朝から雪がちらつく寒い日。昼過ぎには雪止む。路上には積雪なし。すぐにジョギングに出る。走っているうちに西空から薄日が射す。16キロ走る。
パリ・ナンテール大でのシンポジウムが終わり、今週は一息つくつもりだった。が、今朝になって10日までに改稿して編集責任者に返送しなくてはならない原稿が届いた。もともとぎりぎりの日程での改稿作業になることは覚悟していたのだが、一週間もないことに少し慌てる。ざわつく気持ちの鎮静剤として、パスカルの『パンセ』を思いつくままに開いて目に止まった断章を読む。
Nous ne nous tenons jamais au temps présent. Nous anticipons l’avenir comme trop lent à venir, comme pour hâter son cours, ou nous rappelons le passé pour l’arrêter comme trop prompt, si imprudents que nous errons dans les temps qui ne sont point nôtres et ne pensons point au seul qui nous appartient, et si vains que nous songeons à ceux qui ne sont rien, et échappons sans réflexion le seul qui subsiste. C’est que le présent d’ordinaire nous blesse. Nous le cachons à notre vue parce qu’il nous afflige, et s’il nous est agréable nous regrettons de le voir échapper. Nous tâchons de le soutenir par l’avenir et pensons à disposer les choses qui ne sont pas en notre puissance pour un temps où nous n’avons aucune assurance d’arriver. (S80, L47, B172)
われわれは決して、現在の時に安住していない。われわれは未来を、それがくるのがおそすぎるかのように、その流れを早めるかのように、前から待ちわびている。あるいはまた、過去を、それが早く行きすぎるので、とどめようとして、呼び返している。これは実に無分別なことであって、われわれは、自分のものではない前後の時のなかをさまよい、われわれのものであるただ一つの時について少しも考えないのである。これはまた実にむなしいことであって、われわれは何ものでもない前後の時のことを考え、存在するただ一つの時を考えないで逃しているのである。というわけは、現在というものは、普通、われわれを傷つけるからである。それがわれわれを悲しませるので、われわれは、それをわれわれの目から隠すのである。そして、それがもし楽しいものなら、われわれはそれが逃げるのを見て残念がる。われわれは到達するかどうかについては何の保証もない時のために、われわれの力の及ばない物事を按配しようと思うのである。(中公文庫、前田陽一訳)
ここまで断章を書き写してから、気づいた。この断章、今年の5月29日の記事ですでに引用していたことに。まあ、でも、私自身としては前回とは異なった文脈での引用なので、ご寛恕を。
明日以降も、あれこれのことに方がついて落ち着くまで、引用に一言コメントのみ、という安易な記事がしばらく続く。