ友」かな?
書庫というか、納戸というか、要するに物置です。
亡父は読書家でして、本をたくさん遺してくれました。
僕は、カフカは未体験です。
けど、書庫にはあるかもしれません。
親父の読書は雑食で節操がなかったから、
思わぬ本が眠っています。
僕自身のことを話させていただければ、
ここ10年、あまり本を買うことはないですね。
例の書庫から本を引っ張りだして読むことがほとんどです。
出張などで手持ちぶさたのとき、
空港や駅の書店で買うくらいです。
今は、ジョン・スタインベック(もちろん訳本)読んでます。
そうですか、ご実家に書庫をお持ちですか。うらやましい。僕なんか引っ越すたびに書数が減り、というか変動し、一度思いきり整理して、
(もう本なんて買うまい)
と決心したのに、ちょこちょこ買い始めて、今度の引っ越しの際には、また考えなくてはいけない状態です(悲…そんなに引越魔ではないんですけどね)。
お手数でなければ、一度カフカの引用をご覧になってみてください。
キエルケゴールは、すぐにわかりますよ、大変有名な本からの引用ですから。
ただ、キエルケゴール、カフカと、サリンジャーが何のためにそれらを引用したのか?とんと鈍い僕にはよくわからないんですけど(笑)。
ちなみに書庫にカフカ全集なんてないでしょうかね。日記の1911年10月23日が、その引用箇所になります。
まあ、マニアックになっても仕方ないかもしれないけど、僕はサリンジャーが好きなので、ここまで来てしまいました。
いいですね、新しく買われた本も書庫ですか。かなり充実してそうですね。うらやましいなあ。俺も書庫があったらなあ。
僕は、milo さんが思ってるほど読書家じゃないし、
サリンジャーについても浅いですよ (^^;)
僕は亡父と本の趣味が似通っていて、
同じ書庫を使っていました。
ということで、若かりしころ読んでいた本の大部分は実家においてますので、
たぶん実家にあると思います。
今度、帰ったら探してみますね。
実家といっても、車で5分くらいなんですが…
P.S. 今でも実家の書庫から本を引っ張りだして読みますし、
新しく買った本でも、読み終わったら実家の書庫に入れています。
今の家には、僕の本棚はないんです。
カフカは、なんと引用が日記からなんですね。だから小説なんか探したってどこにも出てこなくて、ちなみに「大工よ」の文庫版の訳者にも問い合わせの手紙を出したくらいです。(そのお返事はいただけませんでしたが)
全集の中の「日記」というのだけを選んで購入しました。現在手に入るんでしょうか?値段もそんなに安くはありませんでした。
「大工よ」をもし現在もお持ちでしたら、一度その引用を見てみていただけると、嬉しいのですが、まだありますか?
『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』
両書とも読んだことはありますが、
なんせ20年以上前ですので、詳細はよく覚えてません。
それぞれの短編が独立しているようで、実はグラース家を取り巻く壮大なサーガの一部
という、サリンジャーの仕掛けが楽しかったですね。
『大工よ…』を読んだとき、初めてそのことに気づき、感動しました。
カフカの件、とんと見当がつきません。
スミマセン。
ここでは一応、サリンジャー話を。
ちなみにmfさん「フラニーとゾーイ」はお読みになられましたか?
僕個人としては、なかなか好きな小説です。
「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」はお読みになられましたか?ちょっと僕には難解でしたが、これも面白い小説です。ちなみに、この中でキエルケゴールとカフカの引用が出てくるんですが、キエルケゴールは原典が簡単に見つけられるのにカフカの方はちょっと苦心しました。
ご存知ですか?
>> 鈴木祥子ファンに初めてお会いしました。
そういえば、僕も会ったことないですね。
天然記念物というか、希少動物なんでしょうか?
自分の過去のエントリーを疲労するなんて主義じゃないんですが、
下記 URL は鈴木祥子についての過去のエントリーです。
【 Go URL 】----> http://kiribako.blogzine.jp/go/2009/01/musicians_music.html
ゴダールは、ヴィアンと接触があったのでしょうか?僕は知りませんが、でも、才能のある人間同士だから、何か互いに刺激しあうようなことはあったかもしれませんね。
そうです、ヌーベルヴァーグです。「勝手にしやがれ」です。まあ、「勝手にしやがれ」以外はそれほどヒット作を作る人じゃないんで、印象がないかもしれません。でも、もし何かご覧になられる機会があったら、ぜひご覧ください。お薦めは「中国女」「気狂いピエロ」なんかですかね。
モラヴィアはそうです、イタリアの作家です。僕もあまり詳しくは知らないのですが、もう亡くなっているんでしょうね。でも、現代の作家だと思います。
司馬遼太郎ファンって、結構いますよね。僕の知人でも数人上げることができます。あの文体などが魅力的なんでしょうか?確かに独創的な歴史観というか、面白い視点で描かれますね。
話変わりますが、鈴木祥子僕も大好きです。鈴木祥子ファンに初めてお会いしました。いい歌書きますよね。
春樹氏訳の『ライ麦…』同様、
あのユニークな司馬史観もありかな
という感じです。
モラヴィア…
イタリアの作家でしたっけ?
