内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

ヨーロッパ人文学的精神から中世日本の宗教思想への清々しく謙虚な問いかけ

2019-11-12 19:36:31 | 哲学

 今日のオフィス・アワーに、数日前に面会の申し込みがあった別学部の学生が小論文の相談に来た。彼の所属学科は、Licence Humanités、つまり人文学科である。学科の紹介文は次のようになっている。

La licence Humanités offre une formation pluridisciplinaire dans quatre disciplines littéraires : la littérature, l’histoire, la philosophie, les langues vivantes. Pour s’y épanouir, il est recommandé d’avoir une grande curiosité intellectuelle, un goût prononcé pour la lecture et l’écriture, l’analyse des textes, l’histoire et l’histoire des idées, et langues, vivantes et anciennes.

 なんと昔懐かしい響きがする一文ではないか。日本の大学では、もはや絶滅危惧種ともいうべき、人文主義精神を標榜している学科なのである。
 この学科では、二年次に25枚程度の小論文が必修だ。学生たちは、自分たちの人文主義的関心に応じて自由にテーマを選んでよい。テーマについて指導教官の許可が得られ、かつそのテーマが指導教官の守備範囲を越える場合、その指導教員自身がそのテーマについて指導できそうな他学部の教員にコンタクトを取り、指導を依頼する。テーマが日本に関係する場合、学科長である私にまず問い合わせが来る。
 当該の学生は日本中世の神仏習合思想に関心がある、というのが指導教授の言であった。思想ということであれば、原則、時代を問わず、私は二つ返事で引き受ける(それなのに、我が日本学科で思想的関心を示す学生のなんと乏しいことよ。今年の修士一年の指導担当学生は稀なる例外)。
 第二段階として、学生自身から指導依頼のメールが来る。当該の学生は、直接会ってアドヴァスを受けたいというので、今日のオフィス・アワーを指定した。今日の約束まで三日間あったので、面会日までに、指定した参考文献を読んでくるように指示した。ただ、読んでくるとはあまり期待はしていなかったが。
 ところが、驚いたことに、ちゃんとその文献を読んできたばかりでなく、質問をびっしり書き込んだノートを持参して来たのである。話していてすぐにわかったのは、優れた理解力を持っていること、質問の筋がいいこと、歴史的関心よりも哲学的関心が強いことであった。とても学部二年生とは思えない知的成熟度と同時に、素直な問いかけを恥じない謙虚さを持ち合わせている。こういう学生の指導は、豈愉しからずや。
 しかも、質問に答えているうちに、彼の関心がむしろ神秘主義思想にあり、マイスター・エックハルトに関する著作も読んでいることがわかった。こうなれば、私も思わず身を乗り出さずにはいられないではないか。禅仏教とドイツ神秘主義の比較研究について書誌的情報を提供しつつ、この種のアプローチに関する私の批判的な見解まで説き及ぶにいたった。
 小一時間話した。その学生は、「随分問題が明確になりました」と喜んで帰っていった。
 所属学部がどこであろうといいではないか。哲学部の学生が来ることもあるし、芸術学部の学生が来ることもある。いささかでも思想的関心が彼らにあれば、私は指導を引き受ける。