うーん、よくわかりません。
ゴダールの方は、微かに知ってます。
ヌーヴェルヴァーグ系の映画監督ですよね。
フィッツジェラルドやヘミングウェイなど、
1920年代(第一次世界大直後)にパリのカフェに集っていたボヘミアンたちの流れを汲むアーティストという印象です。
たしか、ボリス・ヴィアンに関する作品もあったような気がしますが、
失念しました。
雑駁な内容でスミマセン。
ちなみに以下は、ボリス・ヴィアン関する僕の過去のエントリーの URL です。
【 Go URL 】----> http://kiribako.blogzine.jp/go/2008/09/post_cc32.html
文通続いて嬉しいです。
そうなんですか、司馬遼太郎ファンですか。「竜馬がゆく」は読みました。「竜馬がゆく」だけがそういう構成なのか知らないけど。ドどっと、司馬さんの個人的見解が入ってきたり、体験談が入ってきたり、まるでドキュメンタリーのようだなと思いました。司馬遼太郎もファンの多い方ですね。
ヘッセは、僕はそこまで行けていません。ごく短編が、中学生のころ教科書に載っていて、面白く読んだ記憶だけです(ほんとに読書家か?)。
ヘッセはネクラというより、うまく現実と折り合いのつけられない、ナイーブな少年を描いている気がするのですが…。(違うかな?)
僕は今は「軽蔑」というモラヴィアの小説を読んでいます。なんでこの小説かというと、僕は映画が好きで、特にゴダールの大ファンで、ゴダールが、これを原作に「軽蔑」という映画を作っているからです(古本屋で原作を見つけた時は小躍りして喜びました)
その前は「闇の奥」コンラッドを読みました。面白かったです。
僕は、別にハルキストじゃないですよ。
『 1Q84 』も、まだ手にしてません。
どちらかというと、
司馬遼太郎さんの歴史小説やヘルマン・ヘッセのネクラ小説などを好んで読んでます。
ほんとに文通みたいですね。
村上春樹訳、僕は、これで持って以前まで見落としていたところなどを、改めて教えてもらったような気がしています。特に後半部分なんか、恐らく原作がそうなんだと思うんだけど、何だかごちゃごちゃ人が入れ替わったり、現れたりして、ややこしくなるところを割にすんなりと読ませていただいた印象があります。
村上春樹は、ごめんなさい「ノルウェイの森」読んでません(非国民か?)。僕が読んだのは初期の短編集「風の歌を聴け」(だったかな?)と「羊をめぐる冒険」くらいなものです。
ああ。村上春樹を読まないと日本人じゃないかな(ため息)
そのシャンソン(?)の正体、
スミマセン、僕もわかりません。
蛇足ですが、
村上春樹氏訳の「ライ麦…」は、春樹ナイズされていると一部酷評もありますが、
僕は比較的好印象を持っています。
ひとつの解釈としては、コレはコレでありかな、と。
「ライ麦畑でつかまえて」は、「ライ麦畑の捕まえ手」の誤訳
という説もオモシロいですね。
春樹氏繋がりでいえば、
「 Norwegian Wood 」は、
「ノルウェイの森」じゃなく、「ノルウェイ産の家具」という説も。
「危険な年齢」ですが、ちょっと古風な感じと言えばいいんでしょうかね。実のところ、本が古くて、製本などが弱くなっていて、僕もしっかりと読んではいないので、あまり詳しくはお教えできないのですけどね(恥)。
ライ麦BGMお集めになられたということですが、僕がどうしても見つけられなかったのが、野崎訳で「お願いフランスのお方」と訳されている歌です。小説では半分英語、半分フランス語の歌、ということで、たぶんシャンソンだろう。と思ったのですが、今に至っても見つけられていません。この曲について何かご存知でしたらご教示いただけると嬉しいです。
原書は僕は「持ってるだけ」であります。
>> 昭和29年ごろに出ている)を持っていますよ
そんなのがあるんですか!
当時、「ライ麦…」がどんな風に訳されてるか興味津々です。
今はとても無理ですが、
大学生時代は、原書で読んだりもしました。
もちろん和訳を参照しながらですが…。
ライ麦 BGM 、僕もやりました(笑)。
そうですね、鈍い僕には、10代では理解できず、ようやくおっさんになったころに、やっと理解できるようになってくる小説かもしれません。でも、10代で読んだことに変わりなく、あのころ全く理解不能だったことが、何となくこの年になって見えてくるようになってきたかなという感じもあります。
いずれにせよ名作ですよね!
僕はちなみに「危険な年齢」(「ライ麦」の本邦初訳のもの、昭和29年ごろに出ている)を持っていますよ。他に「ライ麦」に出てくる、音楽なんかも集めました。
確かに30代で初見だと厳しいかもしれませんね。
小説であれ、音楽であれ、
ティーンのころに触れた作品なのに30代になっても鑑賞に堪えうるというのは秀逸な作品ということなんでしょう。
30代で読み返すですか、なるほど、確かに奥の深い作家だと思います。でも、何というか、僕には技巧家のようにも見えます。大変精緻な世界を描いているように見ます。ですからその世界を理解するには、やはり10代くらいの、若い頭脳も必要では?とか思ったりもします。
何というか、読む年代を限定していないようにも見えます。ナインストーリーズいいですよね。大好きです。僕の一番はどれもいいけど、やっぱり「ライ麦」かなあ